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龍勢

御龍(おんりゅう)祭の当日。 絵に描いたような蒼天と晩夏の日差しが眩しい朝に。

御龍神山の(ふもと)にある地宮の参道付近で、物見客を装った鳳翔達は、参拝者達に紛れながら祭りが始まるのを待っていた。

参道の両側には土産物の店が立ち並び、地宮の内も外も、既に多くの屋台で賑わっている。

開始時刻になると、参道に現れた龍舞の一行が、大きな龍の頭を上下左右に動かしつつ、長い胴をうねらせながら練り歩き始めた。

街道には、巨大な龍神の像を鎮座(ちんざ)させた豪華絢爛な山車(だし)が幾つも連なって登場し、否応なしに祭りの雰囲気を盛り上げる。

龍宮の舞を披露する美女達の行列が、「これから、龍勢(りゅうせい)の打ち上げが行われますので、ぜひご覧になって下さい!」と優雅に()()を翻しながら、鳳翔達の横を通り過ぎて行った。

鳳翔が、舞姫たちに見惚れている春萌に訊ねた。

「龍勢とは何だ?」

「火薬を仕掛けた龍の形の筒を打ち上げる、花火のような物です。 花火と違って、炸裂した時に出て来るのは通常、色とりどりの煙や落下傘ですが」

横で会話を耳にしていた史明が、両手一杯に抱え込んだ屋台の食べ物を試食しながら、平坦な声で言う。

「それはぜひ見てみたいのう」

だが鳳翔は、極力彼から視線を逸らしたままそれを無視し、皆に向って言い渡した。

「昨晩の打ち合わせ通り、先ずは黒華村があると思われる、神山の禁域付近を散策しながら様子を見る」

神妙な顔で頷く春萌達の横で、龍の形の人形焼きを手にした史明が、「なかなか美味だのう。 麗宝にも食べさせてやりたいのう」などと言いながら、むぐむぐそれを頬張っている。

史明の言動を再び無視した皇太子が言う。

「化け物が目撃されているのは、ちょうど(がい)帝国との国境付近だ。 もしも結界に穴があるとすれば、この付近である可能性が高い」

「こちらの『(りゅう)(やき)』も、タレが絶妙でたまらぬのう」

どちらも甲乙つけがたいのう、などと呑気に悩んでいる史明を、怒鳴りつけたい衝動を抑えながら、かろうじて無視に留めた鳳翔が続ける。

「……恐らく禁域付近には見張りも配置されているだろうが、一刻も早く結界内に潜り込みたい。 いざとなったら強行突破も辞さないから、そのつもりでいろ。 いいな!」

硬い表情で頷く青慎達を尻目に、全く緊張感の無い史明が、口をもごもごさせながら呟いた。

「結界ならば、我が解いてもよいのだがのう」

「いいか、先ずはくれぐれも怪しまれないように…………」

鳳翔の演説がピタリと止まった。

屋台で買った、筒状の巻き紙で出来た龍の紙笛を、「ピーッ」と音を立てて伸縮させている史明を凝視した彼が、ゆっくりと訊ねる。

「きさま、今何と言った?」

「はて。 きさまとは一体、どちら様のことかのう」

「龍榜眼! たった今何と言ったのかと聞いている!」

「怖いのう。 まるで潜入目的で祭りにやって来た軍人のように見えるのう」

ただでさえ眼光鋭い強面の皇太子である。 自覚している鳳翔が返す言葉に詰まると、のんびり史明が答えた。

「結界ならば、我が解いてやってもよいと言ったのだが」

鳳翔を始めとする一同が、今度こそ言葉を失った。

「……結界を破れるならそうと、なぜ最初から言わない?!」

「結界を解くのは簡単であるが、解いたら即、御龍教の者達が駆け付けて来るがのう」

「………………」

我は捕まりたくないのう、どうしたものかのう、などと言いながらも、嬉しそうに屋台の食べ物を堪能している切迫感ゼロの史明を見ながら、鳳翔ががくりと脱力した。

黒華村の状況と黒龍の存在を知った今、出来ることなら百華国の禁軍すら動員したい位だが、それは出来ない。

黄華州の(しゅう)(ぼく)も現地の兵を動かせるが、御龍教と関わりがある可能性もあり、連絡をとることすら危険が伴う。

唯一、国境の警備兵だけは、黄華州と凱帝国の癒着を恐れて中央から派遣されているのだが……。

何れにしろ鳳翔が軍を動員したとなれば、黄華族との深刻な軋轢(あつれき)は避けられない。

「…………せめてこの人混みの、三分の一でも禁域付近に移動してくれれば……」

そうすれば、遥かに潜入し易くなるのに。

(ほぞ)をかむ鳳翔達の遥か頭上に、ふいに龍勢が打ち上げられた。

蒼穹(そうきゅう)に白い煙の軌跡を残して、高く上がって行ったそれが爆発音とともに破裂すると、様々な色の煙が一面に広がり歓声を呼ぶ。

華やかな原色の落下傘が煙の中から現われ、地上に落ちて来ると、子供達が競ってそれらを受け止めようとはしゃいだ。

龍勢は一つ、また一つと打ち上げられてゆき、二十ほども続いた後、予告も無しに終わった。

「なかなかの(おもむき)であったのう」

鳳翔の胸の内など全く意に介していない史明が、満足げに空を仰ぐ。

一連の見世物が終了し、同じく立ち止まって青空を眺めていた見物客達が、興奮冷めやらぬといった表情で再び前を向き歩き出す。

「……行くぞ」

彼等とは対照的に重苦しい顔付きの鳳翔が、再び歩を進め始めた時。

禁域の方角から、爆発音と伴に新たな龍勢が打ち上げられた。

「えっ……?!」

参道を往来していた地宮の神職達が、驚いて一斉に空を仰ぐ。

龍宮の舞姫達も、緋色の衣を優雅にひらめかせながら、予定外に打ち上げられた龍勢に騒然となった。

その龍勢は、参拝者達の上空で炸裂すると、煙と落下傘の代わりに無数の白い紙片を、青い空に羽ばたく鳥の如くにひらめかせた。

地上に舞い落ちて来た紙片を、参拝者達が物珍しげに拾い上げて行く。

瑠夏達が頭上に落ちて来たそれを宙で捕らえると、紙には文字が印刷されていた。

「黒華村祭り……?! 『祝・鳳翔殿下御成人』だと……?!」

読み上げる鳳翔の顔が、複雑にひくつきながらも、次第に生気を取り戻して行く

一発、二発、三発……。 次々と打ち上げられる謎の龍勢と紙片の文面に、御龍教の関係者達は蒼然となった。

屋台の御馳走を食べ終わって満足げな史明が、紙片を横目で見ながら独り呟く。

「どうせ止めても来るのであろう……? 麗宝」

神職達の狼狽ぶりをよそに、他にもまだ自分達の知らない催しが用意されていると勘違いした参拝者達が、紙片を見ながら浮き浮きと騒ぎ出した。

「あら、こっちにもお祭りがあるのね?!」

「鳳翔殿下御成人のお祭りですって! きっと華やかなお祭りじゃないかしら。 これも見てみましょうよ!」

地図に記された、御龍神山へと続く道へ向かって、次第に人の群れが移動し始める。

鳳翔が、いかにも悪役といった歪笑(わいしょう)を楽しげに浮かべると、流れに合流すべく青慎達に合図した。

「俺達も『黒華村祭り』とやらに参加させて貰おうじゃないか! 一体何が用意されているのか、楽しみだな」


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