表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/72

黒華村祭り

龍勢を使って、鳳翔達の頭上に紙片の雪を振らせた後。

御龍神山本宮へ通ずる山道付近では、鳳凰の山車に腰を掛けた麗宝が、自作の琵琶の曲を優雅に奏でながら鳳翔達の到着を待っていた。

その傍らで、クマとウサギの着ぐるみを纏った傭兵隊長と副隊長が、それぞれ忙しなく祭りの一座やサクラに扮した隊員達に指示を与えている。

クマさんが前方を見ながら、のそりと熊手で合図をした。

「また来たな。 今度は三人か……行け!」

彼等の元へ、御龍教の神官達が血相を変えて走って来ると、天女に扮した数人の女性傭兵達が、酒瓶を手にしてにこやかに彼等を取り囲む。

「あなた方はここで何を……ぐふっ」

騒ぎを起こす前に素早く鳩尾(みぞおち)へ一撃をお見舞いし、眠り薬を嗅がせると、今度は彼等の口に酒を流し込んだ。

「神官様ったら、お祭りだからといって、お神酒の飲み過ぎはいけませんわあ」

うふふふふ、と楽しそうに笑っている彼女達の元から、『酔い潰れた』神官達を、森のクマさんとウサギさんが素早く目立たない木陰へと運んで行く。

ほほほ。 暫くそこでお休みあそばせ、と笑いながら華麗に()()を翻す彼女達の不審な挙動に、一座の余興に夢中になり始めた一般の物見客達は気付いていない。

同じく森の動物の着ぐるみを纏ったタヌキさん達も、あちこちで神官達を始末するべく暗躍していた。

クマさんの隊長が、腰に手を当てながら麗宝を見上げる。

「そろそろ邪魔も多くなって来たな。 待ち人はまだ来ないのか?」

「もう少しお待ちになって。 間もなく到着すると思いますわ」

山に囲まれ、周辺は避暑地にもなれそうな神山とはいえ、昼間の残暑にこの着ぐるみは辛いに違いない。

琵琶を弾く手を休めずに、彼女が訊ねる。

「お二人のお名前をまだ伺っていませんでしたわね。 お名前は何とおっしゃいますの?」

着ぐるみの中で既に汗だくであろう二人が、即座に堂々と答えた。

「クマだ」

「ウサギだよ」

「………………」

一瞬音程を外した麗宝が、無言でそのまま演奏を続ける。

クマさんが話題を変えるかのように、琵琶を指差した。

「ところで、先程から聴いたことの無い曲を弾いているが……これは何という曲だ?」

ウサギさんもうんうん、と首を動かし彼女を見ている。

麗宝が心持ち顔を赤らめながらも、自慢げに応じる。

「うふふ。お気に召しまして? 『恵秀兄様に捧げる灼熱の愛 その一』ですの。 私が愛する人の為に作った曲ですもの。 ご存知なくて当然ですわ」

「その一っていうことは、その二もあるの?」

ウサギさんが横からひょこっと訊ねた。

「勿論ですわ。 この『灼熱の愛』編は私もお気に入りで、その五十までありますのよ。 他にも『永遠の愛』編や『求婚』編等、全部で二百曲位はありますわ。 恵秀兄様のお気に入りはまだ、どれだか教えて貰えませんけれど」

「……ということはつまり、これまでそれを全部『恵秀兄様』に聴かせて来たのか?!」

「勿論ですわ!」

麗宝がにっこり笑うと、クマさんがぽつりと呟いた。

「そうか……重いな……」

ウサギさんも、しみじみといった様子で言う。

「彼、よく耐えられますよねぇ」

独り麗宝だけが、何がいけないのか全く解っておらず、首を傾げている。

「……? クマさん達は、恵秀兄様をご存知ですの?」

「いや、そんな気の毒な男のことは知らないし、これ以上は知りたくない」

「『気の毒な男』……?」

クマさんの微妙なコメントを思わず繰り返した彼女を、ウサギさんが何故かしんみりとした口調で慰めてくれた。

「片想いはつらいだろうけど、頑張ってね」

「…………はい」

想いが一方通行だとは一言も打ち明けていなかったのに、どうして見破られてしまったのだろう。

何とはなしに落ち込んだ麗宝は、自分を鼓舞するべく顔を上げると、おもむろに『きっといつかは』編を大きな音で弾き始めた。

恵秀に振られて落ち込んだ麗宝がよく、龍家で史明に聴かせていた曲だ。

(この曲を耳にしたことがある史明か青慎なら、弾いているのが私だと直ぐに分かる筈)

「青慎……」

ふいに船の中で頬に受けた彼の口づけを思い出し、麗宝の顔がみるみる火照(ほて)り始める。

(あ、あんなの口づけの内に入りませんわ! 第一、青慎はもう家族みたいなものだもの。 (おと)(うと)からされたのと同じよ!)

これまで彼女は、青慎のことなら何でも知っていると思っていた。

なのに……。

あの時の怖い位に真剣な、まるで知らない男の人のように見えた彼からの愛の告白が、鮮明なまでに記憶に残っている。

彼の想いを打ち明けられて、何故だか泣きたい位に胸が痛くなったことも。 彼の優しい口づけが不思議と嫌では無かったことも……。

打ち消しては浮かんで来る記憶を、全て無理矢理頭の中から締め出すべく頭を振ると、執拗に追いかけて来る胸の鼓動を振り切ろうとするかのように彼女が呟いた。

「恵秀兄様に会いたい……!」

青慎が本当にただ名目だけの婚約者だったのならば、今まで通りに麗宝も、彼の前でも思う存分恵秀に求愛出来るのに。

基本我儘な麗宝だが、過去の青慎の心情を慮れないほど残酷には、到底なれそうにはなかった。

今まで青慎は一体、どんな思いで彼女の言動に耐えていたのだろう。

麗宝はただ恵秀の傍に居たいだけなのに。 誰も傷つけずにそうすることが、こんなにも難しい。

彼女が恵秀を追いかけ続ける限り、恵秀は恐らく独身を貫いてくれるだろう。 昔から何故だかこれだけは、根拠もないくせに確信している。

けれども……。

(どうして恵秀兄様は、私と結婚してくれないのかしら……?)

麗宝が青慎と婚約しているから? 黒耀帝が『龍の花嫁』を表向きは皇太子妃にと望んでいるから? 

それとも、他に何か麗宝の知らない理由があるのだろうか……?

麗宝が落ち込んでいると察したのだろうか。

気が付くとウサギさんが、首を傾げて彼女を見詰めていた。

「……お二人も、着ぐるみは暑いでしょう? 無理して着なくてもいいんですのよ?」

いつの間にか滲みでていた涙を、隠すように拭った麗宝がそう言うと、やたらに美声なウサギさんが、サバサバした口調で応えた。

「確かに暑いけど、俺、昔から顔が兵器だって言われてるから。 このままでいいよ」

「まあ……そんなことありませんわ!」

同情心が思いきり顔に出てしまった彼女に対して、彼は気にせず「ははは、ありがとね」と言いながら肉球を振って見せた。

先程までの落ち込みぶりはどこへやら。 顔など見なくても、気風(きっぷ)の良さが伝わってくるこの青年に好感を抱いていた麗宝が、自分の悩みなどすっかり忘れて力説する。

「ウサギさんの着ぐるみも可愛くて好きですけれど、男は顔ではありませんわ! ウサギさんはこんなに好感度が高くていい方ですもの。 素顔でも十分に好かれる筈ですわよ!」

「う~ん。 でも、俺の顔を見るとみんな直ぐに気絶しちゃうんだよね。 それも気の毒だし。 見合いしても、いつも皆に断られるしなあ」

「俺、一生独身かもな~」とこぼしながらも、けなげに明るく笑う彼の肉球を思わずぎゅっと両手で握ると、麗宝が彼の目を見据えて真剣に言った。

「心配なさらなくても大丈夫ですわ! ウサギさんはそのままでとても素敵ですもの。 いつかきっと数多の屍を乗り越えてやって来た女性の中に、素顔のウサギさんを受け容れてくれる方が現れる筈ですわ!」

「お、おう……ありがとな」

近くで二人の会話に耳を傾けていたクマさんが、「数多の屍」のところで軽く吹き出したが、麗宝は気付いていない。

いつの間にか人だかりの数が膨れ上がり、祭りらしい賑わいが琵琶の音を掻き消し始めていた。

(困ったわね。 そろそろ史明に結界を解いてもらわないとならないのに……)

史明達の耳に届くよう、再び音量を上げて演奏していた彼女に、人混みの中から誰かが声を掛けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ