黄華州潜入2
「齋同年って、実は瑠夏お姉様のお身内でいらしたの?!」
「かなりの遠縁だけれどね」
麗宝の問いに、瑠夏が答える。
「春ちゃんのお母様は、元々白華州の王華府に住んでいた李家の者なの。 でも、結婚相手がたまたま御龍教の『大祝』っていう祭司の重要な役目を担う家の出でね。 春ちゃんが生れた頃は三人ともまだ王華府で暮らしていたのだけど、結局は御龍神山に引っ越すことになったらしいの。 ところが、春ちゃんが十歳の時に、お母様が春ちゃんを連れて青い顔をして李家に戻って来たのよ。 理由は話さなかったけれど、ある日御龍教と齋家の者達が、無理矢理二人を連れ戻そうとした事件が起きて・・・当時はしばらくの間、うちで春ちゃん達を預かっていたの。 あの後あたしと兄様達で、何度あの陰気なやつらを追い返してやったことか」
きっとさぞかしボコボコにされたのだろう、と皆が各々(おのおの)心の中で合掌する。
「漸くあいつらが諦めたっていうのに・・・今度はわざわざ自分から出向いて行くだなんて・・・」
心配しながらも責めるような目で春萌を見る瑠夏に、彼がやんわりと返す。
「大丈夫ですよ、多分・・・僕達が到着する頃は、ちょうど四年に一度の御龍祭がありますから、山もかなり賑やかになっている筈ですし。物見客に紛れてしまえば目立ちませんから」
横から鳳翔も口を出した。
「何れにしろ、禁足地はとてつもなく広い。齋御史の案内がなければ、即座に迷うのがおちだろう」
「・・・・・・・・」
それでも不満そうな色を隠せない瑠夏をよそに、麗宝が誰にともなく言う。
「御龍教って、確か千年以上の歴史がある、龍神を祭神とした不思議な宗教ですわよね」
「何が不思議なんだ?」
「色々あるので、一口には言えませんけれど・・・例えば、御龍神山には『天宮』と『地宮』と呼ばれる二つの社がありますが、禁足地にある『天宮』の方には、大祝や神長官等のごく一部の者しか入れないそうですの。しかも天宮の詳しい祭儀については御龍教の内部にさえ極秘で、次代の大祝となる齋家の者に代々口伝でのみ、真夜中に二人きりで伝えられるのですって」
「俺にはさほど不思議には思えんが・・・」
「では、こちらはどうですの? 御龍神山には、祭神である筈の龍を射落とす為の、巨大な弩が数台あるんですって」
「祭儀に使うだけじゃないのか?」
「実際に使える弩だそうですわ」
「それは確かに妙ではあるな・・・それより、俺にはどうもこの『大祝』という物がよくわからん。確か、現人神で御神体と同一視される、龍神の子孫という説明をされて来たのだが・・・」
「その通りですわ。それから、天宮にも地宮にもそれぞれ、『三官の祝』という祭祀を司る三家があるそうですが、大祝は天宮にしかおられません。ところで、神長官は天宮の『三官の祝』の筆頭なのですが、一つ気になることがありますの」
「何だ」
「神長官は必ず黄家から選ばれるそうですわ」
鳳翔の瞳が、険しい色を帯びた。
「天宮には他にも不思議なことが沢山あります。御龍祭には天宮用に、毎回99頭もの野性動物が供物として捧げられると言われていますけれども、どうしてこんなに沢山の供物が必要なのかは誰も知りませんの。一説には『生命の速やかな輪廻転生を願う』為の儀式に必要なのだそうですけれど・・・それが本当ならば、せいぜい数頭程度で済むはずですわよね」
「実は祭司用の供物ではなくて、誰かの食糧となっている可能性もあるかもしれんな」
「禁足地には少なくとも神長官がお住まいのようですけれど・・・肉はお食べになるのかしら。何れにしても、そんなに沢山は必要ありませんわよね」
一体誰が食べているのかしら、と独りつぶやく麗宝の横で、瑠夏が春萌に訊ねた。
「春ちゃん、お母様は春ちゃんが今回あそこへ行くことをご存知なの?」
「いいえ、母に話せば絶対に反対されますから・・・」
「そんなの、当たり前だわ。詳しい事情は知らないけれど、春ちゃんがずっと女装していたのも、実はあいつらの目を誤魔化す為だったんじゃないの?」
「・・・・・・・」
春萌が、無言で彼女から目を逸らした。
腕組みをしたままの瑠夏が、ため息をつく。
「分かったわ、言いたくないのね・・・。 その後お父様と連絡は取れたの?」
彼が、静かに首を横に振った。
「そう・・・」
瑠夏はそれだけ言うと、再び厳しい顔をして黙りこむ。
彼女が春萌に、このまま王華府へ戻って欲しいと思っているのは、言われなくとも十分に伝わって来た。
万が一、あそこで捕まってしまったら、今度こそ王華府へは戻れないかも知れない。
けれど、彼にはどうしても今一度、御龍神山へと戻らなければならない理由があった。
(ごめんなさい、瑠夏さん。でも僕は、この為に官吏になったのですから)
禁足地での鳳翔達の任務は、あくまでも金貨の横領と汞に関する調査だ。だが春萌は、いざとなったら彼等と袂を分けてでも、天宮に潜り込むつもりだった。
(父様は絶対に天宮に居る・・・!)
天宮に関する絶対的な情報量の不足は、致命的だった。母は天宮に関しては何も知らされていない。
だが、それでも。
あの日彼が見てしまったことを、今更無かったことには出来ないのだから。




