黒鳳凰の謎
(あれは……あの時僕が見た物は……)
「齋同年……齋同年? どうなさったんですの?」
「……え?」
過去の記憶の深淵に沈んでいた春萌が、麗宝の呼びかけにより漸く現実に引き戻される。
気が付くと、いつの間にか皆の視線が彼に集まっていた。
瑠夏が心配そうな表情で問う。
「春ちゃん、大丈夫? 顔色が悪いわよ。 船酔いでもしたの?」
「……いいえ、大丈夫です。 何でもありません」
「だったらいいけど……」
鳳翔も気遣わしげに声をかける。
「今日はこのまま一気に、中間地点の南陽まで行く予定だ。半日以上かかるかも知れんから、今の内に出来るだけ休んでおけ」
「はい……」
南陽は、黒河沿いにある中規模の街だ。
黒河が丁度この辺りで速度を落とすことから、古来より南北の交易の中継地として栄えて来たらしい。
太子の言う通り、今は可能な限り休眠をとって、体力を温存しておくべきだろう。いざ黄華州に到着しても、ふら付いていたらお話にならない。
とはいえ、この狭い船倉に、体を横たえる場所などないのだが……。
「李洵さん……」
「何だ?」
積み荷にもたれて目を閉じかけた鳳翔に、春萌が訊ねた。
「黒鳳凰は、どうして黒華族の守護神獣なのでしょうか」
薄眼を開けた鳳翔が、春萌の質問の意図をはかりかねて沈黙する。
「僕は不思議でならないのです……なぜ百華国の神獣は、特定の民族を守っているのかと」
二人の会話を耳にした麗宝も、横から割って入る。
「言われてみれば、不思議ですわよね。どうしてなんですの?」
「……実は俺も、詳しいことは知らん。何しろ公にはそういった記録が残されていないからな。陛下ならばご存知なのかも知れないが……あとはせいぜい神話や伝説の類に残されている位か」
「黒鳳凰のお話が伝わっているんですの?!」
「ああ。だが、あくまでもつくり話だぞ」
「構いません。ぜひ聞かせて下さい」
鳳翔も瑠夏と同じく春萌には甘い。
「詳細は覚えていないが、それで構わないのならな」
こくりと愛らしく頷く春萌に、まるで小動物を愛でるような眼差しを向けると、おぼつかない記憶を辿るようにしながら、鳳翔が話し始めた。
「昔、人に化けた鳳凰が、黒華族の長の娘と恋に落ちた。 娘はその後病で亡くなるのだが、その直前に、病床に集まった自分の両親と兄の前で、鳳凰に黒華族の行く末を頼むと言い残した。 鳳凰は約束の印として両親達に、鳳凰召喚の為の羽根を一枚ずつ渡して、助けが必要な時に使うようにとだけ言うと、娘の死とともに姿を消したそうだ」
「随分ロマンチックなお話ですのね」
「黒華州では戯曲にもなっている、有名な話だ。 陛下はこの時の長の子孫だと言われている。 伝承が本当かどうかは知る由もないが、実際に本物の羽根が陛下まで代々(だいだい)継承されているからな」
「白華族の守護神獣は白龍ですが、伝承では白龍姫のお祖母様が白龍と結ばれたからだと言われています。こちらも自分の子孫を守る為に加護を授けたとすれば納得がいくのですが、黒鳳凰の方は……。 千年前の『龍鳳の戦い』では、白華帝が黒鳳凰の呪いを受けて、その化身となりましたよね」
「ああ」
「つまり、敵であった筈の黒華族を、白華帝が守護しているということですから、どうしても違和感を覚えてしまうのです。勿論、黒鳳凰は一度命令を受ければ、自分の意志とは関係なくそれに従う存在なのだとは承知しているのですが……」
「黒鳳凰の呪いを受けた白華帝が自害しようとした時、俺の先祖は彼の妻だった白龍姫を人質にとって、彼を思いとどまらせたそうだ」
「えっ、そうだったのですか?!」
「それは初耳ですわ!」
「あくまでも、俺の祖先と白華帝の間での取引だからな。龍家に伝わっていなくとも不思議ではない。確か、白華帝が自害すれば、白龍姫を黒華族の妻にさせるが、大人しく黒鳳凰として生きていくのならば、彼女に手は出さないと約束した筈だ」
「ですが、白龍姫が亡くなられた後はどうなりましたの?」
「…………今度は『龍の花嫁』を人質にしたらしい」
さすがに今度はきまりが悪そうに、鳳翔が告白する。
何しろ目の前に居るのは、紛れも無くその本人なのだから。
麗宝と青慎が、両目を最大限に見開いて、鳳翔を凝視した。
「わっ……私、知らない間に人質にされていましたの?!」
「……あくまでも伝承だからな。本当かどうかは知らん」
そう答えながらもさり気無く逸らされた視線は、『有罪』だと確信している証拠のようなものだ。
「でっ……でも、陛下は『龍の花嫁』を鳳翔殿下の妻にお望みだって……!」
「……陛下が何をお考えなのかは、俺にも解らん。ついでに言わせてもらえば、俺の妻にだけは絶対に御免こうむる! だが一つ言えることは――あくまでも可能性だが――もしもこのままずっと陛下が『龍の花嫁』を黒華族の皇族の嫁にしなかった場合、『龍の花嫁』は恐らく生涯独身となる。たとえ十華の者であろうと、皇族の嫁候補を奪い取るわけにはいかないだろうからな。唯一の例外は、生れた時から婚約者である元皇族・珀家の珀御史くらなものだ。万が一、龍御史が珀御史と結婚しなかった場合は、結果的に白華帝との約束も守られることになるだろう。まあ、それも陛下の目論見などではなく、ただの邪推かも知れんがな」
「そんな裏事情があったなんて…………!」
青慎が皇太子を見ながら絶句した。
麗宝が彼に食い下がる。
「じゃあ、もしやこれまで『龍の花嫁』がずっと生涯独身だったのは……!」
「間接的にこの伝承も一役買っているかも知れないというのは、否定しない」
「……………………!」
引き攣った麗宝と青慎の、非難に満ちた表情を無視すると、鳳翔が言う。
「いずれにしろ今現在、黒鳳凰の化身が誰なのかは不明だ。必ずしも白華帝であるとは限らん」
押し黙っている麗宝達をよそに、春萌が訊ねた。
「白龍は千年前の戦から、一度も姿を現してはいないそうです。 一説には、戦になっても黒鳳凰になってしまった白華帝を傷つけられない故に降臨しないのではと言われていますが……本当に黒鳳凰の化身は今も白華帝なのでしょうか」
「そのことについては陛下も、これまでずっと調査させてはおられるそうだが、いまだに不明のままだ。神獣については、解らないことが多すぎる。例えばの話だが、さっきの伝承によれば黒華族の守護神獣は、元々は黒くない普通の鳳凰だったしな」
「えっ?!」
「うそっ!」
「?!」
「先程の伝承の鳳凰って、黒くはなかったんですの?!」
「ああ。少なくとも黒華族の皇族には、そう伝えられている」




