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武状元・李瑠夏2

 「麗宝ちゃん、どうしたの?可愛いお目々が真っ赤よ」

 「あの、これは・・・」

 麗宝が言い(よど)んでいると、後ろから鳳翔の声が聞こえて来た。

 「いつものことだ。今日もまた李御史に振られて、大音量で泣きわめいていたからな」

 「麗宝ちゃん・・・いえ、龍状元が、ですか?」

 瑠夏が(かす)かに愁眉(しゅうび)を浮かべる。

 「ああ。他にこの年齢であの盛大な泣き方が出来る官吏は、少なくとも百華国にはいない。ところで、先日話した黄華州(おうかしゅう)行きの護衛の件だが、引き受けてくれるか」

 「勿論(もちろん)です。龍状元付きの護衛でしたら、喜んで」

 「瑠夏お姉様が一緒に行って下さるんですの?!」

 「ふふっ、武科挙を(こころざ)した甲斐(かい)もあるというものよね」

瑠夏が麗宝にウインクして見せた。

 「では、『私が絶対に気に入る』という方は・・・」

 「李御史本人ではないが、彼の姉だ。文句はあるまい」

 「この際ございませんわ。有難うございます!」

 「この際、とは何だ!嫌なら取り消すぞ!」

 瑠夏も鳳翔に拱手(きょうしゅ)して言う。

 「私からも殿下に御礼申し上げます。ところで鳳翔殿下、この度の黄華州への行啓(ぎょうけい)(注:皇太子などの外出)は、黄華族から新しい皇后様をお迎えする為だという噂が、宮中に流れておりますが・・・」

 麗宝と青慎が、目を丸くして驚く。

 言葉の途中で、鳳翔が彼女をさえぎった。

 「それについては後で(くわ)しく話すが、全くのデマだ。今回は黄華州を含めた地方への視察が主な目的だから、そのつもりでいろ」

 「分かりました」

 「出立(しゅったつ)は五日後の予定だ。それまでに皆、準備を整えておけ」

 「はい」

 鳳翔が護衛と伴に去ると、離れたところで待機していたらしい(さい)春萌(しゅんほう)御史が、瑠夏の元へとやって来た。

 「お久し振りです、瑠夏姉さん。この度は武状元合格おめでとうございます」

 少女のように可憐(かれん)華奢(きゃしゃ)な彼が、遠慮(えんりょ)がちにぺこりとお辞儀(じぎ)をする。

その姿を目にした瑠夏が、歓喜(かんき)の声を上げて彼に駆け寄ると、薄茶色のシルクのような髪を、わっしわっしと豪快(ごうかい)()でながら話しかけた。

(しゅん)ちゃん、()いたかったわ!春ちゃんたら、(うわさ)には聞いていたけれど、本当に官吏になっていたのね?!大丈夫?御史台でムサい(おとこ)(ども)にいじめられたりしていない?!」

 「あ、あの・・・は、()ずかしいので、ここでその呼び方は・・・」

 「んもう、相変(あいか)わらず何て可愛らしいの!麗宝ちゃんだけじゃなくて、春ちゃんのことも随分(ずいぶん)心配していたのよ。野獣どもの毒牙(どくが)にかかっていやしないかって。万が一、他の男に(おそ)われそうになったら、迷わず急所(きゅうしょ)()るのよ。いいわね?!」

 「あの、僕のことなら心配しなくても・・・」

 「男共なんて本当にムサくて臭くてスケベで、鬼畜(きちく)どころか油虫(ゴキブリ)以下の存在だもの。春ちゃんも気をつけなくちゃ!」

 「・・・・・・・・」

 春萌も実は男だということをすっかり忘れている瑠夏が、彼をぎゅ~っと胸に抱きしめて(ほお)ずりをすると、ちょうど彼女の胸に顔を(うず)める形になってしまった春萌が、真赤になってジタバタと抵抗した。

 「は、はなひへくらはい~!」

 「小さい頃はいつも女装していたのに・・・大きくなってからは一度もしてくれないから、何だか寂しいわ」

 名残惜(なごりお)しそうな様子の瑠夏が、()でダコ状態の春萌をようやく解放すると、麗宝達に向って言う。

 「春ちゃんはね、齋家っていう、特別な祭祀(さいし)(つかさど)るの家系に生まれたの。齋家では、男子でも『(ほうり)』っていう役目の為に、小さい頃は女装するんですって」

 だから最初に会ってからしばらくの間は、瑠夏は彼が男だなどとは夢にも思っていなかったらしい。

 瑠夏の言っていることは、実際とは少し違う。だが春萌は、あえてそれを訂正(ていせい)せずにただうつむいていた。

 麗宝達が、納得(なっとく)したとばかりに(うなず)く。

 「だから瑠夏お姉様に気に入られているんですのね」

 「瑠夏師匠に気に入られる男が、この世に存在したなんて・・・」

 「僕は瑠夏さんにとって、男の範疇(はんちゅう)に入っていませんから・・・」

 いまだ赤いままの顔で、恥ずかしそうにうつむく姿は、確かに可憐(かれん)な乙女のようだ。

 「ところで、青慎」

 瑠夏が彼に向って、今度は打って変わった厳しい表情で(たず)ねた。

 「さっき鳳翔殿下から、麗宝ちゃんが恵秀に振られる度に盛大な声で大泣きしていると聞いたけれど、それは本当なの?」

 「本当です。泣き声が内朝にまで聞こえて来る、と苦情が殺到している位ですから」

 まるで三歳児みたいですよ、と少し(あき)気味(ぎみ)にそう答えた青慎を見ている瑠夏の視線が、心なしか更に(けわ)しくなった。

 「恵秀にも一言文句を言ってやらなきゃね・・・でも、それよりも()ずは青慎だわ。ちょっと顔をかしなさい」

 瑠夏が彼の耳を乱暴に引っ張ると、さっさと歩き出す。

 「い、痛いです、師匠!」

 青慎が苦情を言うが、瑠夏は平然とそれを無視したまま歩き続ける。

 麗宝達から少し離れたところまで来ると、ようやく手をはなした彼女が弟子に詰問(きつもん)した。

 「あんた、何で麗宝ちゃんが朝廷でそんなに大声で泣いているのか、少しでも考えたことがある?」

 「え・・・?何でって・・・」

 突然の質問の意図が分からず困惑した青慎が、答えを求めるように彼女の瞳をのぞき込む。

 「その様子だと、全く(わか)っていないようね・・・。 残念だわ、しょせんあんたも男でしかないのね」

 「麗宝はわがままなお嬢様だし、子供っぽいところがあるから、公の場でもあんな振る舞いをするんじゃ・・・」

 弟子の反応に対して即座に(ひたい)に青筋をつくった瑠夏が、彼に怒鳴り付けた。

 「麗宝ちゃんみたいに可愛い、しかも妙齢(みょうれい)の女性が、男達の前で子供みたいにみっともなく大声で泣きわめく理由なんて、一つ位しかないでしょう?!あんたは許婚(いいなずけ)のくせに、そんなことも解らないの?!」

 「え・・・・???」

 「麗宝ちゃんも、可哀(かわい)そうに。デリカシーのかけらもない野獣達の中で、さぞかし苦労しているのでしょうね」

 (苦労しているのは、麗宝のわがままに振り回されている、周囲の官吏達の方だと思うけど・・・)

 青慎が、心の中でひそかにそう反論すると、まるでその心の声が届いたかの如くに、冷たく瑠夏が言った。

 「あんたも恵秀も、一度春ちゃんの爪のアカでも飲んでみればいいんだわ。さあ、次は恵秀に文句を言いに行かなくちゃね!」

 離れたところからも「恵秀」の一言にピクリと反応した麗宝が、はっとした顔をすると言う。

 「いけない、もうすぐ恵秀兄様にお茶を運ぶ時間ですわ!早く御史台に戻って、仕事を片付けてしまわないと!」

 「龍同年、もう李御史の部屋に行くつもりなんですね・・・」

 「麗宝ちゃん、お茶なんて恵秀に()れさせていいのよ」

 「今日は特別な花果(はなか)(ちゃ)を用意していますの。後で瑠夏お姉様にも淹れて差し上げますわね!」

 すっかり立ち直ったらしい麗宝と瑠夏が慌ただしく去って行った後。春萌と共に御史台へと戻る道すがら、青慎は思い切った様子で彼に訊ねた。

 「ねえ、齋同年。さっき瑠夏師匠が、麗宝が李御史に振られる度に大泣きするのには、訳があるって言っていたけれど・・・君にはどうしてだか解る?」

 「はい。何となくですけれど・・・」

 青慎が驚いて彼を見つめた。

 「すごい、解るんだ」

 彼が少し困ったようにはにかんだ。

 「もちろん、あくまで推測(すいそく)ですけれど・・・」

 「僕にはどうしても解らないんだ・・・良かったら教えてくれないだろうか」

 「でも、あの・・・」

 麗宝のプライバシーを(あば)くような行為に、春萌が躊躇(ちゅうちょ)した。

 「お願いだよ。仮にも許婚(いいなずけ)なのに、僕にはどうしても解らないんだ」

青慎の真剣な眼差しにとうとう折れると、彼がおもむろに話し始めた。

 「・・・龍同年は本当に可愛らしいですよね。例え口には出さなくても、御史台に限らず独身の官吏達は皆、多かれ少なかれ彼女に男性として関心(かんしん)を持っているんです」

 そのことは、青慎も薄々(うすうす)感じていた。(ライバル)はなにも恵秀だけではないのだ。

(じゅ)(っか)の名門・龍家のお嬢様でもありますし、人によっては出世の目的も(ふく)めてお嫁さんにしたいと思って(ねら)っているんですよね。彼女は(かしこ)いし、たぶん本能でそのことを察知(さっち)しているから・・・だからなんです、きっと」

 「・・・?」

 「つまり、あの盛大な泣きっぷりはおそらく、女性としての彼女の存在を隠すために、無意識に周囲に張り巡らせている防壁のような物なのではないかと思うんです」

 いまだに何だか(けむり)にまかれたような顔をしている朴念仁(ぼくねんじん)の青慎に、春萌が苦笑しながら解りやすく付け足した。

 「子供の振る舞いをしていれば、誰も彼女を本気で適齢期(てきれいき)の女性として扱うことはありませんから。 ましてや彼女を口説(くど)く雰囲気になるようなことも・・・」

 「あっ・・・・・!」

 青慎が、思わず口に手を当てて立ち止まった。

 「恐らく龍御史は、単に本能でそう振る舞っているだけなんでしょうけれどね」と言う春萌の言葉すら、ろくに耳に入らないほどの衝撃(しょうげき)が彼を(おそ)う。

 (僕は・・・僕は何て馬鹿だったんだ!麗宝のことは誰よりも解っていると思っていたのに・・・!)

 


(続く)


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