黒鳳凰の謎2
つい今しがたまで、鳳翔に恨みがましい視線を送り続けていた麗宝が、思わず訊ねる。
「でも……『龍鳳の戦い』の時には既に、黒い鳳凰でしたわよね?」
「そうだ」
青慎も彼に問いかけた。
「何が原因で、黒い鳳凰になったのですか?」
「残念ながら、詳しい経緯は謎のままだ。 だが我が黒家には、興味深い話が伝わっている。 昔、黒華州がまだ黒華国だった時代、『萬化王』」が他国への侵略目的で鳳凰を召喚したところ、無辜の民に対する不要な殺戮だとして、彼に拒否されたのだそうだ」
「当然ですわ。 神獣をそんな目的で召喚するだなんて」
「ああ。 ところが萬化王は、これに対して激怒したらしい。 そしてそれ以来随分と長い間、鳳凰は一度も召喚に応じず、漸く姿を見せた時には、全身黒羽で覆われた、まるで別の神獣になっていたと伝えられている」
「僕は以前の鳳凰が、侵略の命令を拒否出来たというところが気になります。現在の黒鳳凰は、一度召喚されれば、自分の意志とは関係なく命令に従うのですよね。 黒くなったことと、何か関係があるのではないでしょうか」
「俺も同じ意見だ。 但し、あくまでもこの言い伝えが史実ならばの話しだが」
「鳳凰が姿を消していた間に、何かがあったということなのかしら……」
「あまり先王の悪行については触れたくないのだが……萬化王は、『嗜虐王』という二つ名があった位に残虐でな。当時の黒華国の王城地下には、大陸一を誇る監獄と拷問設備が整えられていたそうだ。 まあ、神獣が単なる人間に、大人しく拷問されるとも思えんが」
鳳翔はよほどこの王が嫌いらしい。心底不快そうな表情でそう吐き捨てる。
「まあ、意外ですわね。殿下……李洵さんがそんなに人道主義者でいらしたなんて」
「……嗜虐王の肖像画が俺に似ていると、宮廷で噂になっている。お蔭でこっちは話したこともない人間に、勝手にあの王のイメージを抱かれるんだぞ。全くもっていい迷惑だ」
「そうですわね。嗜虐王ではなくて、嗜虐皇太子ですものね」
「否定はしないのか?! 言っておくが、俺に拷問などという悪趣味は無い!」
まあ、必要とあればいた仕方ないが……などとこっそり小声で付け足す鳳翔を、恨みがましい口調で麗宝が責める。
「そうですわよね。せいぜい『龍の花嫁』を人質にとって、白華帝を脅す程度の悪趣味ですものね」
いつになく据わった目で太子を睨む彼女の迫力に、鳳翔がじりじりと後ずさる。
「別に俺が脅したわけではない」
「そうですわよね。黙って何もなさらなかっただけですわよね」
「…………」
「ひどい……私が恵秀兄様と結婚出来ないのは、そのせいだったなんて……!」
「いや、それは全く関係ないぞ!」
「いいえ、全て太子様のせいですわ!」
「お前それ、責任転嫁もいいところだろう?!」
「……早く恵秀兄様に会いたい……!」
麗宝が涙を浮かべながら、ぷるぷる震えだした。
まさか自分が彼女の『騒音公害』&八つ当たりの第一級被害者になる日が来るとは夢にも思っていなかった鳳翔が、彼女からじりじりと距離を取りながら、側の青慎に助けを求める。
「おい、このままだとまた、例の泣き声が……!」
しかし青慎の方も、「僕が今までこれ程悩んで来たのは、一体何の為だったんだ……」などと呟くばかりで、毛ほども庇ってやる気はないらしい。
とうとう袋小路ならぬ、積み荷の奥に追い詰められた皇太子に、春萌が助け船を出した。
「あの、お声がよく聞こえませんから、良かったら僕の隣に座って頂けませんか?」
鳳翔は一瞬、春萌の背後に菩薩の幻影を見た気がした。
「あ、ああ。そうだな」
少し離れた所では、体力温存とばかりにさっさと独りで眠ってしまった瑠夏が、静かに寝息を立てている。
麗宝からかろうじて逃れ、さっきまで彼女が座っていた場所に陣取ると、ほっと一息ついた鳳翔に、春萌が言った。
「李洵さんのお話を聞いて、僕は白華帝の例を思い浮かべていたんです。勿論、白華帝はあくまでも黒鳳凰の化身であって、ご自分の意志で神獣の力は使えませんが……もしも、大切な人を人質にとられて脅されたとすれば、神獣も徒人の言う通りにするのではないでしょうか」
「まあ、神獣とはいえ、何らかの形で脅すことは可能だったのかも知れん。だが、それだけでは、黒鳳凰が神獣としての意識まで失くしてしまうことの説明がつかない」
「僕には原因が何となく解る気がします」
驚く鳳翔に彼が続ける。
「神獣は強いですが、万能ではありません。何かの神具で封じることも可能かも知れませんし、何より穢れを嫌います。ですから、これはあくまでも仮定ですが……もしも鳳凰が萬化王の牢獄で、拷問に遭った人達の穢れに長い間触れつづけていたとしたら……少なくともかなりの確率で弱っていた筈です」
「そこへ、何らかの処置を施された可能性があるというのか?」
春萌が静かに頷いた。
「しかし……鳳凰が黒くなったことは、どう説明する?」
「恐らくは、穢れの瘴気に長い間晒されたことが原因だと思います」
「……………………」
「信じられなくても無理はありません。僕自身にもまだ、確信があるわけではありませんから。 ですが……」
八年前に天宮の本殿を覗いた時の衝撃を思い起こし、再び背筋がぞくりと粟立つ。
今ならこれだけは確信出来る。
あの時、彼が見た物は、やはり…………。
慎重に、言葉を選びながら、彼はとうとう告白した。
「御龍教が祀っているのは、白龍の筈です。ですが、僕が天宮の本殿を覗き込んだ時に目撃したのは、紛れも無く黒い、龍のような何かでした」
「まさか…………!」
(これでもう、後には引き返せない)
そう思いながらも、震える胸を抑えて、彼ははっきりと言った。
「そうです。恐らく元々は白龍だったのが、長い間穢れに晒されて黒く変化したのだと思います」
眠っていた筈の瑠夏が、ぴくりと瞼を開けて春萌を見た。
いつの間にか麗宝達も、近くで話を聞いている。
鳳翔が、絞り出すような声で訊く。
「つまり、もしもその『何か』が黒くなった白龍だとしたら……条件をそろえた誰かが命令すれば、黒鳳凰と同じ様に命令に従うかも知れないということか…………?!」
「そうなる可能性は、高いと思います」
麗宝がおもむろに呟いた。
「御龍神山は、黄華州にありますわよね。確か神長官も、黄家の出身でいらしたのでは?」
「『三官の祝』は皆、黄家の者かその縁戚です」
「黄家には守護神獣が居ないと思って、油断していましたわね……まさか白華族の守護神獣を捕らえていたなんて」
「同じ白龍かどうかは分かりませんが、御龍教が白龍を祀っていることだけは確かです」
「……最悪だ!」
瑠夏が春萌を、食い入るように見つめているのが分かる。
本当はもっと早くに告白するべきだったのだ。
己の罪深さは十分に承知していた。それでも彼には、どうしても出来なかったのだ。
(父様、おじい様……!)
彼女の視線を痛い程に感じながら、彼は彼等の行く末と、これから起こるであろう事態を案じて、深く瞑目した。




