南陽2
振りかえった史明が、今度は露骨に男を観察した。
年齢は、二十代後半から三十代前半位だろうか。黒髪に白い肌。それに胡人の血が混ざっているような、青みがかった黒い瞳。身なりは質素で言動も軽いが、長身で顔立ちも整っており、スリにしてはどこか洗練された雰囲気を持っている、不思議な男。
だが何よりも、隠しきれない龍の気が、史明の警戒心を刺激した。
(我を知っているならば、龍宮の者か……?! だが、見覚えが無い)
史明は恐らく龍界から、旺劉殺害の冤罪で追われている身だ。
真犯人である旺劉の継嗣・旺李が王位を継承しているならば尚更、見付かれば即、死罪にされる筈なのだ。
(人形の年齢から察するに、旺李の取り巻きの一人か……?)
険しい表情で男を見ている史明に、男が呑気な笑顔で話しかける。
「龍の気配は消してるけど、その灰色っぽい気って、どう考えても珀輝しかいないよな?」
「……我はそなたなど知らぬ」
振り切って去ろうとする史明に、彼がしつこく食い下がって来た。
「あれ、素通り? もしかして、俺のこと警戒してる? 言っとくけど俺、龍宮で直接珀輝を見たことは無いから。 旺劉のじーちゃんには世話になったけど、息子の旺李は正直どーでもいーし」
「敵じゃないよ~」とは言いながら、「あ、でも、特に味方でもないかも」という彼は、少なくとも旺李の腰巾着ではなかったらしい。
必ずしも彼の言い分が、本心とは限らないのだが。
「龍界の者が、ここで何をしておる」
「その耳飾りくれたら話してもいーよ」
「………………」
無言のまま、すたすた去って行く史明に向って、男が言った。
「ちょい待てってば! 人界に野暮用があってね。ついでにここで荒稼ぎしてるってわけだけど……ここまで俺のことを警戒してるってことは、お前まさか、これまでここで他の龍界の者と話したことがないわけ?」
そのまさかである。龍界の者との接触は、極力避けて来たというのに。
男が史明を追いかけて来た。
「あのなー、万が一知らないままだと困るだろうから、親切心から言っておくけど、お前にはもう、白龍王殺害の嫌疑はかかってないからな!」
史明がぴたりと歩を止めた。
男がにかりと笑う。
「この続きを聞きたかったら、耳飾りプラス金貨20枚!」
「…………親切に大金がかかるとは知らなかったのう」
皮肉たっぷりにそう当てつけながらも、史明はこの男の話に耳を傾けることにした。
男の名前は蓮青。白龍王が面倒を見ていた孤児の施設「孤龍院」で育てられたのだという。
彼によると、龍界では白龍王が居なくなって以来、長い間混乱が続いているらしい。
龍界は、大まかに四つの地域に分かれている。
王族と大貴族が住む、龍宮とその周辺の「龍宮地域」。比較的裕福な貴族や大商人が住む、龍宮エリアを取り囲む「貴龍地域」。いわゆる庶民が住む「良龍地域」と主に貧民が住む「適外地域」だ。
龍宮地域には強い結界が張ってあり、結界内は清浄で、まるで空気があるかのように水没してない。
通常、結界を張る能力がない者は、「結界石」という高価な石が必要だ。
貴龍地域にも全体に結界があり、龍宮地域ほどではないにしても、快適な居住空間となっている。
良龍地域では、結界を張るか張らないかは個人の財力もしくは能力にかかっているのだが、適外地域には結界はほとんど無い。
蓮青の育った「孤龍院」では従来、旺劉が消耗品である結界石を定期的に支給してくれていたのだが、彼がいなくなってからというもの、結界石を買う余裕がなく、清浄な空間が保てなくなったという。
ただでさえ適外地域は人界に近い辺境にあり、その穢れを受けやすい。穢れに弱い幼龍達は、旺劉の物的援助も途絶えた今、食料不足でもあり大いに困っているのだそうだ。
蓮青は、孤龍院の子供達を救うべく、人界に出稼ぎに出て来ているという話なのだが、どこまで信用してよいのかは不明だ。
史明が思った通り、旺李は旺劉を斬った後、その罪を全て彼に被せようとしたらしい。
元々龍宮の者達は珀輝のことを疎ましく思っていたので、旺李の言い分に誰も異を唱えなかったし、父王を失った彼に同情的でもあったそうだ。
だが、いよいよ彼が龍王の座に就こうとした時。
天帝はそれを許さなかった。
結果、彼の罪状はあばかれて投獄処分となり、珀輝の冤罪は晴らされたのだという。
「だから、もしお前が龍界に帰りたければ、帰ってもいいんだぜ?」
「……旺劉の居ない龍界になど、未練はない」
無表情な史明ではあるが、悲しみに暮れている気配を敏感に察した蓮青が、少し首をかしげてから言った。
「お前、もしかして、あのじーさんが旺李に殺されたと思ってんの?」
「…………どういう意味か?」
「一応言っとくけど、白龍王は、あの時点で死んではいなかったんだぜ」
「………………!」
史明の心臓の鼓動が一瞬、大きく跳ねた。
だが、蓮青の詳しい説明を聞くにつれて。
彼の表情は次第に、より深い悲しみと絶望に彩られて行った。




