第三話 『死に際に貴方を夢見た』
(死にたくない!!まだ!死にたくない!!
あのお方とせめて、もう一度だけでも!)
しかし視界は横転し、小さな体は出っ張る岩肌に激しく打ち付けられていく。
崖上から猛スピードで落ちていく中。
何度も何度も意識が途切れそうになる度に
謙信の不器用で、どこか消え入りそうな微笑みが脳裏を過る。
「生まれ変わっても、お前と共に在りたい。
こんな俺を、絶対に離さずにいてくれよおしお」
「勿論です。生まれ変わっても貴方と共に……」
それを皮切りに意識は朦朧として、暗転する。
彼女が次に瞼を開けた時は、全く別の世界が広がっていた。
黄昏時の大空に真っ赤な彼岸花が足元一面に咲き誇る。一筋の川がおしおの前に流れていた。
対岸には白い羽織を着ていた謙信が、ただ
佇んでいる。
「……謙信様、なぜそちらに居るのですか?
おしおは、ここです!私は……!!」
必死に手を伸ばし、向こう岸へと叫んだ。
しかし、足場は泥濘んでいて前にも後ろにも進めない。
「神様お願いです!!もう一度、後もう一度。
謙信様に逢いたいッ!!
あんな死に方をしたのです。今世くらい、私たちを別つことはどうかおやめください!」
もがく彼女に取り巻く泥は、まるで人のような形に変わっていた。
「イヤッ……!」
泥は振り解けず、むしろ梅歌の下半身をベールのように包み込んでいく。
そしてどこか聞き覚えのある声音が、耳元で囁いた。
「もう何も案ずるな。俺はいつだってお前のすぐ近くで、ずっとずっと共にある。
……今も同じだ。だから、目を覚ませ梅歌」
「……ッ!?」
体は奥深くへ引き摺り込まれてしまい、次第に息が止まりかけていく--。
「う……か!お……ろ!」
「……」
「梅歌!しっかりしろ!」
「ッ!!!?」
「良かった……相当うなされていたが、大丈夫か?」
見知らぬ部屋、見知らぬ……男。
何故か、ダブルベットに二人きり。
そんな状況に梅歌の頭は、真っ白になった。
「昨夜のことを、もう忘れたのか。
一ヶ月、アンタの恋人になる約束をしただろ」
「あぁッ……」
「思い出したか?」
「それで、私たち一つ屋根の下ベッドの上に!?」
「……それは煽りか?
それとも、それを望んでいるのかアンタは。
全く俺の気も知らないで……」
バツが悪そうに顔を真っ赤にして、目線を外す謙信。
しかし、耳すら赤くなっていることには誰も気づかない。
「すみません……!!
私が、勝手なことばかりしたから……」
「土下座までしなくていい。
アンタと出会ってから、上手くコントロールが出来なくなってるんだ……。俺の方こそ悪かった。頼むから顔を上げてくれ」
言われたまま咄嗟に見上げると、目の前には謙信の顔面がすぐそこにあった。
心拍数は、急ピッチに跳ね上がる。
後少しズレたなら、唇が触れてしまいそうなくらいの距離間。
二人の時間はまるで止まったように、ただ見つめ合う。
「ここで、キスでもすれば……俺は記憶を取り戻せるのだろうか。
……アンタは、どう思うんだ」
先に沈黙を破ったのは、謙信だった。
彼の指がそっと頬に触れて、花でも愛でるように撫でられる。
あまりにも優しい手つきに、謙信との記憶を思い出してしまう。
「……ッ!!」
心地よさに目を閉じて泣き出しそうな気持ちを、必死に飲み込んだ。
「……。
童話のようには、そう上手くいくはずもないな」
「そ、そう……ですね!!」
「……」
「……」
互いに適切な距離を保つように離れていくが、沈黙に一層落ち着かなくなってしまう。
「そう言えば今日は月曜だが……梅歌は用事などはないか?もしなければ……」
それを聞いて、梅歌は大慌てで立ち上がった。
「ッ忘れてました!!
今日一時限目から講義があるんです!!ああああぁぁあ!!」
「……そうか、しかしまだ七時だ十分間に合うだろう」
「あ、良かった……」
「はは、忙しないな?」
「すみません……。今も、その全然現実って感じがしなくて。まだ夢の中にいるような」
「これが夢か現実か、試してみるか?」
「……?」
「……いや、何でもない。忘れろ」
「ッ!!」
何のことか理解した瞬間。
梅歌の顔はボンッと、また真っ赤に染まっていた。
「ふふ、アンタやっぱり面白いな」
「ッ!!も、もう行きます!!」
(生真面目な人がと思えば、ただ揶揄われただけ……。
……んー?でもなんか恋人ぽいというか。
いやいやいや、だって記憶ないならなんかそれはどうなの?!これはセーフなの?!)
「梅歌、また連絡する。
気をつけて、行くんだぞ。
特に馴れ馴れしいやつには、警戒してくれ」
玄関まで行ったところで、背後からやけに真剣にそう言う謙信の眼差し。
それを梅歌は既に知っている気さえした。
暗く闇を反映したような、それがとても印象的だ。
しかし、それをどこで見たのかを思い出せない。
「は、はい!行ってきます」
(カーテンしてあるし、ただ暗いだけだよね。気のせい気のせい)
彼女は、見送られながらマンションを後にした。
ガチャリとドアノブが閉まると同時に、一人残された謙信のスマホに着信が入る。
「ね、ね!もしかしてあの可愛い子が、そうなの〜?オレ、俄然ヤル気出てきたんだけど!
あぁ!楽しみ」
そう話すテンション高めな男に相対し、謙信は毅然としていたがその声はドスが効いていた。
「俺は学内までは踏み込めない。
だから貴様には、ただ護衛を頼んだだけだが……?」
「えぇ〜硬いこと言うなよ。オレとオマエの仲だろ?
あー、あと先に言っとくと。梅ちゃんのこと奪っちゃったらゴメンな〜!」
「……許すわけないだろう。変なことを言わないで、いいからちゃんと役目を果たせよ。
……今は仲間だ」
「へいへーい。ウッサイやつばかりで、ヤになってたからね〜!んじゃ」
一方的に電話をよこした男は、要件だけ述べるとブチッと通話を遮断する。
「全く。
……いや、これも梅歌のためだ。
耐えるんだ、俺……」
(上杉謙信が、一体何を考えていたかはあまり想像したくないが……。
彼女と接触した今なら、それもわかる。
今までにない、誰に感じたことのない愛惜に心が掻き乱されていく)
手にスマホを持ったまま、徐に写真アプリを開く。
下へ向かってスクロールしても永遠と、ただ梅歌が映る写真だけが、どこまでも画面を埋め尽くしていた。
「……これのどこが、純愛と呼べるんだろうな。
むしろ、狂気の沙汰だ」
カーテンを開ければ陽光と共に、駅方向へ歩く梅歌の姿が視界に入る。
(そう思っていたはずだ。
だが何故こうも、前世の記憶がないというのに胸が痛むんだ……。
彼女が欲しい。今すぐにでも、俺の元まで引き摺り下ろしたい)
喉が渇くようにその衝動に駆られては、自分の腕に爪を立てて正気を保った。
肉質のいい腕には、既に無数の傷跡が痛々しくも存在していた。
(彼女へ接近せずにいた理由が、この渇きか?
……つくづく、本当の俺は頭がイカれてるらしい)
肉が抉れる痛みと、滴る血液には一切目もくれず。
謙信もまた、どこかへ出掛ける準備を急いだ。
そして着替えのためにTシャツを脱いだ彼の身体には、腕のみならず先ほどと同じ傷跡で溢れていた。
読んでくださり、ありがとうございました!




