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放たれた黒龍7

「藍将軍……」

怒気もあらわな彼の咆哮に、悠翠がびくりと全身を震わせる。

それでも史明たちをかばうようにして前へと進みでた彼は、直ちに将軍と彼らの間に結界を張った。

その行動を目にした虎嘯が、いきり立つ。

「殿下は一体何を血迷っておられるのか! 珀輝殿は黒龍を龍界へ手引きした主犯ですぞ! 庇い立てなされば、いくら貴方様でもただでは済みませぬ!」

「ですが、珀輝はこの黒龍は旺劉兄上であらせられると言っています」

「そのような戯言に耳を貸してはなりませぬ! 珀輝殿は黒龍すらも操るおかたですぞ。だまされてはなりませぬ!」

「なぜ彼が嘘をつくというのですか? 現に彼は黒龍を止めようとして、傷まで負っているというのに?」

「では珀輝殿はなぜ、黒龍に傷を負わされても無事でおられるのでしょうな?」

「それは…………」

悠翠が口ごもると、ここで一気に畳みかけるべく虎嘯が反撃した。

「答えられなければ、(それがし)が代わりにお答えいたしましょう。黒龍の血が流れておられるゆえ、結界石無しで瘴気に当てられても、平気でいられるのです!」

「珀輝に黒龍の血は流れていないと、旺劉兄上も常に断言しておられたではないですか!」

「残念ながら、我が主は情が深すぎまする。主が間違った道へと舵をとった時に諌めるのが、臣下の努めというもの。災いの芽は可能な限り速やかに摘まねばなりませぬ。それにしても……人界に捨て置いたはずの珀輝殿が、実は生き延びておられたと知った時には、さすがに某も驚きましたがな」

やはり確実にとどめを刺しておくべきだった、とでも言わんばかりの苦々しい表情で、彼が呟く。

(今、何て……?!)

悠翠の瞳が、驚愕のあまりに大きく見開かれた。

「まさか……あの時、瀕死の珀輝を人界へ放り出したのは……?!」

「某は今でも、あの判断が間違っていたとは思いませぬ。しかし、まさか白龍王があの傷で、珀輝殿を追って人界へ行かれるなどということは予想出来ず、これまでずっと悔悟の念にかられておりましたが」

白龍王の養子を殺そうとしたことに関しては、一片の罪悪感すらも覚えていない様子で、彼が告白した。

(――――何ていうことだ!)

軽いめまいを覚えて、悠翠の体がぐらりと揺らぐ。

どうりであの後、いっこうに甥が見つからなかったはずだ。

あの時、白龍王とその養い子の捜査を指揮していたのは、虎嘯その人だったのだから。

もしも今ここで、旺劉が腹心の裏切り行為を耳にしたとしたら、彼は一体どれだけ悲嘆にくれることだろう。

いつもならば虎嘯に一喝されて、大人しく口をつぐんでいる悠翠が、絞り出すような声音で抗議した。

「あなたは……間違っている!」

弱々しく、けれども真直ぐに虎嘯の瞳を見据える『王』の非難に、将軍がわずかに片眉をつり上げる。

「何のことですかな?」

「藍将軍は、全ての元凶は珀輝にあるとお考えなのでしょう? ですが、それは間違いだと言っているのです。全ての原因は、他でもない旺劉兄上にあるのですから」

虎嘯の顔色が、さっと変わった。

「白龍王を侮辱なさるのならば、たとえ貴方様であられても、容赦はいたしませぬぞ!」

獅子すら射殺せそうな視線を真っ向から受けながらも、悠翠は勇気を奮い起してつづける。

「確かに旺劉兄上は偉大な白龍王です。私など兄上の足元にもおよびません。けれども、兄上は一方で、かなり最低の父親でもありました」

「口をお慎みくだされ!」

「いくら優秀な跡継ぎが必要だとはいえ、手当たりしだいに子供を産ませていた上に、子育ては全て母親たちに丸投げだったのはご存知でしょう? とくに問題さえ起きなければ、生れたわが子にその後は会いにすら行きませんでしたから。寵姫たちの間で争いが起きても、介入せずに表向きは中立を保っているように見せかけていましたが、あれは要するに、厄介事から逃げまわっていたんですよね。ずるいんです」

「…………」

どこかに思い当たるふしがあったのだろうか。虎嘯が初めて、わずかながらも視線をそらす。

「白龍の娘たちはもちろん、他の龍族たちとも繋がりを強化するべく、利益があれば片っ端から婚姻を結んでいましたから、兄弟の数はふくれ上がるばかりでしたし。実力主義の兄上は、たとえ貴い白龍の血筋でなくとも、いちばん有能な息子に後をつがせる可能性すらありましたから、継嗣として人一倍努力を重ねてきた自尊心のつよい旺李には、心が休まる暇もなかったでしょうね」

「……だが、その程度のことで潰れるようであれば、とうてい王など努められますまい」

「旺李はもともと気丈です。その程度のことでは潰れなかったでしょう。けれども兄上は、ご自分の子供たちの感情の動きについて、残酷なほどまでに関心が薄かった。彼らの心情に対して、龍界の王の仕事ほどに気を配っていたならば……旺李に対しても面倒くさがらずに、もっと誠実にご自分のお考えを打ち明けておられたら、彼が珀輝をあれほどまでに憎むことはなかったはずです」

「旺李殿下は、珀輝殿が黒龍の子であると信じておられました。殿下は、当然のことをなさったまでです。殿下の行動に関して、白龍王になんら落ち度はありますまい」

「とんでもない! もしも兄上が、ご自分のお考えをきちんと旺李に伝えておられたら、おそらくすべての悲劇が未然に防げたはずです!」

「それまでです、殿下! これ以上わが主を侮辱するのは、この虎嘯が許しませぬ!」

龍軍の猛将が、腰に佩いた長剣に手をかけて怒鳴った。

虎嘯は本気だ。彼はいつでも愚直なまでに己の言葉を守る。

内心震えあがりながらも悠翠は、頑固に会話を続けた。

ここで大人しく甥を見捨てるくらいならば、斬って捨てられたほうがマシだ。

だが、そうなってしまえば、史明を救うことは出来ない。

悠翠は慎重に言葉を選びながら、話の切り口を変えた。

「本来、月華殿の結界を通過できるのは、彼女自身と玉皇大帝、白龍王、旺諒兄上の四者のみでしたよね」

唐突に変えられた話題に、虎嘯が虚を衝かれたような表情で訊き返す。

「それが如何いたしましたかな」

「私も最初は、もしや月華殿の死後に、彼女の結界の力が弱まっているのではとも考えました。けれどもそれでは、なぜ他の誰にもその結界を破れないのか、という説明がつきません。しかし、もしも千年前に現れた黒龍が旺諒兄上、そして今回の黒龍が旺劉兄上だとしたら?」

そうだとすれば、全てのつじつまが合ってくる。

「……馬鹿なことを!」

「私は至ってまじめに話しています。そして、もしも旺諒兄上と月華殿との間に、すでに子供がいたとすれば、その子供も彼女の結界を通過出来るはずなんです」

「そんな、某は王から、一切そのようなことは伺っておりませぬ! 証拠がおありでないならば、口をお慎みくだされ!」

「確かに、証拠はありません。それだからこそ恐らく、旺劉兄上は慎重に口を閉ざしていたのでしょう。もちろん、月華殿の子供を保護する意味合いもあったのかも知れませんが。けれども、たとえどんなに馬鹿げた妄想であったとしても、兄上はせめて旺李にだけは、ご自分のお考えを打ち明けておくべきだったのです」

虎嘯が、無言のまま、食い入るように悠翠の瞳を見つめている。

「私にはどうしても旺劉兄上が、ただ自らが拾われたというだけで珀輝を養子にしたとは思えません。兄上はそこまで子供好きなわけではなかった。ですから、珀輝を正式に王族として迎え入れたことには、ちゃんとした理由があるはずなのです」

「しかし……!」

それでも頑なに自説に固執する将軍に向って、訴えるように悠翠が問いかけた。

「珀輝がもしも銀の髪と瞳を持っていたら、月華殿にそっくりだとは思いませんか?」

「――――!」

珀輝の美貌は、周囲の者たちを惑わす黒龍の罠。龍たちにそう吹き込んで来たのは、旺李なのか、それとも他の奸臣たちなのか。

今となっては分からない。

「月華殿の御子でしたら、まちがいなく天才のはずです。そして珀輝に並ぶ天才は、少なくとも龍界には居ない。それに、彼は確かに月華殿の結界を通過した……これでもまだ足りませんか?」

無言のまま立ち尽くす虎嘯の手が、剣の柄からすべり落ちた。

「そんな……まさか…………?!」

「どうして珀輝が灰色なのかは、私にはわかりません。おそらくは月華殿が彼を守る為に、何らかの術をかけられたのだとしか思い浮かびません。ですが、一つだけ言えることは、もしも私の推測が正しかったとすれば……」

悠翠が、結界の向こう側で、黒龍をいたわうように寄り添う甥に目を向けると、明言した。

「……旺劉兄上亡きあとに玉座を受け継ぐべき者は、私でも旺李でもなく、白銀龍の子である珀輝だということです」

歴戦の武将が、悠翠がこれまで見たことも無い戦慄の表情で、史明の姿を凝視した。



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