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白寿仙

「宝珠……?」

(今、史明は麗宝を宝珠と呼んだ……?)

再び悪夢の残滓に引きずり込まれかけた青慎に、鳳翔が気遣わしげに声をかけた。

「どうした、珀探(はくたん)()

「いえ……何でもありません」

守るべき己の主により、かろうじて現実に踏みとどまった青慎が、

再び仙人を探すべく視線を巡らせる。

 天宮の本殿前では、黒華村祭りを見に来た筈だった二千人近くの参拝客達が、結界の中で身を寄せ合いながら青い顔で震えていた。

 殺気立った凱帝国の兵士達を目の前に、これから起こり得る惨事を想像しているのだろう。

 それでも彼等がかろうじて理性を保っていられるのは、目に見えぬ結界が彼等を守っていることに気づいているからだ。

 だが、その結界もいつまで保つかわからない。

 (急がないと……! でも、この中の誰が仙人かなんて、一体どうやったら見分けられるのだろう……)

 焦る青慎達をよそに、ふいに麗宝が大声で彼等に呼びかけた。

 「仙人さん、いらしたら手をお挙げになってー!」

 鳳翔達が呆れ顔で麗宝を見る。

 「お前、仙人が人前に堂々と顔を出せるわけがないだろう?!」

 「あら、大丈夫ですわ。仙人なら別人に姿を変えられる筈ですもの。仙人さ~ん! 早く出ていらしてー!」

 「…………お前といると、深刻になるのが馬鹿らしくなって来るな」

 そう言いながらも、再び正面の参拝客達に視線を戻すと。

人混みの奥から、着ぐるみのクマがよちよちと前に進んで来るのが視界に映った。

 首を傾げた鳳翔が、即座に百華国左羽林軍将軍の名を呼ぶ。

「李猛亮将軍!」

「はっ!」

声は鳳翔のすぐ傍で上がった。やはりあれは、猛亮ではなかったらしい。

着ぐるみがなくてもクマに見えそうな巌の如き将軍に向って、件のクマを指差しながら彼が訊ねた。

「将軍が着ていたあの着ぐるみに入っているのは誰だ?!」

「さあ……存じません」

二人の会話を聞いていた瑠夏が、すぐさまクマへと走り出す。

たちまちクマの前まで来ると、彼女が「失礼!」と言うなり着ぐるみの頭を引き抜いた。

「ほわっ?! 何をするのじゃ!」

中に入った者が、しわがれた声で抗議した。

「あなたは……!」

「まあ、南陽でお会いしたお爺様ではありませんの!」

 猛亮が脱ぎ捨てたクマの着ぐるみをいつの間にか纏っていたのは、南陽の広場で麗宝に月華の神具を渡してくれた、長い白髪と白髭の老人だった。

 もう隠れても無駄だと観念したのか。彼が、着ぐるみを脱ぎながら文句をまくし立てる。

 「全く乱暴なおなごじゃ! これでは嫁の貰い手など到底ありはせんじゃろうて」

 瑠夏の瞳に、瞬時に凶暴な光が宿った。

 不穏な気配を察知した鳳翔が、慌てて彼女を制止する。

 「待て、宦官にするのは質問の後にしろ!」

 「殿下……では仙人でなければ、後で好きにしても良いと?」

 「俺は別に構わん」

 「御意(ぎょい)

 瑠夏が鳳翔に拱手(きょうしゅ)すると、殺気を込めて老人に呟いた。

「……逃さないわよ!」

傍らで成り行きを見守っている青慎と春萌の全身に、ざわりと鳥肌が立った。

結界に阻まれて逃げ場を失った老人が、慌ててふわりと宙高く浮く。

と、周囲が騒然となった。

「やれやれ、わしは単に古い知り合いに用があっただけなのじゃが……」

一行から驚愕の眼差しを浴びつつそう独りごちる彼に、麗宝が感嘆の声を上げた。

「お爺様、本当に仙人でいらしたのね!」

尊敬の眼差しで春萌が尋ねる。

「もしや貴方様が白寿仙なのでは……?」

「本名ではないのじゃが、巷では勝手にそう呼ばれておる」

「チッ……!」

瑠夏が、手の届かぬ高みへと逃げ果せた仙人を、忌々しそうに睨みながら舌打ちした。

その傍らで青慎が、すぐさま白寿仙の前に進み出て丁寧に礼をとると、真摯な口調で懇願した。

「白寿仙様はどうやら先程からこちらにいらしたご様子。ならば状況はお分かりかと存じます。どうかここから皆を逃す為、私達に知恵をお貸し下さい」

事態は一刻を争うのだ。これ以上一分たりとも無駄にはできない。

そう焦る青慎の気持ちが伝わったのか。

白寿仙はあっさり協力してくれた。

「ここから参拝客を逃すのなど簡単じゃ。黒鳳凰を召喚したら、この結界ごと皆を安全な場所へ連れていかせれば、それで済む」

「そんなことが可能なのですか?!」

驚く青慎達に、彼は続けた。

「わしの知っている鳳凰ならば出来るじゃろう。もっとも、黒鳳凰になってからの彼はよく知らんが」

「まさか、白寿仙様の古いお知り合いというのは……」

「黒くなる前の鳳凰じゃ。おそらく黒鳳凰となった今でも、彼の意識は白華帝の中に潜んでおる。わしは今日、彼に会ってそれを確かめる為にここに来たのじゃ」

横から鳳翔が怒気を含んだ声で非難する。

「……それでは貴殿は我々に黒鳳凰を呼ばせる為に、こんな事態になるまでみすみす放っておいのか……?!」

「……何れにしろ、黒鳳凰の召喚無しに事態は解決せんかったじゃろうよ」

「………………」

未だに不満げな主をよそに、青慎が口を挿んだ。

「白寿仙様、黒鳳凰の化身は、今でも白華帝なのですか」

「龍鳳の戦い以来何事もなければ、おそらくはそのままじゃ。だが、白華帝が弱った時には、黒鳳凰の元の化身に意識を乗っ取られる可能性があるのでな――――今の黒鳳凰の化身の意識が、白華帝ではなくわしの知り合いの(げん)(げつ)に戻っておることも、十分に有り得るぞ」

「玄月とは、黒華族に伝わる鳳凰の化身の名だ。やはり言い伝えは本当のことだったのか……」

怒りの冷めやらぬ鳳翔だったが、そう呟くと気持ちを切り替えて現状を打破する方策を練り始める。

「黒鳳凰を召喚するならば、早い方がいい。今ここに居るのはは赤龍だけだが、時間が経てば凱帝国の白龍皇帝も来るだろう。そうなればもう、逃げられないかもしれないからな」

「それなんじゃが…………黒鳳凰が結界を移動させる為には、結界の外に出る必要があるのでな。そこをどうにかせんとならんのじゃ」

「黒鳳凰が結界の移動に気を取られている隙に攻撃を受けてしまえば、無事では済まないということか……まさかそこまで考えた上で、黒鳳凰が負傷するのを待っていたわけではないだろうな」

じろりと仙人を睨んだが、垂れ下がる白髪に半ば隠された瞳を読み取ることは、容易ではない。

青慎の脳裏に、ふと疑念が浮かんだ。

(白寿仙は、はたして白華帝の味方なのだろうか……?)

鳳翔の言う通り、これではまるで、白華帝が玄月に乗っ取られるのを待ちかまえているかのようだ。

ちらりと瑠夏を見遣ると、彼女も険しい表情のまま無言で彼を注視していた。

(僕の気のせいだといいけれど…………)

とにかく、今はそれどころではない。全てはここを無事に脱出してからだ。

鳳翔も同じ考えだったらしい。既に黒鳳凰の羽根を手に準備してある彼が、青慎達に告げた。

「黒鳳凰を呼び寄せる準備は出来ている――――問題はどのタイミングで召喚するかだ」

赤龍だという神長官の攻撃は、未だに続いている。

これでは、例え今黒鳳凰を呼び出したとしても、赤龍との戦闘が始まるだけだろう。

そして戦いが長引けば、もう一頭の白龍が戦いに加わることになる――――。

鳳翔の懸念が手に取るように解る青慎達も、言葉に詰まっていた。

(本当に、一体どうすればいいんだろう……)

時間が経てば経つほど、形勢は不利になってゆくのだ。

一刻も早く事態を打開しなくてはならない。

だが、どうやって――――?

焦燥に駆られながらも、息苦しい沈黙が場を支配していた、その時。

ドンッ――――――!

バリバリバリバリッ――――!

御龍教の本殿から、突然大きな音が響いて来た。

((ぐおおおおおおおおん))

巨大な獣の咆哮が、空を斬り地を揺るがす。

「鳳翔殿下、あれを!」

空を仰いだ麗宝が指差した方向には。

正殿の屋根を突き破って彼方へと飛び去ろうとする黒龍と、まるでその後を追うように、屋根の穴から空へと昇る灰白色の龍の姿があった。

結界への神長官の攻撃が、ピタリと止んだ。

凱帝国の兵士達も、一人残らず驚愕の表情を露わにしたまま空を見上げている。

麗宝達が、一斉に鳳翔を振り向いた。

黒鳳凰を召喚するならば、チャンスは今しかない。

「黒鳳凰よ、我々をこの結界ごと南陽まで運べ!」



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