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私は無意識に顔を背け、手で隠そうとした。
しかし。
「あらあら、可愛らしいお嬢様。……まあ、陰険な呪いをかけられていらっしゃるのね」
「え?」
私は驚いて顔を上げた。
スプリガンの一人、優しげな顔立ちをした女性(?)が、私を恐れるどころか、ひどく同情的な、心配そうな瞳で私を見つめていたのだ。
「えっ……私の顔、怖くないんですか?」
私が思わず尋ねると、彼女はふわりと微笑んだ。
「私共は始化の眷属。下等な悪魔の認識阻害など、朝露に混ざる霧のようなものですわ。それにしても、これほど幾重にも絡みついた悪意をその身に宿しながら、よくぞここまで正気を保っておられましたね。お労しい……」
「呪いを、かけられていらっしゃるのね……」
その言葉が、私の胸に深く突き刺さった。
初めてだった。
私の顔を見て「化け物」と罵るのではなく、「呪いを受けて苦しんでいる一人の人間」として扱ってくれたのは。
家族ですら、私を腫れ物扱いして遠ざけたというのに。
「あ……うぅ……」
急に、目の奥が熱くなった。十年以上張り詰めていた心の糸がふっと緩み、涙がこぼれそうになる。
それを堪えるように、私はギュッと唇を噛み締めた。
「客間へ案内しろ。まずは休ませてやってくれ」
セルウィウス様が静かに命じると、スプリガンたちは「畏まりました」と一礼し、私をふかふかの巨大な葉っぱのソファがある部屋へと案内してくれた。
───
一段落して、客間らしき部屋で一人になった私だったが、全く落ち着かなかった。
そりゃそうだ。数時間前まで夜会で婚約破棄されていた公爵令嬢が、今は神の領域にある巨大な大樹の家で、スプリガンに世話を焼かれているのだ。状況の処理が追いつくはずもない。
部屋の中をうろうろと歩き回っていたが、ふと、テーブルの上に置かれた盛大なフルーツの盛り合わせに目が止まった。
見たこともない果物ばかりだ。星の形をした黄色い果実や、水晶のように透き通った青い実。そして、甘く芳醇な香りを漂わせる花の蜜のような飲み物。
きゅるるる……。
実に見事な音で、お腹が鳴った。
そういえば、夜会でケーキをつまんだだけで、それ以外ほとんど何も食べていなかった。極度の緊張と恐怖とパニックでカロリーを大幅消費し尽くし、私の体はカラカラに渇き、猛烈にお腹が空いていたのだ。
「……毒なんて、入ってないわよね。というか、あんなに心配してくれた人たちが出してくれたんだから、大丈夫よね」
私は誘惑に負け、透き通った青い実を一つ手に取り、おそるおそるかじってみた。
「——!!」
美味しい。
驚くほど甘く、それでいて爽やかな果汁が口いっぱいに広がり、疲労しきった体に染み渡っていく。
「なにこれ、すっごく美味しい……!」
私は完全に理性を失った。
公爵令嬢のお淑やかさなどどこへやら。星型の果実にかじりつき、花の蜜のジュースをごくごくと飲み干し、両手に別のフルーツを持ちながら、一心不乱にわんぱくに食べ進めた。
「むぐむぐ……美味しい……っ、むぐっ……」
「フッ……元気になって良かった」
「ブフッ!?」
突然背後から声がして、私は盛大にむせた。
振り返ると、いつの間にか部屋に入ってきていたセルウィウス様が、壁によりかかりながら、とても優しげな目で私を見つめていたのだ。
「げほっ、ごほっ……い、いつからそこに!?」
私は気恥ずかしさで顔から火が出そうになり、両手につかんでいたフルーツを、そっと、何事もなかったかのようにテーブルの上に置いた。
口元を慌ててナプキンで拭う。絶対に見られたくない、はしたない姿を見られてしまった。
「いつからだろうね。だが、よく食べる女は嫌いではない」
セルウィウス様は楽しげに笑いながら近づいてくると、私が座っていた巨大な葉っぱのソファに腰を下ろした。
……いや、腰を下ろしたのだが。
「あの、セルウィウス様?」
「なんだ?」
「……近いですわ」
私はジト目で彼を見た。
このソファ、私が背伸びして寝転がってもまだ余るほど巨大な植物のソファである。大人十人が座っても余裕があるはずだ。
それなのに、なぜ彼は、私の肩と彼の腕が触れ合いそうなほど、異様に近い距離——私の真隣にピタリと座っているのだろうか。
「こんなに大きい植物のソファなのですから、もっとそちらに行かれたらよろしいのでは?」
私が遠回しに距離を空けるように促すと、彼は全く動じることなく、サラッと言ってのけた。
「ここがいい」
「…………」
理由になっていない。
中身ドラゴンの男が「ここがいい」という低い声は破壊力が異常で、私はまたしても心臓が跳ね上がりそうになるのを必死に抑えなければならなかった。
「……それで」
私は咳払いをして、話題を変えることにした。
「私をこんな場所に連れてきて、『もうすぐ分かる』とおっしゃいましたわね。一体、何が分かるのですか? そもそも、あなたは私の呪いを解けると言いましたが、どうやって解くおつもりですの?」
それが一番重要なことだ。
もし本当にこの忌まわしい呪いが解けるのなら、どんな対価でも払う覚悟はあった。
セルウィウス様は少しだけ表情を引き締め、私の目を見つめ返した。
「ああ。そのことだが……馬車で言ったことは覚えているか?」
馬車で言ったこと。
『君のその呪い、非常に美味そうだ。私に食べさせてくれないか?』いえ、
『君に惚れた?』だったかしら。
「……ええと、色々な事が起こり過ぎて、どれのことやら」
私が視線を泳がせていると、セルウィウス様は私の目を逃さないように覗き込んできた。
「呪いを解く、具体的な方法だ。馬車で言ったことは、決して冗談や比喩ではない」
「ん……?」
「君の身に絡みついた悪魔の呪いは、年月を経て君の魂そのものに深く根を張っている。これを『解く』というよりは、私が『吸収・浄化する』と言った方が正しい」
吸収・浄化。
「それは……当然、凄い魔法陣を描いて、呪文を唱えたりするのですよね?」
「いいや」
セルウィウス様は真剣な顔で、とんでもないことを言い放った。
「肌の接触——スキンシップを通して、呪いの魔力を少しずつ私の体へと移し、私の始化としての力で浄化していくのだ」
「…………はい?」
私の思考がピタリと停止した。
スキンシップ? 肌の接触?
それで呪いを移す?
「し、信じられませんわ! そんな都合のいい解呪方法があるなんて! 巷で流行っているいかがわしい恋愛小説(神話の改変)じゃあるまいし!」
私が激しく抗議すると、セルウィウス様はやれやれと首を横に振った。
「信じる信じないの問題ではない、事実だ。……もちろん、他の方法がないわけではない。普通なら、強力な退魔の術式を用いて、君の魂から力ずくで呪いを引き剥がすのがセオリーだ」
「じゃ、じゃあそれでお願いします! 力ずくで引き剥がしてくださいませ!」
「お勧めはしないな〜」
セルウィウス様は、少しだけ声を低くして、凄みを利かせて言った。
「君の魂に深く根を張っている以上、力ずくで引き剥がせば……君の魂ごと、そのまま『ベリッと』剥がれたり、最悪の場合、精神が砕け散って廃人になるかもしれないが、それでもいいのか?」
「ベリッ!? 魂がベリッて……一体なにがですの!?」
私は恐怖で顔を青ざめさせた。
魂がベリッと剥がれるって何!? 想像しただけで痛そうというか、死ぬ未来しか見えないんですけど!?
ガタガタと震え出した私をよそに、セルウィウス様はスッと手を伸ばし、私の震える右手を、優しく、だがしっかりと両手で包み込んだ。
「だからこそ、安全に、時間をかけて……互いの肌を触れ合わせ、体温を交わすことで、少しずつ呪いを私に吸わせていく必要があるのだ」
「あ……あのっ」
私は慌てて手を離そうとした。
しかし、彼の握る力は全く痛くないのに、まるで万力のようにびくともせず、私の手は完全に彼の手の中に捕らえられてしまっていた。引き離せない!
「セ、セルウィウス様、離して……っ」
必死で腕を引っ張る私を、セルウィウス様は余裕しゃくしゃくの、とても優しく、そして極上に甘い瞳で眺めていた。
彼は私の抵抗など意に介さず、さらに身を乗り出してきた。
顔が近い。
彫刻のように美しい彼の顔が、私の視界を埋め尽くす。
そして、私の耳元に、彼の吐息がかかるほどの距離で——そっと顔を近づけて、低く甘い声で囁いたのだ。
「最初は手を繋ぐ程度から始める。……だが、呪いの根源に近づくにつれて、それでは足りなくなるだろう。ハグや……果てはキスが必要になってくる」
「キス……!?」
「さらに深く根付いた呪いを完全に浄化するためには……その先の『営み』も、必要になってくるかもしれないな〜」
ボフンッ!!!
私の頭の中で、何かが完全に爆発する音がした。
「ききき、聞いてないですわよぉぉぉっ!!!」
私はパニックのあまり、令嬢の言葉遣いすら忘れ、顔を限界まで真っ赤にして絶叫した。
「な、ななな何を言っているのですか!? ハグ!? キス!? そ、その先の営みって……あああああ馬鹿馬鹿馬鹿! 破廉恥ですわ! このド変態ドラゴン!」
「はっはっは!」
私がジタバタと暴れると、セルウィウス様は満足そうにさっと私から離れ、絶妙な間を作った。
そして、巨大な葉っぱのソファに深く背中を預け、長い脚を組んでふんぞり返るように座り直した。その顔は、これ以上ないほどのご満悦な笑みに満ちている。
「からかわないでくださいませ! 冗談ですよね!? 絶対嘘ですわ! 私の純情を弄んでいるだけですわ!」
平然と甘い接触を図り、とんでもない爆弾発言を投下してきたセルウィウス様に対し、私は顔を両手で覆いながら、自分でも抑えきれない羞恥心でしどろもどろなことを口走り続けた。
「だ、だいたい! 初対面の男の方と、そんな、そんな破廉恥なこと……! 婚約破棄されたばかりの傷心の乙女に向かって、神の領域に連れ込んだかと思えば、セクハラ解呪法を提案するなんて、神も悪魔も始化もあったものじゃありませんわ! 訴えます! どこに訴えるか分かりませんけど、絶対に訴えますからね!」
涙目で抗議し、早口でまくしたてる私。
そんな私を、セルウィウス様はソファでふんぞり返りながら、スプリガンが淹れてくれた花の蜜の紅茶を優雅に一口味わい、まるで極上の喜劇でも鑑賞するかのように、愛おしそうに眺めていた。
「フッ……やはり君は、見ていて飽きないな。これからの解呪の時間が、ひどく楽しみだ」
「誰か助けてぇぇぇ……っ!」
私の悲痛な(そして顔が限界突破で真っ赤な)叫び声は、神の領域の美しい大樹の家に、空しく、そしてどこか賑やかに響き渡っていくのだった。
こうして、私の「呪い」を巡る、甘く危険で、死ぬほど心臓に悪い共同生活が、強制的に幕を開けたのである。




