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穢れの実がなる樹

参道に着いたら、何が待ち受けているかは分からない。

緊迫した状況の中、春萌が終わりに近づいて来た石段の前方へと視線を移した時。

彼の先に一瞬、ふっと白装束の神官の姿が過ぎると、何処へと消えた。

(あれはまさか……父様?!)

父の姿が心なしか透けて見えたのは、光の加減のせいなのだろうか……。

冷たい汗が背筋を伝わり、足元から嫌な予感が肌をじわりと上って来る。

父と祖父はこれまでここで何を思い、奉職して来たのだろう。

彼等からはもう八年間も音沙汰が無い。

(どうか、父様達が無事でありますように……!)

こうして各々が、心中に複雑な思いを抱きつつも黙々と歩を進める最中。

麗宝達の前方にいよいよ、周囲の景観とは異質な巨大な朱塗りの門が迫って来た。

通常は晴れの気を放つ筈の神域の正門。

それなのに近付けば近付く程、体も心も重苦しく病魔にでも侵されて行くように感じられるのは、春萌の言う通り正殿から瘴気が漏れているせいなのか。 

心中に暗雲が立ち籠めながらも、せっせと傭兵達の目を覚まして行く彼等の耳に、門の方から不自然な笑い声が聞こえて来た。

声の様子からするとかなりの人数の筈だが、笑い声はどこか単調で、奇妙な程に神経を逆撫でする。

他に会話らしき声も聞こえては来ず、ただ笑い声だけが境内に木霊しているようだ。

「境内には随分と人が居るようだな」

鳳翔に問いかけられた春萌はしかし、一層表情を硬くして応じる。

「本宮には大祝と三官の祝しか入れない筈ですが、黒華村の村民でも集まって居るのでしょうか。 八年前に僕が来た時にも、これほどの瘴気は感じなかったのですが……」

何かが起こっているに違いない。 そう言いたげな様子で彼が付け足した。

「正門を過ぎれば本殿の結界内に入ります。 気を付けて下さい」

「分かった。 傭兵達は何人正気に返っている?」

「まだ約三十人ほどですわ」

「早くしろ。 もう先頭は門に到着しているぞ! それから、紫刑部侍郎。 紫家(しけ)の者ならば、何か感じるところもあるだろう。 一体門の中で何が起こっているか分かるか?」

紫家は白華帝以前の御代から続く、百華国最古の神祇の家系だ。

代々異能者を多く輩出して国を守り、百華国の神事を司って来たのだが、紫家の内部は謎に包まれており、黒耀帝ですらその全容を把握出来てはいない。

現在の紫家は、黒華族の皇帝には仕えずに(まつりごと)からは距離を置いているものの、その影響力は珀家をも凌ぐのではと密かに囁かれている程だ。

だがその反面、呪術に長けるあまりに恐れも抱かれていた為、抜きんでた名門でありながら十華に名を連ねることのなかった、不遇の一門としても有名だ。

紫家の長には必ずその額に『第三の目』があり、不思議な神力を宿しているのだというが、噂の真偽は定かではない。

その閉鎖的な紫家にあって、黒耀帝の官吏という異色の存在である天籟(てんらい)が、白ウサギの着ぐるみの中から答えた。

「はっきりと見える訳ではありませんが、このまま進めば全員瘴気でやられるのは確実です。 もっとも、龍家の榜眼殿が既に防御の結界を張り巡らせているようですが」

「すごいわ、史明! でも、そんなに穢れがひどいのなら、どうして神官の方々は平気でいられるのかしら?」

「恐らく結界石を使用しているのであろう」

「あの、龍界で使われているっていう、穢れから身を守る石? 一体どうやって手に入れたのかしら?」

紫ウサギ侍郎が、着ぐるみのまま腕を組んで唸った。

「う~ん、もしかして龍界が絡んでいるわけ……?」

「黄家に凱帝国が絡んでいるだけでも十分に厄介なんだが、龍界まで入ってはたまらんな。 人の手には負えん」

さすがの鳳翔も、勘弁して欲しいといった様子だ。

正門に近付くにつれて、奇妙な笑い声は益々大きくなって来る。

麗宝達よりも先に門をくぐった傭兵達が突然、悲鳴を上げた。

「いやああああっ、何あれ?!」

目を覚ましていた女性の傭兵達が、何かを見ながら騒ぎ立てた。

普段は勇敢な戦士でもある彼女達を、ここまで怖がらせるとは唯事では無い。

いつの間にか着ぐるみを脱いでいた猛亮が、真っ先に反応して二段抜かしで石段を駆け上がった。瑠夏と鳳翔達もその後に続く。

黙々と傭兵達を覚醒させている史明を残して、漸く麗宝が彼等に追い付くと、正門から正殿へと続く参道の、入り口付近にある大木の正面に、皆は言葉も無く立ち尽くしていた。

息も切れ切れな麗宝が、彼等の視線の先にあるその木を無造作に見上げた時。

「ひっ…………!」

彼女の喉の奥から、凍りつくような悲鳴が漏れた。

先程から耳にこびり付いていた奇妙な笑い声が、樹上から彼等の元へと降り注いで来る。

紫ウサギ侍郎がぽつりと漏らした。

「…………人面樹か。 まさか神域である境内に生えているなんてな」

「八年前に僕が来た時には、こんな木はありませんでした」

たわわに実っている無数の笑う人面を見上げながら、春萌が蒼白な顔で唇を噛む。

「人面樹は穢れが相当酷い場所にしか生えないんだけど、一体何をしていたんだか……うわっ!」

急に紫天籟が慌てて後ろに跳び退り、何かを避けた。

ボトリ。

それまで彼のすぐ頭上で、ケタケタと笑い声を上げていた男の人面の一つが、突然地面に落ちて静かになった。

「グロい……!」

気分が悪そうに顔を顰める鳳翔達の周囲では、これまで夢遊病患者のように歩いていた一行が、いつの間にか歩みを止めて正殿周辺に佇んでいる。

その時、春萌の視界の隅で、白い影が境内を横切った。


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