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第四話 『馴れ馴れしい男』




 講義開始のチャイムが、鳴り響く構内廊下。



 (はっ、はっ……あと少し)



 それとほぼ同時に、着席した梅歌の肩は上下する。



 (ふぅ……間に合った!!)



 夏休みは終わり、新学期が始まる。

 


 これまで皆勤賞を目指している彼女にとって遅刻、欠席などという悪目立ちは避けたかった。



 謙信の隣に並ぶ身として、それ相応になりたいと心から思っていたからだ。

 


 前世では、身分の差故にあらぬ噂や妬み僻(ひが)みは日常茶飯事。



 その敷居が無くなった現世(いま)なら、彼に相応しくなる努力さえも手にできるのだ。



 (それに謙信様の恋人としても、ちゃんと礼儀礼節を持って生きたい!そうよ私!目標は、高く!)






 「また赤星は居ないのか」



 頭を掻きながらそうぼやくのは、日本史学の教授赤星先生だ。



 「はぁ……」

 

 

 ため息の元凶は、赤星風林という学生に間違いない。



 彼は二年進学と同時に、遅刻と欠席の常習犯。

 噂で聞いた限りだが、赤星先生と問題の赤星は親類または家族ではないかとそう囁かれている。



 「まあいい。それじゃ、今日は参考書の五七ページを」



 「抜き足、差し足、忍び足……っと」



 まるでスパイさながらに、梅歌に忍び寄る一人の男子学生。



 センター分けされた前髪に、赤い地毛。

 大きなタレ目に、赤い瞳。

 


 何よりその体躯は、洋画ゲームの有名な主人公のように鍛え上げられていた。



 そんな体格のいい彼は、床を這いながら教授が背を向けたタイミングを見計らっていた。

 


 確認を終えると、隣の席へ堂々と座り込んだ。



 (まさか、バレないと思ってるの!?)



 室内にいる梅歌を含めた全学生が、心の中で総ツッコミをいれた。




 「赤星、遅刻。バレてるぞ」

 「あちゃー。バレてたかぁ!ほら、調べたいことがあってさ」

 「言い訳は要らぬ!全く、何度も何度も何度も……!」

 「はいはい。お説教はほとぼとに、早く講義を再開しましょーよ」

 「次遅刻すれば、単位は取れないからな。肝に銘じるように」

 「ハーイ、センセ?

ハァ……。全く煩いジジーでごめんね、梅ちゃん」

 「は、はい?」

 「え?だって春日井梅歌ちゃんだよね、キミ。もしかして違った?」



 頬杖をつきながらこちらの様子を伺う赤星に、思わず固まってしまう。

 


 取り分け親しくもない。

 それどころか、会話したことは一度もない。



 そもそも、梅歌には親しい友人も先輩もおらず今まで一匹狼の大学生活を送っていた。

 


 その初めてのコンタクトが遅刻魔の同級生だなんて、顔が引き攣ってしまう。



 そんな梅歌を逃さぬようにと、男は底知れぬ赤い双眼で捉えて離さない。



 

 「梅ちゃんってカワイーね。

よく言われない?」

 「……言われませんし、また怒られますよ」

 「釣れないなぁ。戦国時代なんて学んでもたっくさんの漢達がむさくるしく戦ったことと。それで残った大量の死と血。それだけでしょ?」

 「……助かってる人も沢山いますよ」

 「そりゃそうだけどさ。

屍になったら、天下以外残らないでしょってことさ。天下を取ってようやく、一番なんだし」

 「そんなことはありませんよ。あの激動の時代にだって、武将も人々も必死に血を通わせてみんなそこに生きていたんですから」

 

 「ふーん、武将も人々も……ね。

梅ちゃんが言うとさ。なーんか、説得力あるよね〜。てか、今時珍しいねそう言われない?」



 心を掻き乱すような猫撫で声に、抑揚感。



 それでいてマイペースで独特な存在感を放つ赤星に、主導権は握らせまいと毅然と振る舞う。



 「ねぇ、やっぱりさ。キミって、チョー気になるなぁ……」

 「勝手にどうぞ」

 「……」



 しかし、まるで全てを見透かすように男は微笑んでいた。

 


 (なになになに!何を考えてるの、この男はぁぁああ!)


 

 真剣に教授の話をノートに書き記す梅歌。

 


 その横でじっとり眺めるだけの赤星。



 心の底では何を考えているのかわからない不自然な笑顔に、警戒心が増すばかり。



 精神的に掻き乱されていくこの気持ちの悪さに、冷や汗が流れる。



 (集中力が削がれる……)



 それなのにこの男に、釘付けになってしまう自分がいた。



 唇の動き、しなやかな指、仕草一つ一つに惑わされる。



 「ふふ、そんな見つめちゃやーよ」



 「見つめてなんかいません!」



 しまったと思った時には、自分の手の甲に赤星の手が重ねられていた。



 「な、貴方何してるの!」

 「ん〜?社交辞令だよオレなりのね!」



 (そんなことあってたまるか!ああみ、見られてる……)



 周囲の的になっている恥ずかしさ。

 


 引き剥がそうとするが離してもらえない焦り。



 彼女の頭は、もう限界を迎える。

 


 赤く茹でたタコになるしかなかった。




 「おい、二人とも集中できないなら外に」


 「あああぁぁ!すみません!すみません!」  

 「はーい、黙りまーす。

ふふ、でも二人の秘密が出来たみたいで嬉しーね!」

 「嬉しくない!!」

 「照れちゃって〜」

 



 (ダメだ、何を言っても上手く交わされてしまう……)



 まるで講義に集中できない、散々な一日だった。



 執拗に付き纏う赤星の対応に追われていた梅歌は、その疲れでゲッソリだ。


 



 「ね〜!一緒に帰ろーよ!」

 「嫌だと言ってるんです!」



 五限目を終えても懲りない赤星を、なんとか振り切り乗り込んだ電車。


 

 疲労はピークを迎え、不覚にも眠ってしまう。







 「◯◯駅〜。◯◯駅に到着します」

 「……ッ」



 次に目を覚ました時は、既に最寄り駅の一つ前に停車していた。



 (いつの間に、寝ちゃってたんだろう。

……それもこれもあの赤星のせいじゃない!?とにかく休んで、それから謙信様に連絡を……)





 「次は◯◯駅に到着します」



 (次、降りなきゃ)



 先が思いやられながら、混雑するホームから改札を抜けていくと、もう日は傾いていた。



 残りの陽光を辿るように帰路を歩いていると、ポケットの中の端末が小刻みに波動する。



 「……あ」



 謙信からのメッセージが数件。



 ただそれだけのことに、疲れはどこかへ吹っ飛ぶような高揚に包まれていく。



 【ご苦労様。講義にはちゃんと間に合ったか?】



 このメッセージ一つにさえ、不覚にも目頭が熱くなっていくのがわかった。



 彼女の心境を映すかのように、足元のアスファルトが、黄昏に照らされていく。



 【それと、今日一緒にいた男は、あまり信用するなよ】



 (……どうして謙信様が知ってるの?)



 冷たい秋の風が、ひらりはらりと、楓の葉を巻き込んだ。



 空高く舞い上がり、宵の明星が輝く夕闇へ向って高く高く吹き荒んでいった。




 読んでくださり、ありがとうございました!

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