黒華村祭り2
「居た……麗宝!」
(せっ……青慎?!)
最初に麗宝を見付けるのは、きっと史明だろうと確信していた彼女の全身が、ピシリと音が出そうな位に凝固する。
彼女の推測は正しかったのだが、少なくとも真っ先に手を挙げて近寄って来たのは、よりによって今一番顔を合わせたくないと思っていた青慎だった。
透き通った茶色の瞳に、安堵の色を浮かべた彼が、人混みの中を真直ぐに彼女へと向かって進んで来る。
(いやっ……お願いだから、こっちに来ないで!)
心臓が急にばくばくと音を立て始めた。
いっそのこと、永遠にこちらへ辿り着かないで欲しい。
しかし、そう思っているのは彼女の方だけで。
器用な身のこなしであっという間に彼は、麗宝が腰掛けている山車までやって来てしまった。
「麗宝! 良かった、無事で!」
「せっせっせっ……青慎……」
「頭はもう大丈夫?」
「だっだっだっ……大丈夫……!」
ぎくしゃくと首を縦に振るも、正直な彼女の顔は、たちまち湯気が立ちそうな位に赤くなってゆく。
心臓の鼓動は既に、頭の隅々にまで大きく響いていた。
必死で顔を琵琶で隠す彼女の後頭部に、青慎がそっと手を伸ばして来る。
「かなり派手にぶつけていたから、瘤になっているんじゃない?」
びくりと震えた麗宝が、すかさず琵琶で彼の手をブロックした。
「………………」
青慎の手が、宙に浮いたまま静止する。
「ほっ、本当にもう大丈夫だから……!」
琵琶に隠された彼女の顔はしかし、背後の傭兵達には丸見えだったらしい。
後方からウサギさんの、よく通る美声が聞こえて来た。
「あらら。 彼女ってば、真っ赤っか。 あれって明らかに物すご~く動揺してるよな?」
(ウサギさんたら、やめてーっ! 青慎にも聞こえてしまうわ!)
「麗宝……?」
青慎が浮いた手を静かに降ろすと、琵琶に隠された彼女の顔を戸惑いながらも真直ぐに見詰めた。
どうやら自分の声の大きさに全く気付いていないらしいウサギさんが、無邪気に追い打ちをかける。
「ところで『恵秀兄様』は……いてっ!」
とうとうクマさんが、彼の頭に容赦なくゲンコツをお見舞いした。
「人の恋路に首を突っ込み、森の平和を乱す奴は、この森のクマさんが許さん!」
ウサギさんが頭をさすりながら、「ここ森じゃなくて山だし!」とツッコミを入れる傍らで、既に顔が火達磨になっていた麗宝が、涙ながらに胸中で叫んだ。
(クマさん、有難う! そしてウサギさんには前言撤回!やっぱり、もっと乙女心にも気を配るべきですわ!)
また一歩、青慎が麗方に近付こうとすると、逃げ場の無い彼女がびくりと琵琶を持ち上げてそれを防ごうとする。
(助けて、恵秀兄様……!)
思わず心の中で恵秀の名を呼んだ時。青慎の後ろから救いの声が聞こえて来た。
「麗宝ちゃん、どうしてここに?!」
「瑠夏お姉様!」
「げっ……!」
何故かクマさん達がぎょっとした様子で飛び上がると、そそくさと森のお仲間集団の方へと逃げて行く。
青慎をどかりと押しのけて彼女を抱き締めた瑠夏が、問答無用で彼女の後頭部を豪快にまさぐった。
「やっぱり。 大きな瘤が出来てるじゃない! ここは心配しなくていいから、早く恵秀の元に帰りなさい」
『恵秀』の一言に一瞬、麗宝の心が大きく揺れた。
瑠夏も勿論それを狙って、わざとその名を持ち出したに違いない。
だが麗宝は、内心の動揺を隠すと、真直ぐに瑠夏の目を見据えたまま懇願した。
「瑠夏お姉様、お願いですわ。 私にもこちらに残ってお手伝いさせて下さいませ」
いつの間に追いついていたのか。瑠夏の背後から鳳翔が音も無く顔を出すと、彼女の代わりに返事をする。
「お前自身の意志でここに残るのならば、止めはせん。 だが、こちらも余裕が無い。 一切庇ってやることは出来んが、それでも構わないというのなら、好きにしろ」
「構いませんわ。 有難うございます」
「麗宝ちゃん……」
「史明も一緒ですし、きっと大丈夫ですわ。 心配なさらないで」
未だ不安そうに彼女を見詰めている瑠夏達に、麗宝が無理に笑顔を作ってみせる。
先程から沈黙を貫いていた史明が、ふいに弾けたように口を開いた。
「麗宝、蓮青はどこにおる?」
「蓮青さん? 南陽からここまでずっと付いて来てくださったのだけれど……さっきから姿を見ないのよね」
どうしたのかしら、と首を傾げる彼女をよそに、史明が微かに眉をひそめて呟いた。
「結界が……消えた」
「え?」
麗宝達が神山を見渡すが、つい先程までの光景と一体何が違うのか、彼女達には全く分からない。
だが春萌は、すぐさま表情を硬くして身構える。
彼の様子を伺った鳳翔達がようやく、何かが起こっているらしいと悟り、本気で警戒心を喚起した。
「龍榜眼、きさまが結界を消したのか?」
どさくさに紛れてきさま扱いされたにも係わらず、珍しく史明が応答する。
「我が消したのではない。 内側から解除されたのだ」
鳳翔が、無言で懐に納まった黒鳳凰の羽根を確認した。
史明がゆっくりと、何かを確かめるかのように神山の中腹を見据えながら警告を発した。
「……来る!」




