第二話 『告白』
「あ、悪い……」
「こ、こここここちらこそすみません」
「いや、実は俺も……握手会の時点で思っていたことがあるんだ」
「え!?」
謙信のその言葉に、期待に胸が膨らんだ。
長い時を超えて、待ち望んでいた夢が今叶うかもしれない。
「どうか引かないで、もらいたい。
正直に告白するならば、俺は上杉謙信そのものだ」
(……今、なんて?!)
開いた口が、閉じない。
何とか声を出そうとするものの、ハッキリとした言葉が紡げずにいた。
「梅歌……?」
「ッ……」
その代わり、彼の両手をギュッと握りしめていた。
まさか、本当にこんなことがあるだなんて、何て自分は幸運なのだろうか。
そう、梅歌は思わずにはいられなかった。
「……よく、俺を見つけ出してくれた梅歌」
彼の暖かな眼差しと声音。
それが脳裏に浮かぶ謙信と重なって見えた。
思い出してしまえば、涙は止まることなく溢れ返った。
その安堵感に、ポツリポツリと梅歌は独白する。
「……ッ今まで貴方に、ずっと会いたかった!!」
「……あぁ」
「事故で無惨に死に、身体中の痛みに意識が消えそうな時も。
ただ一心に、もう一度でいいから貴方に逢いたいと願ったのです」
暴れ虎だったあなたは、どんな渦中でも敵味方、身分さえ超えて。
いつも、誰よりも、助けを求めるものに手を差し伸べるお人だった。
塩商人である父が病気の時も、頼れる宛がない私たち家族を心配し、お医者様を手配してくださったのは他でもない謙信様だった。
私が男装をして塩を届けている際にも、それがバレて襲われたあの時も、身を挺して助け出してくれた。
--ようやく、この悲願が叶うと思うと目頭が熱くなっていくのがわかる。
「……あぁ、そうだったのだな」
「……?」
しかし、謙信の様子がおかしかった。
彼の表情は苦笑い。
いや引き攣った顔をしている。
ホッとしたのも束の間だった。
「悪い……俺は、記憶がないんだ」
「へ……?」
「確証があるのは、俺が上杉謙信であることだけだ。
だが記憶がない以上、本当の意味では違うかもしれない……ということだ」
「あ、ええと……」
「アンタに会えば、何かわかるんじゃないかと思った。
それは、正しかった……しかし。
俺は結局、まだ何一つ思い出せないんだ悪い」
「……そ、そんな謙信様は……何も悪くないです!!」
「……ありがとう。
梅歌、もっと俺との話を聞かせてもらえないだろうか?」
「勿論です……」
梅歌は、堰が止まらず全てを話してしまった。
自分が上杉謙信の恋仲である、塩商人の一人娘"おしお"であったこと。
二三歳の年。
謙信に塩を届ける際、山道で命を落としたこと。
そして探している謙信が人気ストリーマー魁謙信であるかもしれないと思い、近づいたことを。
「……なるほど」
「はい。嘘偽りございません」
絶対に引かれる。
こんな夢物語のような話を信じてくれるだなんて、最初から思っていない。
恐らく、この人もただの同情で情けをかけているに過ぎないだろう。
でも、それでもいい。
少しでも謙信に近づけるのであれば、何でもすると誓ったのだから。
そう梅歌の中では、既にどこか割り切っていた。
「やはり、俺の記憶が鮮明になることはないな……」
「そう、ですよね……」
「……あぁ、だがもう一つ提案してもいいか」
それでも、とても真剣な眼差しを彼は向けてくれた。
「アンタが嘘をつくような人でないことは、もうわかっている。
全ての内容も、事実は確認できるものではない……けれど」
(やっぱり、違うということだよね……。
わかってた。そんな簡単に見つかるわけもない。
私に話を合わせてくれて、気を遣ってくれてるんだ)
このようや可能性もあることも、承知の上だったはずなのに。
心がキュッと詰まるような感覚に、再び目頭が熱くなっていく。
「おい、いつ誰が違うと言ったんだ?」
「……ぐすっ、ぅう。へ……?」
(今、なんて?)
いつの間にか、握られていた手がポンと肩に添えられた。
何となくその温度が暖かくて、心地よさに涙が止まらなくなってしまう。
「……今日は、飲もう。
せっかくの出会いだ、祝杯せねばなるまい」
ニカッと、太陽のような笑顔が眩しい。
先ほどの彼の言葉は、まるで梅歌の心を読んでいたような言い草だった。
が、きっとただの聞き間違いだろう。
--時刻は22時を回り、テーブルには日本酒の瓶が幾つも散乱としていた。
「ぅううう、しゅきなんれすよぉ。
だからおねがいしまふ!!こはくさまぁ!
いっかげつ、謙信様の振りをして恋人としていさせてくらさぁいいい!!!ひっく」
「ははは!まかせろォォォ!
オラァ!ノメェ!うめかぁ!グビッ、うははおまえのそそぐさけ、にほんいちっ」
「アリガトウゴザイマス!!
カミサマ、ホトケサマ、コハクさまぁ!」
『であいにばんざぁーぃ!』
出会えたことをツマミに、二人は晩酌を交わす。
久しぶりのお酒は思っているよりも酔いが回るのが早く、梅歌はベロンベロンのデロンデロンに仕上がっていた。
(あぁ……、これ以上の幸福がありましょうか。
どうか、醒めないユメで……ありま、す、よう……に……)
「……むにゃぁ、ぴー」
「なぁにさきにねてるんだ。はは、かおがまっかでうめのようだぞ〜?
ほーら、おーきーろー!おれのあいてをしーろー。かまえ!うめかぁ?ん〜?はは、なぁにねてんだよぉ」
「すぴー、すぴー」
「むむぅ、はあ〜。かぁぜひくぞぉ〜?」
そっと百歌の肩には、上着が添えられた。
幸せに微睡む彼女をおぼつかない足取りでも、落とさぬよう必死に抱えベッドへと運ぶ謙信。
「ふぁぁぁあ。も、おれもむりだ……ぐがぁああ、ずぴー。ぐがぁ、ずぴー」
何とか梅歌だけは布団へ乗せ終えた謙信は、その床で力尽き爆睡するのであった。




