南陽3
旺李の自白と龍宮の目撃者達によると、当時、心臓を斬りつけられた筈の白龍王は、瀕死の状態ではあったが、一命を取り留めていたのだという。
「旺劉のじーさんは、ほんと、ずる賢いっていうか、用心深いっていうか……人形をとる時はいつも、心臓の位置を変えてたんだよな」
その上、鍛え上げられた彼の肉体が、刃の切れ味を鈍らせたらしい。
だから旺李の神剣で深手を負っても、死ななかったのだ。
このまま彼が順調に回復し、旺李の暴走を止められれば、全てが元通りになる筈だった。
ところが、珀輝を旺李から逃がすべく龍宮地域の結界を解き、彼等もろとも周囲の物を濁流にのみ込ませた白龍王は、その後直ぐに、深手を負ったままどこかへ消えてしまったのだという。
(…………旺劉は、馬鹿だ!)
泣きたいとも笑いたいともつかないような表情を微かに浮かべながら、史明は心の中で慟哭した。
あの時、白龍王が龍宮で手当てを受けずに自ら動いた理由は、一つしか考えられない。
彼は恐らく、史明を探しに行ったのだ。
龍宮の誰をも信用出来ずに、自ら灰色の小龍を確実に保護する為に。
(我のことなど放っておけば良かったのだ…………旺劉……!)
自分は決して旺劉を犠牲にしてまで、生き延びていたくなどはないのに。
あの日以来、旺劉の姿を龍界で見た者はいないという。
史明はあの後、いつの間にか人界へと放り出されていた。
ならば旺劉もまた史明を探しに、人界へと降りて行った可能性が高い。
だがここ千年もの間、史明は人界で生きた白龍の噂など耳にしたことがない。
(旺劉…………)
史明の様子を伺っていた蓮青が、唐突に訊ねた。
「なあ、お前って、白龍王の何?」
「…………ただの養い子だ」
少なくとも史明自身は、己をそれ以上の存在だと思ったことなどは無い。
「ふうん、ただの養い子かあ。王族の一員にまでした上に、命懸けで神剣から庇って、今度は瀕死の重傷を負ってたにも係わらず、お前の身を案じて探しに行ったっていうのに? 俺達『孤龍院』の子供達とは、えらい違いだと思うけど?」
蓮青の言葉に、僅かながらも毒が含まれていたのは、気のせいではないだろう。
史明自身も含めて、きっと誰もが首を傾げているに違いないのだから。
「龍宮では、お前が白龍王と黒龍との間に出来た子だっていう噂もあるんだってな」
史明が弾けた様に顔を上げると、真直ぐに蓮青を睨んだ。
自分は何と言われても構わない。だが、旺劉を侮辱することだけは許さない。彼の瞳がそう告げている。
蓮青がへにゃりと降参のポーズをとった。
「おっと。言っとくけど、俺の意見じゃないぜ。あくまでも可能性の一つとして、否定する気もないけど。旺劉のじーさんは、過去に黒龍と対峙して生き残った、数少ない龍だっていうし。ただ、俺が知っている限りじゃあ、黒龍は雄だったらしいからな」
「子供作るには、ちょと無理ありすぎだろー」と言って、蓮青がカラカラと笑った。
もう千年以上も前のこと。
龍界に突然、強い瘴気をまとった黒い龍が現れた。
天帝の使いである白銀龍・月華が龍界に張った結界を難なく破り、神獣の弱点とも言われる穢れをまき散らした黒龍は、数多の龍達をその毒爪にかけた後、ようやく月華に倒されたのだという。
どこからやって来たのかも分からない、忌まわしい謎の黒い龍。
この時、月華と共に黒龍と闘った旺劉は、生涯黒龍に関してはなぜか詳細を語らなかったそうだ。
その後月華は、黒龍から受けた傷が原因で、命を落とす。
白銀龍の加護を失った龍界は以来、彼女の亡骸を「結界石」として少しずつ使い、かろうじて清浄な気と快適な空間を保っているのだ。
白銀龍には、全ての物を浄化する力がある。
天帝からも特別に愛されたその能力により、龍王よりも貴い龍と位置付けられてはいるが、月華が最後の生き残りであったらしく、もはや伝説の存在でしかない。
もしも彼女が生きていたら、史明の生き方もまた、違った物になっていたかも知れないのに。
彼女が史明を黒龍の子ではないと、一言証言してくれたのなら。
昔の彼は、一体何度そう思ったことだろうか…………。
「あ、そういえば、一つ言い忘れてたことがあった」
まあ、今のお前にとっちゃあ、どーでもいーことかも知れないけど、などと断った直後に。
彼はとんでもない爆弾を、史明に落としてくれた。
「比較的最近分かったらしいけど、大人しく牢獄にいると思ってばかりいた旺李は、偽物だったそーだぜ。 旺劉だけじゃなくて、本物の旺李の方も行方不明なんだと」
案外、旺李も旺劉も、人界に居たりしてな~、などと呑気に世間話をしている蓮青とは裏腹に、史明の全身がざわりと総毛立った。
もしも本当に、旺李が人界に居るのだとすれば。
あの、執拗に史明に絡み続けていた旺李が、彼を放っておく訳が無い。
(来る……! 旺李は必ず、我のところにやって来る!)
今度こそ確実に、彼の息の音を止める為に。




