「黄皇后の呪い」
鳳翔太子と話していた監察御史が部屋へ戻って来ると、入れ替わりに今度は、麗宝と青慎が別室へと呼び出された。
「失礼いたします」
御史部屋の中でも主に、中丞クラス以上の上官が使用する最奥の部屋へと案内された麗宝達は、鳳翔の前へ進み出ると再び礼をとる。
時間が惜しいとでもいうように、いきなり鳳翔が話し出した。
「近ごろ、故黄皇后の呪いの噂が流れているのを知っているか?」
「いいえ」
「いいえ、存じませんわ」
麗宝と青慎が、互いの顔をチラリと見合せながら答える。
「彼女が消えた後、後宮で側近だった女官や侍女達が、あいついで謎の病気にかかっている。中には死亡した者もいた。黒鳳凰の羽根を彼女に売った商人も、既に他界しているそうだ」
「えっ・・・?!」
麗宝が思わず驚きの声をあげた。
生前、黄皇后は横領した金貨を使い、黒華族の守護神獣である黒鳳凰召喚に使う羽根を、後宮に出入りしている商人から買っていた。
彼女がそれを使って、麗宝と青慎を暗殺し、黒華族の皇族にその罪をなすりつけようとした事件は、いまだ記憶に新しい。
鳳翔によってその犯罪は未然に防がれ、黄皇后は百華国の法により、黒鳳凰の『死の翼』という裁きを受けたのだったが・・・。
「呪いだなんて、信じられませんわ」
「当然だ。刑部に調べさせたところ、横領された金貨にかなりの汞(水銀)が付着していたことが分かった」
「汞ですの?でも、なぜ・・・?」
「それはまだ分からん。目下のところは刑部で捜査中だが、黄華族出身者の朋党は、刑部にも強い影響力を持っている。そこで、黄華族の官吏が少ない御史台にも、内密に独自の調査を依頼した」
鳳翔は今回の恩科で、将来の朋党崩しに備えて御史台への官吏の登用を大幅に増員した。いわば御史台は、彼自身の朋党のようなものになりつつあるのだ。
「幸い、我が国の主軸貨幣は銀貨だ。金貨は主に一部の富裕層を中心に流通している為、汚染金貨の回収は不可能ではないだろうが、汞混入の原因は依然として謎のままだ。黄華州の金鉱にも調査団を送ったが、汞は検出されなかった。よって金鉱自体に問題はなしとされたのだが・・・一つ、どうも気になることがあるらしい」
「?」
「金鉱の下流に禁足地があると地元の者から聞いたが、そこには化け物がでるという言い伝えを理由に、調査団の立ち入りが黄華州側に拒否されたそうだ」
「それは怪しいですわね・・・」
「ああ、俺もそう思う。近いうちに俺は、黄華州に行く用事があるんだが・・・」
何故かものすごく苦々しい顔をして、鳳翔が途中で言葉を止めた。
「・・・?」
だが直ぐに、気をとり直したかのように彼が続ける。
「いや・・・後で孫中丞から指示があるはずだが、ついでだから黄華州へは途中まで、御史台からお前達を含めて何人か監察御史を、皇太子一行に同行させるつもりだ」
いやな予感が麗宝の胸をかすめた。
「もちろん・・・その中には李御史も含まれておりますわよね?」
黄華州は朝廷がある王華府から、200里ほども南に下ったところにある州だ。馬車で行くとなると、州境まで片道約二十日位はかかる。
もしも麗宝が黄華州へ派遣されれば、最低でも二月近く、滞在期間によっては三月以上も離れ離れになってしまうのだ。
だが、麗宝の必死な表情を無視して皇太子は言った。
「いや、お前と珀御史は連れて行くが、李恵秀は置いて行く」
「えっ・・・・?!」
「お前が李御史と四六時中一緒にいて、仕事に手がつくとは到底思えん」
「そんな!もちろん仕事はちゃんとやって見せますわ!ですから・・・!」
「それだけじゃない。実は、珀家からもさんざん懇願されている。お前と李御史を一緒に行かせるのは、二人を『婚前旅行に送り出すようなもの』だから、断固として反対だと息巻いていたぞ。ついでに旅程中の部屋は珀御史とずっと『二人きりにして、この機会にじっくり愛を育んでもらおうではないか』とのことだ」
「・・・・・・・!!!!!!」
あまりのことに麗宝は、珍しく言葉も出ない。
青慎の顔が、みるみる真っ赤に染まった。
「いっ・・・嫌ですわ!青慎と二人っきりだなんて!鳳翔殿下と二人きりの方がまだましですわよ!」
『まし』扱いされてカチンと来た鳳翔が、「俺の方は願いさげだ!」と不快そうに一言怒鳴ると、それをきっかけに麗宝が泣きだした。
「うわあああああん、青慎のスケベーッ!!!!!」
「・・・・・・・・・・」
遂にいたたまれなくなった青慎が、赤い顔を横に逸らした。
「きさま、これまで珀御史のせいにするつもりか?!そして俺の話を聞け!」
「うえっく・・・ふえっく・・・」
鳳翔が、こめかみに青筋を立てながら言う。
「まったく、珀御史も李御史も、よくこんなやつに付き合っていられるものだな!誰が、いつ、それを承諾したと言った?!いいか、俺にも立場というものがある。珀家は白華族の旧皇家だ。一理も二理もある申し立てならば、無理矢理断ることはできん。だが部屋の件についてはさすがに、お前の意志を無視するつもりはない。李御史を同行させないことについては、珀家にしてみれば絶対に妥協できない決定事項だから、今はこれで我慢しろ!その代わり、道中はお前が絶対に気に入る者を、伴につけてやる」
「ぐすっ・・・絶対に気に入る者・・・?」
鳳翔がにやり、と笑って言った。
「丁度いい。今から会わせてやるから、ついて来い」
(続く)




