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南陽9

鳳翔の誘いに、多少なりとも興味を示したのだろうか。 

蓮青が小首をかしげながら訊ねる。

「それって、アンタ……皇太子様達の護衛としてっていうこと?」

「まあ、そういうことだな」

「ふうん」

彼を値踏みするように眺めた蓮青が、罪の無い表情で聞いた。

「でも皇太子様、金持ってなさそーデスよね。 もしかして百華国って、実はビンボー?」

「この服装は、目立たないようにする為の物だ!」

「そうなの? 結構似合ってると思うけど」

全く悪意の無い正直な感想に、内心余計に傷付いている清貧皇太子が、平静を装いながら再び問う。

「護衛の報酬ならば、後できちんと支払うと約束する」

ここに居る者達が証人だ、と皆の方を示す鳳翔にしかし、蓮青は首を振った。

「悪いけど俺、もう史明に、そこで寝ている彼女を王華府まで護衛するって約束してるから」

鳳翔が、半ば八つ当たり気味に史明を怒鳴りつけた。

「お前、とっくにあいつを送り返す予定でいたな?!」

「『お前』とは一体誰のことかのう」

「龍榜眼! これから俺達は街で宿探しと物資の調達、それから情報収集だ! 龍状元の分までこき使ってやるから覚悟しろ!」

宿が決まったら連絡する、とだけ蓮青に言い残すと、鳳翔達一行は忙しなく去って行った。



明け方、南陽酒家の瀟洒な寝室で。 麗宝は夢を見ていた。

月の光を閉じ込めたような、長い銀色の髪を垂らした佳人が、じっと麗宝を見つめている。

虚空に包まれたような闇の中、淡く輝く銀灰色の瞳を揺らしながら、繰り返し彼女が訴える。

((…………を助けて))

水晶の散りばめられた美しい純白の衣が、まるで死に装束の様に思えたのは、彼女の様子があまりにも(はかな)く悲しみに満ちているからだろうか。

((お願い…………を助けて))

「貴女は、どなた?」

そして、どうして他でも無い自分に頼み事をするのか。

不思議に思った麗宝が、彼女にそう訊ねるべく再び言葉をかけようとした時。

枕元で、知らない男の声がした。

「お~い、麗宝ちゃん、お早う~朝だよ~!」

窓際で、朝日を背にした蓮青が、彼女へにかっと笑いかけている。

早朝の南陽酒家に、麗宝の盛大な悲鳴が響き渡った。



「知りませんでしたわ。史明に友人が居ただなんて」

紛れもない史明直筆の置き手紙と、鳳翔達の残して行ったメッセージを読み終わった麗宝が、御龍神山の地図に記された、黒華村の推測所在地を眺めながら言った。 

位置は、夕べ鳳翔達が入手した情報を元に割り出したものだろう。 

鳳翔達は、既に未明に黄華州へと出立していた。

後のことは彼等に任せて、麗宝は護衛に雇われたこの蓮青という史明の友人と一緒に、王華府へ戻ってよいのだと書面に書いてある。

青慎と顔を会わせずに済んだことについほっとして、少しだけ罪悪感を覚えるが、仕方がないことだ。

史明は鳳翔達と一緒に御龍神山へ向かったらしい。

手紙には書いていなかったが、恐らく鳳翔と史明との間で何らかの取引があったのだろう。 史明が鳳翔にこき使われている姿など想像出来ないが、実は姉想いの弟の行動に、つんと込み上げてくるものがある。

今回の任務では、自分が足手纏いになるのではという懸念は、常に心のどこかにあった。

彼等の足を引っ張ってはならない。 麗宝をここに残して行ったのも、彼等の思い遣りからだということは分かっているつもりだ。

けれども……。

いまだに痛む後頭部に手を当てながら、ぽつりと彼女が言った。

「私、恵秀兄様の元へ帰れるんですのね…………」

愛しい恵秀と再会する日を、あれほど心待ちにしていたというのに。

あまり嬉しく感じないのは何故だろう。

「黒河を逆上るのには、往路よりも時間がかかっけど、馬車よりは安全だと思うよ」と、蓮青が帰りの方法を選ぶよう促して来た。

「俺はどっちでもいーから、好きな方を選んでね~」と彼が呑気に話しかけるが、麗宝は上の空だ。

御龍祭はもう明後日に迫っている。

「上手くいくのかしら……皆無事帰ってこれるといいのだけれど……」

麗宝がおもむろに、独りごとを漏らした。

この度の調査には、始めから嫌な予感が付き纏っていた。

史明がわざわざ麗宝を迎えに来たという事実も、予感があながち気のせいではないと証明しているような気がしてならない。

蓮青が軽い調子で、率直な意見を返して来た。

「あー、それなら多分、無理だよね~? 何たって御龍神山には、龍を閉じ込めておけるだけの力と、山全体に結界を張れる能力まであるみてーだからな~」

「………………」

「まっ、史明くらいは帰って来れるかもなあ。 あいつなら多分、結界も破れるだろーし。 あっ、あと黒鳳凰を呼べる皇太子も、かな?」

縁起でも無いことを、などと責める気にはなれなかった。

恵秀のことばかり考えていたあまり、禁足地に黒龍が居ると知った時点で、引き返すよう鳳翔を説得しなかったのは、麗宝の落ち度だ。

そのまま突き進むことがどんなに無謀かなど、分かり切っていた筈なのに。

「このままでは、恵秀兄様に会わせる顔がありませんわね……」

恵秀はきっと、そんなことはないと慰めてくれるだろう。

麗宝だけでも無事に帰って来れて良かったと、心から安堵してはくれるだろう。

けれども、それで自分は本当に納得出来るのだろうか……?

恵秀の前では、いつも心から笑っていたい。

麗宝といる彼が、いつも笑顔でいられるように。

だが今の彼女には、それは到底無理な望みだと思われた。

(そんなのは、嫌!)

いつか恵秀が彼女を受け容れてくれた時に、彼が彼女を心底誇らしく思えるように。

せめて今、自分に出来る事だけはやっておこう。

そう決心した麗宝が、蓮青に向き直った。

「蓮青さん」

「何?」

「この史明の宝飾類全部、どこで一番高く売れるか教えて頂けません?」

麗宝は、目立たない服に着替えた史明が彼女に託した、山ほど宝飾の入った袋を持ち上げて訊く。

もしも正当な値でこれを全部売り払ったら、王華府の中心街に豪邸を建てられるだろう。

一瞬絶句した蓮青が、彼女の瞳を面白そうに眺めながら、抜け目なく答えた。

「オッケー。 但し、手数料は一割ね。 これでも出血大サービスだよ~!」

「それから、蓮青さんにもう一つお願いがありますの」

麗宝が彼女の思い付きを説明すると、蓮青が楽しそうににかりと笑って首肯した。

蓮青が出掛けると直ぐに、彼女は卓子に向って紙と筆を取り出す。

確かに麗宝は、御龍神山潜入には足手纏いだ。

だが、そんな彼女にも、潜入の後方支援くらいは出来る筈だ。

(将来恵秀兄様の妻になるのなら、これ位のことは出来る女性でいなくちゃ!)

筆を握る手にぐっと力を入れると、麗宝はめまぐるしく頭を働かせ始めた。

最初は勿論、恵秀の為に。

そして次は、麗宝を好きだと言ってくれた青慎の為に。

麗宝の為に、あえて身代わりになってくれた史明の為に。

ぶつくさ言いながらも、彼女の咎を許し、女性官吏として恵秀の傍にいることを許してくれた鳳翔や、いつも麗宝に優しい瑠夏や春萌の為に。

(皆、待っていて……! このままみすみす見殺しにだなんて、絶対にしないから!)


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