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黒華村祭り4

このままではいつか、自分は発狂してしまうのかも知れない。

頭の中を乱暴にかき混ぜて行くような、理性でかろうじて押さえ付けられている狂気が、彼女の意識の(たが)を外して、全てを闇色に塗り潰してしまいそうに思えたその時。

((麗宝……))

夢の中で、聞き慣れた感情の籠らない声が、彼女をそう呼んだ。

((麗宝……))

(誰? 私の名前は宝珠だわ)

だが、そう呼ばれるのは何故だか不快ではない。

それに彼女はどうしてか、この声の主をよく知っていた気がする。

感情を表すのが恐ろしく苦手で、人間離れした天才のくせにどこか抜けたところがある、誇り高くて見かけによらず家族想いの、大切な彼女の片われ…………。

「麗宝!」

「……史明?」

目を開けると、普段は能面のような弟の、明らかに蒼白な顔が真上にあった。

「麗宝、無事であるか?」

「私、夢を見ていたのね……?」

「幻蝶の術は、麗宝には効きにくいと思って放置しておいたのだが……ショック状態に落としてから術を掛けるとは、我にも読めなかった……すまぬ」

いつの間にか、彼女を取り囲んでいた毒々しい蛾の大群は、きれいに姿を消していた。

いまだに夢の衝撃が冷めやらない麗宝が、史明と同じ位青い顔で呟く。

「私、夢の中で白龍姫になっていたの。 白華帝が姿を消した後、彼の亡骸を探して戦場跡を彷徨い続けていたわ……」

気が付くと、頬が涙で濡れていた。 

「あれが唯の夢だなんて信じられない位、現実感があったのよ。 そのまま直ぐに死んでしまいと思っていた白龍姫の気持ちが、手にとるように解ったもの」

あの後ほどなく白龍姫は、珀輝と出会ったのだ。 当時の彼女の気持ちが理解出来る史明は、「そうか、辛かったのう」と優しく応えると、労わるように姉を抱き起こして、そっと泥を払ってやった。

((リィィィィン、リィィィィン、……))

再び鳴り響く鐘の音に、麗宝がびくりと反応する。

「そうだわ、皆は?!」

「恐らく麗宝と同じく、魂の奥深くに刻まれた最も辛い記憶を見せつけられていたであろう」

「魂の奥……?」

左様(さよう)。 平常時に術者がこれだけの人数を洗脳するのは難しい。 だが、相手が精神的に脆くなっている時ならば、話は別だ」

「あれが魂に刻まれた記憶だなんて、それじゃまるで……」

まるでそれでは、彼女が以前は白龍姫だったと言っているようではないか。

だが、周囲に転がっている鳳翔達や参拝客達が視界に入ると、そんな疑問は一気に頭から吹き飛んだ。

「と、とにかく、直ぐに皆も助けなくちゃ!」

焦る彼女を史明は手で制した。

「目を覚ましてやろうにも、もう手遅れだ。 見るがよい」

((リィィィィン、リィィィィン、……))

今度は目覚めの鐘の音とでもいうつもりなのだろうか。 それまで眠っていた皆が、のろのろと地面から起き上がって来る。

「良かった。 目を覚ましたのね?!」

「いや、違う。 たった今、新たな術を掛けられたのだ」

「新たな術? 今度はどんな幻術なの?」

「それは分からぬ。 我には幻術が効きにくいしの」

史明には幻術がなぜ効かないのか。 それなのに、なぜ彼にはそれが幻術だと分かるのか。

結界の解き方まで知っている弟に、その理由を尋ねてみたい衝動に駆られたが、立ち上がってどこかにふらふらと向って行く皆の、不自然な様子を目にしてそれを思い止まる。

「どうやら術者は、この一行をどこかへ呼び寄せたいようであるな」

「どうする、史明?」

「こちらから探しに行く手間が省けたではないか。 このまま操られた振りをして、皆に付いて行く」

決して我から離れるでは無いぞ。 そう言い残した史明が、鳳翔達の直ぐ後ろに付いて能面ゾンビよろしく歩き出した。

(あ、そういえば、史明に月華さんから貰った鐘の話をするのを忘れていたわ!)

だが、走ればきっと術者に怪しまれてしまう。

仕方が無く麗宝は、史明の後ろに亡霊のように続く青慎達の背後から、皆と同じく虚ろな表情を心掛けつつゆっくりと追い掛けた。


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