表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/72

「蓮青」

随分間が空いてしまいましたが、何とか再開です。  宜しくお願い致します!

史明が正殿へと向かう少し前。 蓮青は広く薄暗い正殿の片隅で、怒りを露わにした旺李と相対していた。

旺李が、神剣の刃を彼の首に当てて凄む。 

「お前、龍麗宝に烏賊(うぞく)(けい)のことを教えただろう。 どういうつもりだ?!」

蓮青が両手を上げて、降参のポーズをとりながら、いかにも心外だという風に弁解した。

「教えたって……たまたま南陽で麗宝ちゃんが烏賊契のサギに会いそうになってたから、助けてあげただけなんだけど?」

勿論、そんなことは嘘である。

へらへら笑いながら答える彼の首筋から、たらりと赤い筋が伝わり落ちたのを見届けると、旺李が無言で剣を降ろす。

内心安堵の息をついていた蓮青の顔を、突然旺李が神剣の先端で刺すべく腕を振り上げた。

「――――!」

 間一髪で木製の壁に突き立てられた剣先を忌々しそうに抜き取りながら、旺李が言う。

「たまたま、だと?! お前は以前にも、『たまたま』龍家の親族の娘を逃す為に、俺の部下達を皆殺しにしたよな?!」

尚も抜き身の神剣を手にしたまま、憎々しげに旺李が吐き出す。

剣に警戒しつつも蓮青が答えた。

「あれも不可抗力だって。 それにしてもあんたの部下達はホント、えげつなかったよなあ。 幾ら麗宝ちゃんの顔を知らなかったからって、龍家に出入りしていた女の子達を片っ端から攫って行って、違うと分かった子から慰み物にして行ったもんな」

いやはや、俺には到底真似出来ませんって。 茶化した物言いに苛ついた旺李が神剣を一閃するが、またしても空振りに終わった。

「おー怖っ! 言っとくけど、あの時あんたの部下達は、俺に白龍の血が混ざった女の子にまで手を下せって命令したんだぜ。 『蓮青』である俺が、白龍の子孫を傷つけられないのは知ってんだろ?」

十年ほど前のことだっただろうか。 

旺李が突然、龍麗宝を攫って来いと部下達に命じたのだ。

結局、龍家の敷地内から一向に出ては来ない彼女の誘拐計画自体は、幸いにもその後頓挫したのだが――――。

旺李からの命令だから仕方が無いと、助けを求める他の少女達の泣声も叫びも無視した己の罪悪感を押し殺しながら、彼が昔を振り返る。

あの時蓮青が助けたのは、結局白龍の血を引くあの娘だけだった。

ふいに蓮青の脳裏に、他の娘達を助けようと、独りで部下達に真っ向から歯向って行った、誇り高き白龍王の血を受け継いだ娘の顔が鮮明に蘇る。

自分も本当は怖かった筈なのに。 抵抗で全身傷だらけになりながら、最後に捉えられた時にすら彼女は、尚も毅然と胸を張り彼等に言い放った。

((例え体の自由を奪えたとしても、私の心だけは誰にも屈服させることなど出来ないわ!))

強がってはいても、彼が助けなければ間違い無く殺されていたであろう、あの美しい娘。

けれども彼女は本気だった。 彼女ならば宣言した通りに、例え犯されようが殺されようが、決して彼等に屈服することなどなかったのだろう。

そしてあの時彼女が言い放った言葉は、囚われの身である彼の心に以来、氷の棘の如くに突き刺さったままだ。

絶望的な状況の中、尚も面を上げて不屈の闘志を燃やしていたあの娘。 何故だかその壮絶なまでの輝きから目が離せずに、気が付くと彼は旺李の部下達を手に掛けて、彼女を助け出していた。

もしかすると彼は彼女の叫びを、己自身の心の叫びに重ねていたのかも知れない。

龍界にも人界にも、彼女以上の美女など山ほど居るだろう。

けれども、あれ程までに強烈な生命力と誇りに溢れた美しさには、それ以来、一度もお目にかかったことは無かった。

少なくともつい先日、南陽で珀輝の部屋に忍び込むまでは――――。

蓮青を傷つけられなかったことに舌打ちをした旺李が言う。    

「相変わらず、逃げ足と言い訳だけは一流だな。 その本名も、わざわざ珀輝の前で使う必要は無かった筈だ」

「珀輝は最近まで、あんたが龍界で牢獄に居たことすら知らなかったんだぜ。 『蓮青』があんたを逃したことどころか、その存在すら知る訳ないって」

「確かに、『蓮青』を知っている者は龍界でもごく一部だが……お前は油断がならないからな」

心の中で蓮青が舌を出した。

(さすが、賢いねえ。 でも白龍王が俺に珀輝を頼むと言い残していたことは、お前さんには知る由もないけどな)

『蓮青』は彼の本名だが、同時に最も貴い白龍の子孫に仕える、最強の青龍を意味する守護者名でもある。

青龍は元々武門の血筋なのだが、その中でも特に資質に優れた者が生れた時には、(いにしえ)の白龍王との契約の証である龍紋が肩に浮かぶ。

そして龍紋を持った子供は『蓮青』の名を引き継ぐ代わりに、青龍の本家とは一切の繋がりを断った孤児として、情け容赦無く血を吐く様な刺客や間者の訓練を受けるのだ。

白龍王はこの非情な『蓮青』養育の慣習を嫌い、珀輝が成龍になるのを見届けたら直ぐに、蓮青との契約を破棄して、彼を永遠に自由の身にすると約束してくれていたのだが――――。

「全く、旺劉のじーさんの血の気がもうちょっと少なかったら、俺もそろそろ自由の身になれた筈なのにな……」

珀輝を追って人界へ降りた手負いの白龍王は、御龍教の(いしゆみ)によりあっけなく空から射落とされたという。 黒龍になり神聖を失った白龍は蓮青の主としての資格を喪失し…………次に貴い白龍の血統であった旺李が、自動的に主となってしまった。

(っとに、恨むぜ、じーさん!)

よりによってこんな(旺)奴(李)に仕える破目に陥るとは。

この旺李が、蓮青という便利な駒を手放すことなど、この先一生望めはしないだろう。

旺李が鼻を鳴らして彼の独り言に答えた。

「お前が珀輝を殺せたら、自由にすることを考えてやってもいいがな」

「どうせただ『考えるだけ』なんだろ? それに俺には珀輝の結界は破れないし、第一あいつには……白龍の気を感じる」

旺李の瞳が、確信を持ったという風に、狂気にも似た光を帯びた。

「やっぱり、あいつは白龍と黒龍の混血児だったのか……!」

それはおかしいのではないか、と蓮青は言いかけて止めた。

珀輝に関しては、どうせ旺李に何を言っても無駄だからだ。

蓮青はこれまで、穢れによって人工的に作られた黒龍しか見たことが無い。 

生まれながらの、本物の黒い龍がどこかにいる可能性は捨て切れないが、それでも全ての龍達は原色で生れて来る。

例え白龍が黒龍と結ばれて子を産んだとしても、生れて来る子供が珀輝の様に灰色になることなど有り得ない。

しかも、万が一穢れた黒龍と白龍が交わっていたとしても、穢れに弱い白龍が黒龍との子を()す事など不可能だ。

旺李だけではなく、龍界の者達にしても、そんな簡単な事に皆が気付いていない筈がないのに。

だが、そうかといって、珀輝は一体何者なのかと自問してみれば――――彼にも皆目見当が付かなかった。

軽い溜息を漏らした蓮青の視線が、部屋の巨大な祭壇に載せられた旺劉へと向う。

祭壇の横には、まるで置き物の如く微動だにしない、白い浄衣を着た白髪混じりの老人が控えていた。

(この大祝(おおほうり)も、千年祭が終わったら殺されるんだったよな……)

そう姜乎(きょうか)が話していたのを耳にした気がする。

実は蓮青は、この男が長年姜乎達に隠れて旺劉にして来たことを、旺李にも黙っていた。

姜乎は大祝に、定期的に結界石を支給している。 黒龍の瘴気から身を守らせる他に、瘴気による本殿の腐食を防ぐ道具として、結界石の粉末を本殿の内側に時々塗りつけなくてはならないからだ。

蓮青が知る限り、男はもう何十年もその粉末を墨に混ぜて、密かに旺劉の体に塗り続けているのだ――――。

その効果の程は、蓮青にはよく分からない。 少なくとも旺劉の見た目には、全く変化が無いし、黒く染まった体は相変わらず酷い瘴気を放っているからだ。

けれども姜乎か旺李がこれを知ったら、間違いなく大祝の命はその場で尽きるだろう。 身代わりとなれる彼の孫が今天宮に来ているのならば、尚更だ。

そしてこのことを黙っていた蓮青の身も、ただでは済まないに違いない。

「ところで、龍麗宝の処分についてだが……」

旺李が言いかけたところで、蓮青が直ちに彼の言葉を遮った。

「俺、白龍の子孫は傷つけられないから」

蓮青の不遜な態度に先程から業を煮やしていた旺李が、鋭く彼を怒鳴りつけた。

「頭が高い、(ひざまず)け!」

がくりと膝を折り、頭を床にこすり付けんばかりにして彼が跪くと、旺李が嗜虐的な嗤笑(ししょう)を浮かべながらその姿を見下ろす。

「己の立場を自覚するんだな。 古の契約がある限り、お前は主である俺には逆らえない」

それに、もしも逆らおうとした時には、死よりも恐ろしい苦痛を龍紋から受けることになる――――。

歯噛みをしている蓮青に彼は言った。

「後で龍麗宝を攫って来い。 ()()の(・)花嫁(・・)が殺されたと知った時、あいつがどう喚くか見物だからな」

(こいつ、まさか麗宝ちゃんを……?!) 

蒼白になった蓮青の反応を見た彼が、くっくっと独り愉快そうに嗤う。

旺李は本気だ。 そして、蓮青には彼を止める術が何も無い。

((例え体の自由を奪えたとしても、私の心だけは誰にも屈服させることなど出来ないわ!))

――――あの娘ならば旺李の命令を拒絶して、潔くその身を地獄の責苦に差し出すのかも知れない――――。

こうして旺李に命令され、幾百年も床を這いつくばって来た蓮青にとって、例の娘の言葉は遠い幻の様にあまりにも美しく…………そしてどんな罵倒の言葉よりも残酷な響きを帯びて、彼の心に木霊した。 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ