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放たれた黒龍8

「珀輝が……?! そんな馬鹿な……!」

虎嘯が、真青になって全身を震わせている。

「今の時点では、珀輝が月華殿と旺諒兄上の子であるという主張は、あくまでも仮説に過ぎません。万人に示せる証拠がないからこそ、旺劉兄上は珀輝の素性を公表することを控えておられたのでしょう。彼が灰色である件についての説明も出来ないままでしたし。けれども……」

悠翠が、黒龍に寄り添う甥に目をやりながら言う。

「私には珀輝をとりまく全ての状況が、彼がお二人の遺児だと示しているように思えるのです。おそらくは藍将軍ご自身も、既に気づいておられる様に」

甥を救おうとする一心で、熱心に虎嘯を説得して来た王が、一縷の望みを賭けて将軍の瞳を見上げる。

けれども、底しれぬ恐怖の色を浮かべた虎嘯の瞳は、いぜん史明を見据えたままだ。王の問いかけに答えすらせず、彼の方など一顧だにしない。

それどころか彼は、ただ血の気が失せた唇をふるわせながら、まるで狂人のようにひたすら何かを呟いている。

「藍将軍……?」

「…………認めぬ……珀輝の白龍王など、絶対に…………!」

「どうなさったのです、藍将軍?! 一体何を……?」

臣下の様子を案じて手を差し伸べかけた悠翠が、はっとした表情で動きを止めた。

もしや自分は虎嘯に対して、決定的に誤った一手を打ってしまったのではないのだろうか。

ようやく悠翠がそう気付いた時。王の背筋が、ざわりと冷たく凍りついた。

虎嘯にとって、旺劉は玉皇大帝にすら勝る絶対の主だ。

彼が白龍王に仕えているのは、他でもない旺劉が白龍の王だからである。

悠翠は彼の主に対する忠誠心を利用して、旺劉が守ろうとした貴い珀輝への攻撃を断念させようとした。

けれども、将軍が実際に、己の立ち位置からメッセージを解釈した時。

王の言葉は、全く予想外の受けとり方をされていたのではないだろうか。



『もしも珀輝が白銀龍の子であるならば、彼は最も貴い龍として龍界の頂点に立ち、白龍王として旺劉をも従える存在となる』



とどのつまりは、これが彼の受けとめたメッセージの要旨だった。

しかも虎嘯は、もしも史明が白銀龍の血を引いているのならば、かつての主が得体の知れない『黒龍の子』に(ひざまず)き、周囲の誰もがそれを当然の如くに肯定する様を、生涯その目で見続けることを強要されるのだ。

それは彼にとって、龍界滅亡よりもあってはならない、最悪の未来だった。

「うっ…………うおおおおおおお――――っ!」

これまで珀輝を主の仇として敵視してきた虎嘯が、心の底から拒絶の叫びを上げた。

「藍将軍!」

部下の心情をようやく察知した悠翠が、将軍を正気に戻そうと、大声で彼の名を呼ぶ。

しかし、もとより到底『白龍王』に相応しいとは認められていない身だ。

悠翠の呼びかけを無視した虎嘯は、いつの間にか手元に戻っていた神矢を弓につがえて史明に向き直っていた。

「やめて下さい! うっ……」

両手を広げて将軍の前に立ちはだかった悠翠を、虎嘯は腕の一振りで乱暴に投げ飛ばした。

再び彼は史明に照準を当てると、一片の迷いも無く矢を放つ。

「珀輝ぃぃぃぃ――――っ!」

悠翠の苦悶の悲鳴が空を貫く。

その悲愴な叫び声と、ほぼ同時に。

龍宮を揺るがすような振動が、とつぜん周囲を襲った。

立ち上がりかけていた悠翠が、再度地に転がる。

彼が必死に体を起こして、震源に視線を向けた時。

視界に飛び込んで来たのは、地に横たわる史明とその横で苦しげに咆哮を上げる黒龍。

そして深々と黒龍の胴体を貫いている神矢だった。

「旺劉――――!」

黒龍に突き飛ばされて転倒していた史明が面を上げると、まるで断末魔の如き絶叫を上げる。

全ては一瞬の出来事だった。

あまりのことに、悠翠の頭脳がしばし思考を拒絶する。

けれども彼は、これまで常にそうであったように、ほぼ本能的にことの核心に意識を向けていた。

(なぜ瀕死だった兄上が、急にあそこまで動けるように……?!)

黒龍の体には、神剣による刀創と神矢による創が刻まれていた筈なのだ。いくら旺劉といえども、あの状態で龍宮をも揺るがす動きで養い子をかばうなど、不可能だ。

今度こそ致命傷であろう創を負い、呻きながらも、黒龍は気丈に地を踏みしめて立っていた。

その畏怖さえ覚える堂々たる姿に、虎嘯を含む全ての者達の視線が、今や釘付けになっている。

そんな彼等の中にあって、ただ独り悠翠だけが、黒龍の体に刻まれた筈の古い創痕を探し求めていた。

目を皿のようにして、くりかえし黒龍を観察した後。

悠翠が、驚きのあまりに息を飲んだ。

(あの刀創が、消えている――――!)

今や黒龍の体に刻まれている創は、虎嘯が放った神矢のみだった。

(なぜ、いつの間に――――?!)

悠翠が直ちに史明に目を向けた。

可能性があるとすれば、彼の白銀龍としての癒しの力だろう。

けれども甥は再び傷付いた旺劉を前にして、滂沱(ぼうだ)の涙とともになす術もなく立ち尽くしている。

彼が意図して創を癒したのだとは、到底思えなかった。

(それでは、一体どうして……?!)

悠翠は、少し前までの史明達の記憶を辿ってみる。

(あの時確か珀輝は、旺劉兄上に抱きついたまま、泣いていた…………)

例え月華が、息子の白銀龍としての力を封じていたとしても。

もしや涙が及ぼす治癒の効果までは、消されてはいなかったのではないだろうか――――。

だが、またしても証拠が無い。

((珀輝…………))

史明が、悠翠が、そして虎嘯が。びくりと黒龍の声に反応した。


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