黄華州潜入
それから五日後の、未明のこと。
黄華州へと出立する皇太子・鳳翔の一行は、着々とその準備を進めていた。
今回の訪問はあくまでも各州の視察の一環だと強調する為、あえて過剰に華美な行列となるのを避けるべく、随所に配慮が見られるものの、白馬にまたがり錦衣を纏った武官達が、鳳輦を連想させる馬車に付き従う様は、百華国皇族の威信を示すのに十分な荘厳さだ。
恵秀と離れるのは嫌な麗宝だったが、この豪華な絵巻物の如き一行に付き添って王華府の外の世界を見られることだけは、密かに楽しみにしていた。
ところが・・・・・。
その皇太子御一行様と華々(はなばな)しく旅立つはずであった彼女は今、なぜか皇族の栄華とは無縁の、飾り気もへったくれもない小型の船に詰め込まれていた。
彼女の隣には瑠夏が、瑠夏の隣には春萌が、そして正面には青慎と『鳳翔の乳兄弟・李洵』が、この船に搭載された商品の隙間に窮屈そうに座っている。
船は積載量よりも速度を重視した、細長の商船だった。
「百華国を南北に流れる黒河を、この船で流れに沿って進めば、たったの2~3日で黄華州へ到着する」からと、目の前に居る、飾り気の無い深緑の袍を纏った『李洵』の案で選ばれたのだという。
同じくわざと目立たない縹色の袍に身を包んだ麗宝が、思いきりぶすくれた顔でつぶやいた。
「鳳翔殿下って・・・百華国の皇族って、実はこんなにも貧しかったんですのね・・・」
すぐさま緑色の鋭い瞳が彼女に向けられると、ぼそりと嫌々一言付け足した。
「ほんの独り言ですわ・・・」
そのわりにはさっきから、憐みとも同情ともつかない視線が、目の前の『李洵』にしっかりと向けられている。
清貧皇太子が額に青筋を浮かべながら、小声で言った。
「お前それ、どう見ても独り言じゃないだろう! それから、今回はしばらくの間、以前のように俺が李洵だ! くれぐれも忘れるな!今回の視察では、李洵が皇太子の身代わりとして、黄家の注意をひきながらゆっくり黄華州へと向かう間に、俺達が船でこっそり先回りをして、警戒が薄くなっている例の禁足地へ潜入捜査をするのが仕事だ。幸い皇太子としての俺の顔は、まだ王華府あたりの者にしか知られておらんが、太子が身代わりだと発覚するのは時間の問題だ。その前に可能な限り短時間で、一気に調べあげるんだぞ。遊んでいる暇など無い。いいな!」
「ふわぁ~い」
「何だその返事は!」
皇太子に対して、と続けようとした鳳翔だが、自分は今『李洵』のはずなので、ぐっと言葉を飲み込む。
きげんの悪い麗宝が、再びつぶやいた。
「早く恵秀兄様のもとに帰りたい・・・」
「それはいいかげん諦めろ。第一まだ出発したばかりだろう?!」
「・・・この船、魚臭い・・・」
「これが一番速くて目立たない船だ。仕事なんだから、それ位は我慢しろ!」
彼女に対して一片の容赦も気遣いもない彼の物言いに、先程から殺気を募らせていた瑠夏が、麗宝の肩を抱き寄せながら聞えよがしに言った。
「麗宝ちゃん、仕方がないわ、それ位は我慢しましょう。魚臭いほうが、男臭いよりも100倍ましだもの」
麗宝もわざと大きな声で、瑠夏に返事をかえす。
「そうですわね、瑠夏お姉様。青慎臭いよりは遥かにマシですわね」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
女二人が険のある口調でそう当てつけるのを、その正面に座った男二人が無言で耐えている。
麗宝がさんざん頼んだにも係わらず、最後まで青慎は、恵秀が今回の視察に同行出来るように珀家の者達を説得するのを断った。
彼にしてみれば当たり前のことで、常識で言えば、そんなことを自分の許婚に頼む麗宝の方がどうかしているのだが、八つ当たり的に逆恨みをしている彼女の機嫌は悪くなる一方だ。
瑠夏の隣に困ったような顔で行儀よく座っている春萌が、場の雰囲気を和らげるべく話題を変えた。
「殿下・・・いえ、李洵さん。あれから例の金貨は回収出来ましたか?」
天然の癒し系である春萌に助けられた彼が、言葉を選びながら慎重に答える
「いや・・・全部回収するのには、まだ時間がかかるだろう。それよりも気になるのは、誰が何の目的で汞を金貨に塗ったかだ。古代より汞は、煉丹術の不老不死の仙薬等として服用されて来たが、現在では既に人体に有毒だということが判明している。黄皇后以外が触れる可能性が大きかったことから、皇后の毒殺目的でないことは明らかだろうが・・・」
「黄華州は辰砂(注:朱色の顔料となる鉱物)の産地でもありますよね。汞は辰砂から精錬されますから、何か関連があるのでしょうか・・・黄家の方々は何とおっしゃいましたか?」
「全く心当たりがないと断言している。本当かどうかは別としてな」
「病の症状も、人によって随分違うのだそうですね。感覚障害、運動失調、聴力障害、言語障害、手足の震え、意識の錯乱・・・共通項は神経障害ということ位なのでしょうか」
「ああ・・・それ以外に臓腑のダメージ等もあるらしいがな。それから、後宮で飼われていた猫が、時々黄皇后の金貨を舐めていたそうだが、その後発狂して死んだらしい」
「では万が一、人間がそれを口にしていたら・・・」
「体が大きい分、被害の程度は少なくなるかも知れんが、摂取量によっては同じことが起こると見て間違いないだろう」
「・・・・・・・」
鳳翔達の会話を、知らん振りしながらも聞いていた麗宝達が、水を打ったように静かになる。
今回の奇病の数々が、故黄皇后の呪いなどではなく、金貨に付着していた汞のせいだということは、ほぼ間違いない。
だが、付着の原因や犯人を特定出来なければ、次はどんな方法で、誰が被害にあうかも分からないのだ。
『黄家は何かを隠しているのでは』というのが、皆の一致した見解である。だからこそこうして身をやつしてまで、密かに禁足地へ潜入しようとしているのだが・・・。
さっきから無言だった青慎が、ふいに鳳翔に訊ねた。
「ところで、今回の調査はごく少人数ですし、かなりの危険を伴いますよね。なぜわざわざ殿・・・李洵さんは、行啓ではなくてこちらの方に来られたのですか?逆の方が良かったのでは?」
「理由は色々あるが・・・まあ一言でいえば、危険だからこそ、だな」
本音を言えば、しちめんどう臭いことは李洵に押し付けたいから、といったところでもあるのだが、それは黙っておくことにする。
「?」
「今回の調査では、状況によっては黒鳳凰の召喚が必要となるかも知れないと考えている」
麗宝、瑠夏、青慎の三人が、驚いて皇太子の顔を見た。
「なぜですか?確かに金鉱の偵察は危険ではありますが、黒鳳凰を召喚するほどのことでは・・・」
「あくまでもまだ、可能性の話だ。ただ、例の禁足地について詳しく調べさせた結果、あの広大な土地は『御龍教』の所有地だということが判明した。化け物が出ると言う噂も、あながち嘘ではないのではと思わせるような証言がある。万が一本当に化け物が出た場合、神獣でもなければ太刀打ち出来んしな」
「御龍教って・・・『祝』だった春ちゃんのことを連れ戻そうと、何度もしつこく李家まで追いかけて来た、あの御龍神山の奴らじゃない!」
瑠夏が珍しく青い顔をして、春萌を見ている。
彼が控え目に頷きながら言った。
「そうです。ですから今回は僭越ながら殿下に、僕も連れて行って下さるようお願いしたんです」
(続く)




