南陽10
南陽に夕日が訪れ始める頃。南陽酒家の麗宝の部屋に、蓮青が帰って来た。
「おーい、麗宝ちゃんいる~?」
「お帰りなさいませ! 蓮青さん、お疲れ様でしたわ」
「はい、これが頼まれてた瓦版の一部。 上手くいけば明日の昼前までには、御龍神山周辺の街に掲示されるか配られる筈だから」
蓮青が、『黒華村祭り』と大きく書かれた印刷物を、麗宝に渡す。
『祝・鳳翔殿下御成人』という副題の下に、『御龍祭にお越しの際にはぜひ!』等の誘い文句と簡略化された地図が描かれている。
「それから、『傭兵連合』から、傭兵300人ほど借りられたから。 祭りの興行の一座に扮して200人ほど、残りは物見客に扮して行くらしいけど。 で、これが彼等に紛れる麗宝ちゃんの衣装と琵琶ね。 一座にはなるべく黒華族の伝統衣装に近い見た目の物をっていう要望だったけど、いーかな?」
淡い桃花のような色の、黒髪に映えそうな襦裙を見た麗宝が、嬉しそうに微笑む。 金色の簪に桃花の造花をあしらった髪飾りも、祭りらしい華やかさだ。
「素敵ですわ。 傭兵の方々の衣装には、一般の物見客と区別が付くように、必ず例の黄色い花飾りを付けて頂けますわよね?」
「それも了解だって。 ところで黄色は黄華州では準禁色だけど、使っちゃってもいーの?」
「どうしても、傭兵の方々が容易に見分けられるようにしたいんですの。 興行の一座も傭兵連合も登録は白華州ですし、恐らく鳳翔殿下のお名前が前面に出されている限りは、黄家も余計な騒ぎは控えようとする筈ですから、大丈夫だと思いますわ」
「しっかし、麗宝ちゃんも南陽っぽいことするよね~。 鳳翔殿下の名前を持ち出してるくせに、殿下が正式に係わってることを証明出来る文句は、瓦版には一言も書かれてないんだから」
知ってる? これを世間では『詐欺』ってゆーんだよ? などと彼が楽しそうに笑う。
「あら、これはあくまでも勝手連がする御祝いですもの。 許可なんて必要ありませんわ」
「でも、あちらさんは皇太子の名前が前面に出されている以上、下手なことは出来ない、と」
目を合わせた麗宝が、「ふふふ」と含み笑いをした。
後で鳳翔の雷が落ちるのは確実だが、非常時なので大目に見てもらおう。
鳳翔はあの奈落大帝(注:地獄の王)のような鋭い見た目よりも、遥かに寛容なので、きっと許して貰えるに違いない。
後で請求書さえ突き付けない限りは……。
御龍祭には毎回数万人もの物見客が、百華国中からやって来る。
その内の一、二万人でもこの『黒華村祭り』に誘導出来れば、鳳翔達の潜入は、かなり安全になる筈だ。
成功の鍵は御龍神山の結界が解けるかどうかだが、「月華の張った結界でもない限り、史明なら多分解ける」という蓮青の言葉を、今は信用するしかない。
「あと、これが高価すぎて買い手が付かなかった宝石類と、傭兵や船を手配した後のお釣りね」
蓮青が首飾りとともに、よいしょ、といった様子で、大きな革袋を卓子に載せた。
中には銅銭が山のように詰まっている。
「ずいぶん沢山の銅銭ですのね」
「これでも、端数の銅銭を減らすのに、苦労したんだよね~。 最近はこの辺りじゃどこに行っても銀貨不足だから」
「私の母も、王華府で同じ事を言っていましたわ」
美貌の寡婦である麗宝の母・春蘭は、百華国でも有名な凄腕の商人だ。 百華国商人連合組合(百華商連)の王華府本部・副本部長でもある。
麗宝の父が他界した後、龍家の当主は珀家の叔父が代行しているのだが、事実上の当主はこの、腕一本で巨万の富を稼ぎ出す母なのだ。
その母が言っていたことなのだから、間違いはないだろう。
それにしても、原因がはっきりしていないところが、麗宝には妙に気にかかった。
ここ数年の銀貨の鋳造量にも、特に変化はないと聞いているのに。
「どうしましょう。 こんなに沢山の銅貨なんて、持ち歩けませんわ」
「何なら、俺が全部貰ってあげてもいいけど? それより、麗宝ちゃんも腹へってるだろー? 下で何か食べて来ない?」
この銅貨も減らせるよー、などと全く調子がいい彼だが、昼餉もとらずにいた麗宝は、急に空腹になって来た。
「そうね。 一緒に食べに行きましょう」
「そうこなくっちゃ!」
諸手を上げて歓迎した蓮青の上着から、ポロリと何かが床に落ちた。
それを拾い上げて眺める麗宝に、彼があっという表情をした。
「ごめん、忘れてた! それ、史明から麗宝ちゃんに渡して欲しいって頼まれてたんだっけ」
「……これ、お隣の凱帝国の金貨ですわ! 我が国では他国の金貨の流通は禁止されていますのに……史明ったら、どこから手に入れたのかしら」




