武状元・李瑠夏
御史台を出ると、外で待機していた鳳翔の護衛2人が、彼の後に続いた。
歩きながら、鳳翔が二人に話しかける。
「先日、武科挙(武官選考試験の科挙)の武殿試(武科挙の最終試験)が行われたが、武状元の選考に対して異議が続出してな。結果、非公式ではあるが、不満のある者達に今日、状元と競う機会を与えることになった」
「一体、武状元の方の何がご不満でしたの?」
「武状元は、お前と同じく女だったからな」
「えっ、女性が武状元に?!」
横から青慎が口をはさんた。
「もしやその方は、李家の者なのでは・・・?」
「ああ。李恵秀の姉・李瑠夏だ」
「瑠夏お姉様が?!」
「やっぱり・・・」
恵秀の実家である李家は、百華国では知らぬ者のいない名門の武家だ。青慎も李家の道場・龍朋館の門下生であり師範代である。
以前は道場長であった次男の李猛亮が禁軍に入ると、長女の瑠夏が道場を引き継いだ。
瑠夏の師範としての実力は、折り紙つきどころか化け物級だ。青慎でさえ、今まで一度も彼女に勝てたことがない。はっきり言って、猛亮よりも強いのではと時々思うことすらある。
だが、世間では「所詮、女」だ。
「武科挙の外場(実技試験)では騎射や技勇を試すが、格闘はない。例え李武進士が状元で合格していても、戦場において女性が男性相手に格闘で敵うわけがないという議論が噴出してな。それに対して彼女が『もしも素手で私に勝てる者がいたならば、武状元を譲ります』と自ら進士達の挑戦を受けると言い出したそうだ」
(瑠夏師匠のやりそうなことだ)
青慎が上目づかいで天を仰ぎながら、心の中で呟く。
とはいえ、国中の名だたる猛者が集う武科挙だ。いくら彼女でも、虎をも素手で倒すような男達に、武器もなしで挑むのは危険なのではないだろうか・・・。
麗宝も、不安そうに独り言をもらす。
「瑠夏姉様・・・心配ですわね。ご無事だといいのですけれど・・・」
「この程度のことで潰れるような女なら、到底武官として使い物になどならん」
やがて麗宝達が外朝の戴天門前まで来ると、門の外にある広場から喧騒が聞こえて来た。
見物人や、彼等を取り巻く衛兵の数に驚いていると、皇太子の訪れに気付いた衛兵達が、群衆に呼びかけ道を開けさせた。
禁軍が丸々収まりそうな大きさの広場の中央に、武進士達の格闘の場となる、縄で囲われた即席の闘技場が用意されているのが遠目にも分かる。
その闘技場に近付くにつれて、怒涛の叫び声と悲鳴が、歓声に紛れて聞こえて来た。
だが一部の者を除いて、何故か武進士達は皆、その縄ギリギリのところに立ちつくして、青い顔をしたまま中央を凝視している。
「女って、ひどい・・・」
「あいつら、明日からは宦官だな・・・」
(・・・?)
彼等の言葉の意味が分からないまま、鳳翔と伴に人垣の内側に入った麗宝達の視界に、最初に飛び込んで来たのは・・・。
累々(るいるい)と横たわる、股間を押さえながら悶絶している道着の武進士達と、その中心で残りの男達を鬼女の如くに追いかけ回す瑠夏の姿だった。
眉をひそめた鳳翔が、近くにいた若い衛兵の一人に訊ねる。
「これは・・・どういうことだ?なぜ李武状元は局部ばかりを狙っている」
「それが・・・」
衛兵の話はこうだ。
最初は瑠夏も、普通に格闘をしていたらしい。
ところが途中で、彼女に全く敵わないと悟った武進士達が、申し合わせたように数人で一斉に襲い掛かって彼女を押さえつけた挙句、人前で道着を脱がせて恥をかかせようと試みたのだそうだ。
彼等の卑劣なやり口に、瑠夏の怒りが爆発した。
「二度とこんなゲスな発想が出来ないように、そのおぞましい●(ピ)●(ー)●(ッ)●(!)をなくしておしまい!」
結果がこの、お婿に行けなくされた(?)男達の、屍もどきの山なのだそうである。
さすがの鳳翔も、これには呻いた。
「自業自得とはいえ・・・」
衛兵が、同情と憐みで涙ながらにうなずく。
「はい・・・男同士では、その地獄の苦しみを理解している故、暗黙の内に不可侵協定が結ばれている股間への攻撃を、彼女は躊躇なく・・・」
「・・・ただでさえ瑠夏お姉様は、男性が大嫌いですものね・・・」
「あれは・・・瑠夏師匠の得意技なんだ」
その攻撃の恐ろしさを身をもって知っている青慎が、ボソリと呟く。
闘技場内では瑠夏が、「ひいっ!」と怯えながら逃げまどう武進士達を、その下半身に焦点を定めたまま、再起不能にするべく刺客のように追いかけていた。
また一人、二人と、彼等が彼女の餌食になっていく。
しかも、彼等にとっての受難はそれだけではない。
瑠夏は戦いながら武進士達に、精神的にも回復不能のダメージを与えていたのである。
「ムサイッ、くさいっ!お前達の口がくさい、頭がくさい、脇も足も何もかもがくさいっ!!!」
ムサイ、不潔、ダサイ・・・等々等々等々。男心を情け容赦なくナイフでえぐりとるような言葉の暴力の数々に、闘技場の端に避難しているムサイ武進士達までもが、いたたまれない表情で「ひどい・・・鬼だ!鬼だよあの女!」と、まるで自分が罵倒されているかのように涙ぐんでいる。
見かねた鳳翔が、とうとう割って入った。
「李武状元、もうそのくらいで勘弁してやれ」
衛兵を従えた皇太子の姿を目にした瑠夏が、ピタリと罵詈雑言を止めた。
「・・・皇太子様!」
その隙を狙って攻撃して来た武進士に、最後の一撃をお見舞いしてから、瑠夏がざっと膝をつく。
鳳翔が、周囲の武進士達を無言で見回すと、皆に宣言した。
「これでもう、李武状元の実力に不服はあるまい。それから、今回不正をはたらいた者達からは、武進士の資格を剥奪するように。今後とも我が軍において、そのような振る舞いは許さん。覚えておけ」
「はっ!」
鳳翔に対し礼をとると、生き残った(?)武進士達と衛兵が、いまだに苦しそうにもだえている男達を抱えながら、次々と逃げるように闘技場から去って行く。
太子が武科挙の試験官達と何やら話している間、独りその場に残された瑠夏に、麗宝が声をかけた。
「瑠夏お姉様!」
一刻も早く瑠夏から距離をとろうとする男達を、冷めた目で睨んでいた榛色の瞳が、麗宝の姿を認識するなりぱあっと輝いた。
「麗宝ちゃん!来てたのね?!んまあ、相変わらず可愛いらしいこと!」
「お姉様こそ、いつもの通りお美しいですわ。 あの・・・お怪我はありませんでしたの?」
瑠夏が破れかけた道着の胸元にチラと視線を向けたが、さほどのダメージはないと分かると、安心して笑顔で応える。
「大丈夫よ。服以外に被害はないわ。麗宝ちゃんこそ、いくら恵秀と青慎がいるとはいえ、野獣だらけの御史台にいるのだもの。ずっと心配していたのよ」
先程までの鬼女の形相はどこへやら。天女のような笑顔を麗宝に向けた彼女の艶やかな美しさに、それまで怯えていた男達でさえ、我を忘れて魅入られている。
糸目・タレ目の恵秀とは似ても似つかない、華やかな目鼻立ちの瑠夏は、ただ黙って微笑んでさえいれば、後宮の美姫達にも引けをとらない美女なのだ。
その瑠夏が、ふと何かに気付いたように麗宝の頬を両手で包むと、じっと彼女の両目を覗き込んだ。
(続く)




