表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/72

春萌の回想3

 人の手を入れていない(うつ)(ぜん)たる山の夜道は、まるで黄泉路(よみじ)へ通じるという坂道のようだった。

ここを上り切ってしまえば、二度と()(がん)へは戻れない―時折(ときおり)、そんな恐ろしい錯覚(さっかく)すら覚えてしまうほどだ。

山の上には、何か禍々しい物が待ち受けているように思えてしまうのは、彼が真っ暗な山道に怯えているからなのだろうか・・・?

歩を進めるにつれて、前方から感じる奇妙に重苦しい何かが、次第に春萌の表情を硬く強張(こわば)らせてゆく。

やがて天宮に近付く頃には、彼の疑念はもはや、確信へと変わっていた。

(間違いない・・・天宮からは瘴気(しょうき)が放たれている・・・・!)

神域である天宮において、それは決してあってはならないことだ。

だが現実では、彼は今もそれを肌が粟立(あわだ)つ程に感じている・・・。

天宮に一体何が起こっているのか、この目で確かめなくてはならない。そう決心すると春萌は、山道を急いで上り始めた。

天宮の本殿は、細長い参道の奥に鎮座(ちんざ)していた。

御龍教の本宮に相応(ふさわ)しい荘厳(そうごん)な本殿を期待していた春萌は、大きいだけで簡素(かんそ)を極めた社殿(しゃでん)を見上げながら、密かに落胆(らくたん)する。

(これが、天宮の本殿・・・?!)

外見だけで言えば、格下のはずの地宮の方が、遥かに本殿らしいではないか。

彼をここまで(みちび)いて来た鬼火(おにび)達が、本殿の前ですうっと四散(しさん)した。

本殿の戸や窓は全て閉めてあったが、内部から()れる(あか)りが暗に、ここが無人でないことを示している。

不思議なことに本殿は、他の建物からは独立した造りになっており、(わた)殿(どの)等は一切(いっさい)なかった。

代わりに置かれているのが、本殿を囲んだ四方に立てられている巨大な柱だ。

柱の周囲には、大きな穴が掘られているらしく、近くに小山のような盛り土がある。

鬼火達が春萌のすぐ(そば)にある柱の周りをぐるりと飛び交うと、そこでぱっと消えた。

「ううう・・・」

ふいに、穴の中から誰かの(うめ)き声が聞こえて来た。

「助けて・・・苦しい・・・」

「誰か・・・」

地を()うような声音に、春萌の全身が総毛(そうげ)()つ。

穴の(へり)から見下ろすと、真紅の晴れ着に身を包んだ村人らしき四人の男女が、柱に体を(なわ)(くく)りつけられていた。

「待ってて、今、助けを・・・!」

言いかけて彼はふと、彼等の体が半ば透けていることに気が付いた。

(この人達は・・・もう生きてはいない・・・!)

生前の行為を繰り返しているのだろう。 二十歳位の髪の長い女性が、手足を激しく痙攣(けいれん)させながら叫んでいる。

「やめて・・・助けて・・・!」

同じ様に右手を痙攣させた少女が、その隣で誰かに向って泣きながら懇願(こんがん)する。

「助けて・・・お母さん、お父さん・・・!」

(あれは、さっきのお姉さんが話していた『御印(みしるし)』・・?!)

「らすけれ・・・!」

若い男性も、()(れつ)の回らぬ口調で必死に訴えている。

助けを求める彼等の叫び声は、直ぐにただの(うめ)き声へと変わり、そしてまるで空気を求めてもがくような、苦しげな表情がしばらくの間続いた後・・・。

誰もがだらりとした様子で動かなくなり、不吉な静寂(せいじゃく)が訪れた。

「あ・・・・!」

我に返った春萌が、思わず彼等に向って手を差し伸べかけた時。

四人がふっと姿を消した。

(今のは、何・・・?!)

『人柱』という二文字が、じわりと頭の中に浮かんで来る。

だが彼は頭を大きく振って、その恐ろしい考えを追い払おうとあがいた。

再び静まり返った本殿の前で、青い顔の春萌が立ち尽くしていると、今度は彼の足元で、何やらピチャリと音がした。

(・・・・・・?!)

地面に視線を移した彼が、思わず悲鳴を上げそうになって口に手を当てる。

いつの間に現れたのだろうか。

気が付くと本殿の周辺には、土が見えなくなる程大量の、(けもの)(たち)のむごたらしい死骸(しがい)が累々(るいるい)と横たわっていた。

血の海と化した地面の上に、臓腑(ぞうふ)や首、目玉等が浮かんでいる。

どの獣の死に顔も苦悶(くもん)(ゆが)んでおり、彼等が一体どのような命運を辿(たど)ったのかということを、如実(にょじつ)に示していた。

胃の中から、酸味のある液体が口に上って来る。

(まるで・・・まるでこれじゃ・・・)

巫蠱(ふこ)の術(注:道教(どうきょう)呪術(じゅじゅつ))の(あと)みたいではないか。

そう思いかけて、背筋に言いようの無い悪感(おかん)が走った。

(誰が、なぜ、こんなひどい事を・・・?!)

考えれば考えるほど、答えは(おの)ずと明らかになって来る。

この天宮を管理しているのは、(じん)長官(ちょうかん)を含む『三官(みかん)(ほうり)』と、そして・・・・。

(まさか・・・そんな・・・!)

どこからか現れた鬼火達が、春萌の周りに集まると、再び彼を案内するかのように本殿へと続く列をなした。

この鬼火達は、先程彼が目撃した、過去の犠牲者(ぎせいしゃ)(たち)の魂なのだろうか・・・。

本殿は、合計四本の柱に四方(しほう)を囲まれている。

もしも彼が見たように、一柱に四人が(しば)り付けられていたとすると、合計で十六人のはずだ。

けれども鬼火達の数は、それよりも(はる)かに多い。

春萌の体が、ぞくりと震えた。

御龍(おんりゅう)(さい)は、四年に一度行われている・・・・。

『人柱』。再びこの二文字が、頭を()ぎった。

もしも・・・もしも彼等が、過去の天宮の御龍祭の(にえ)だったとしたら・・・?!

ドクン。春萌の胸の鼓動が、大きく音を立てる。

ドクン。ドクン。ドクン。

先程出会った少女の言葉が、脳裏(のうり)に浮かんだ。

『龍を封じ込める為に、極秘で協力してくれている大祝(おおほうり)には感謝しているわ』

四人の亡霊は皆、彼女と同じ様に赤い晴れ着を(まと)っていた。

そして確か彼女は、腕の震えを『龍神に選ばれた御印(みしるし)』だと言っていた。

(まさか・・・・?!)

ドクン。ドクン。ドクン。

このままでは彼の心臓も、永遠に止まってしまいそうだ。

ドクン。ドクン。ドクン。

本殿から目を(そむ)けて、逃げるように戻ろうとした春萌の視線がふと、本殿と柱をぐるりと取り囲む、極太の注連縄(しめなわ)に止まった。

等間隔で白い紙片を垂らしている有り触れたそれに、なぜだか強烈な違和感を覚えたからだ。

この世とあの世の境界、清浄と不浄の境界線を意味する筈のこの縄が、不浄な柱と神殿を(へだ)てずに、同じ空間の中に囲い込んでいる・・・・。

神域を常に注連縄で不浄な世界から隔絶(かくぜつ)している宮社には、決して有り得ない光景だった。

まるで、(けが)れを決してこの囲いの中から出すまいとしているかのような注連縄の張り方が意図(いと)するところは、一つしか無い。

(ああ・・・・神様・・・!)

もう、疑いの余地は無かった。

天宮は龍を(あが)(たてまつ)る神聖な場所ではなく、神獣を閉じ込め、呪いによって封じ込める為に存在するのだ。

衝撃のあまりによろめく春萌の耳に、微かな人のざわめきが聞こえて来た。

どうやら御龍祭の為に、黒華村の人々が天宮へやってくるらしい。

一刻も早くこの場を去らないといけない。

ふら付きながら帰ろうとする春萌の眼前を、鬼火達が何かを(うった)えるかのように激しく飛び交っている。

もう、見るべき物は十分すぎるほど目にした(はず)だ。この上彼等は、一体何を見せようというのだろうか・・・。

次第(しだい)に村人達の声が、本殿へと近付いて来る。

ほんの一瞬だけ迷った後。春萌は鬼火達の導くままに本殿へと走り出した。

足音をたてないように気を付けながら、そうっと本殿に近付くと、本殿の中を覗けそうな穴や隙間(すきま)壁沿(かべぞ)いに探す。

窓も戸も閉まってはいたが、戸の隙間(すきま)から(わず)かに灯りが()れるほどには、中を(うかが)余地(よち)があるようだ。

村人達の松明(たいまつ)の灯りが、とうとう参道まで迫って来た。

(はやくしないと・・・!)

神官達に見付からないよう、息をひそめながら急いで中を(のぞ)きこんだ春萌の心臓が突然、一際(ひときわ)大きく音を立てた。

ド、クン・・・!

そして彼の心臓は、恐ろしさにその場で(こお)り付いたまま、今度こそ動きを止めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ