第七話
(どうしよう。早くここから去りたいかも…)
先ほどの気持ちはどこへやら。
右からはニコニコと話しかけられ穏やかな陽気が漂い、対面からは刺すような視線で氷点下の温度差にやられそうだ。
「灯さんは何がお好きなんですか?」
「な、なんでしょう…?深く考えたことなかったです…」
「灯さんって好きな食べ物とかありますか?」
「とくに…なにも…」
「灯さんは屋敷の中だとどこがお気に入りですか?」
「と、とくに…あ、中庭?ですかね…?」
「灯さんは朝と夜だったらどっちが好きですか?」
春日さんがわたしを呼ぶ度に久世さんからの鋭い視線が刺さり、部屋の室温がドンドン下がっていく気がする。
春日さんからの質問に、わたしは冷や汗をかきながら曖昧に笑ってやり過ごした。
楽しそうな春日さんとブスっと不機嫌な久世さん。そして慌てて食事の準備をするわたしは、傍から見ると変な光景なんだろうなぁ…。
食事の準備が終わればすぐに下がるので今だけは目を瞑って欲しいです、と心の中で言い訳をする。
「わー!美味しそう!これ灯さんが作ってくれたんですか?」
「あ、い、いえ…。わたしは、その…」
(なんて最悪なタイミング…!)
ダラダラと冷や汗をかきつつ、言葉を濁す。
春日さんに悪気はないとはいえ、まさかお弁当を作ったんですが久世さんに拒否されてから作っていません、なんてわたしからは話せない。
チラリと久世さんを見るといつもの真顔なので安堵する。
作ってもらえると嬉しいですけどね、という春日さんの返答に、その口をはやく閉じてください…!と願いながら、さらに笑って誤魔化す。
食事の用意が整ったので自室に下がろうとすると春日さんに引き止められた。
「灯さんも一緒に食べませんか?」
「へ…?で、でも…」
「オレら二人でも多い量なので、ぜひ!」
わたしはオズオズと久世さんに助けを求めて視線を送るが、本人は無表情で目の前のお皿を眺めている。
(…いてもいいってことかな?)
好意的に解釈し、にこにこと自分の隣の席を叩く春日さんを無下にすることもできず、わたしは大人しく隣に座る。
フワっと父とは違うコロンが匂い、少しだけドキリとする。
春日さんに良く似合う春の匂いだなぁと思う。
「…灯」
「は、はい!…え?」
条件反射で返事をしてしまったものの、何が起きたか理解できなかった。
(い、今…わたしの名前…!?)
初めて、久世さんに名前を呼ばれた気がする。
顔色も変えずに、まるで変なことなどなかったかのように久世さんが続ける。
「そこの席は上座だけど、君はいつからボクより偉くなったの?」
「す、すみません…!」
バッと立ち上がり土下座する勢いで頭を下げる。
(そうですよね、わたしが一緒に食事だなんて嫌に決まってましたよね!)
顔がボっと赤くなる。
また、勘違いをしてしまった。
さっきまでの優しさに浮かれてしまったんだ…しっかりしないと!とわたしは気合いを入れる。
やはり自室に戻るべきだと思い、方向転換すると久世さんがねえ、とわたしを呼んだ。
「君の席は、ボクの隣でしょ?」
「え…?」
わたしを真っ直ぐ見つめるその瞳が、いつもとは違う雰囲気なことを感じる。
まるで当然かのような言葉に目をパチパチさせた。
(わたしのこと、嫌いなはずなのに…?)
恐る恐る久世さんの隣に座る。
久世さんの息遣いが聞こえ、手を伸ばせば届いてしまいそうだ。
意識しないよう一生懸命抗うが、隣からの存在が強くて結局意識してしまう。
チラリと隣を見る。
(ま、睫毛の本数さえ数えられそう…!)
ドっと心臓がうるさく響く。
フワっと父とも春日さんとも違う香りが漂い、わたしにまとわりついて、身動きが取れない。
(な、なんだろう…急に動悸が…!)
理由も分からず少しだけ混乱しているとわたしの動きが可笑しかったのか、プっと春日さんが笑い始めた。
「少尉は言葉が足りなさすぎます」
一通り笑い終わってから告げられたその台詞にわたしは首を傾げる。
「春日、うるさい」
完全に蚊帳の外だったが、なんとなくいつもより雰囲気が柔らかい気がする。
早く食べるよう促され、いただきますと小さく呟く。
もはや何を口に入れているか分からないままゴクンと飲み込む。
喉に突っかかって咳き込みそうになるが、なんとか耐えた。
じっと久世さんからも春日さんからも食べるところを見られ、わたしは緊張で箸を持つ手が震えてくる。
春日さんが笑って、久世さんが反応する。
(いつもは…誰もいないのに…)
こんなにも賑やかな食卓はいつぶりなんだろう。誰かの声がするのが少し、不思議な感覚だ。
いつもは一人で食卓にいるのに…。
わたしは今の不思議な空間をぼうっと見つめる。
さきほどまでの居心地の悪さは、もう感じない。
今だけは、存在を認められているような気がしてしまう。
…隣にいてもいいのだと。
バチっと隣の久世さんと視線が交じる。
いつものあの突き刺すような瞳ではなく、どこか迷いがある視線だった。
(どうしてこの人はこんな目をするんだろう…?)
知りたいと、そう思ってしまった。
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