南陽4
仮眠をとっていた麗宝達に、船頭が遠慮がちに声を掛けて来た。
まもなく南陽に到着するので、下船の準備をして置いた方が良いという。
目は閉じていたけれども、眠ってはいなかった鳳翔が、麗宝達に言う。
「南陽に着いたらまず、宿の確保だ。その後、珀御史と齋御史は物資の調達、俺達は三人で情報入手だが、出来るだけ目立たずに行え。宿には一泊だけの予定だ」
「具体的に、どんな情報を入手すれば良いんですの?」
「御龍教や御龍神山について、可能な限りの情報と、出来れば地図を。もしも禁足地で実際に汞を使った金の製造があるならば、下流には必ず魚の死骸や汞の健康被害もあるだろう。そういった噂を元に黒華村の位置を絞れ。化け物が出たという噂もあるから、それをどこで見たのか、ここでも聞いておけ」
瑠夏が珍しく口をはさんだ。
「化け物とは一体、どういう類の物でしょうか」
「人間の姿をした一つ目の化け物や、頭が二つある化け物だそうだ。汞の話を知らなかったら、本当に妖怪の類だと思ったかも知れんが……俺は彼等が汞の被害で奇形になった、人間の可能性が強いと考えている」
麗宝達の顔に緊張が走った。
「その『化け物』の方々は、結界の外で目撃されたのですわよね。もしもそれが黒華村の人達だとすれば、一体どうやって結界から出られたのかしら……」
「俺も今、それが一番知りたい。 神山のどこかに結界の穴でもあるのかも知れんからな。 上手くいけば、そこから侵入出来る。 だが……どう考えてももう少し援軍が必要だな……」
そもそも今回の禁足地の調査は、金貨の闇鋳造と汞の出所を暴くことだけが目的だった。
けれども今や、御龍神教や黒龍までが加わり、いくら秘密裏の調査とはいえ、予想していた以上の危険が伴う可能性が高いことが明らかになって来た。
それに加えて厄介なのは、黒華村の村民が、御龍神山の外では黒華族が白華族に狩られていると思い込んでいることだ。
彼等が『御印』や奇形の原因が汞であることを、どこまで理解しているかは分からない。だが、千年もの間あえて神山に閉じ込められ、呪術を用いて白華族の神獣を封じ込めることに協力するくらいだ。余程強い怨嗟があるに違いない。
もしも麗宝達が村人達に見付かった時、白華族である彼女達に彼等がどういう反応を示すかは、想像に難くなかった。
黄華族との間で平和裏にこの問題を解決したければ、今が絶好の機会だ。これを逃してしまえば、正式に百華国の軍でも動かさない限りは、禁足地の調査など出来ないだろう。
だが、少数の白華族での神山侵入は、あまりにも危険すぎた。
「南陽に着いたら、出来るだけ腕の立つ助っ人を探さないとな。いざとなれば、傭兵でも居ないよりはましだろう。 それから…………」
「それから……?」
鳳翔は、何だかひどくまずい物でも食べた時のような顔をして答えた。
「南陽には、『白寿仙』と呼ばれている仙人がいるという情報が入っている。 『八華仙』の一人で、見事な白髪・白髭の、いかにも仙人といった風貌の老人らしいのだが……御龍神教と黒龍が相手ならば、禁足地に向う前にぜひ助言を貰っておきたい」
出来れば同行願いたいくらいだとは言いながらも、「あくまでも本物ならばの話だが」などと付け足すところを見ると、彼自身はあまりこの仙人の話を信じてはいない様子だ。
「お客さん方、着きましたよ!」
船頭の声に話を中断した鳳翔が、「降りるぞ」と一言残すと、荷物を肩にさっさと船を後にする。
今後の予定について何やら打ち合わせをしている船頭と鳳翔の傍から、瑠夏と春萌も船を降りた。
彼等に続こうとした麗宝が、自分の荷物を手にした時。
先程からずっと沈黙していた青慎が、ふいに彼女の腕をつかんで止めた。




