第十一話
立てないわたしを金色の男は俵のように担いで、ポイっと乱暴に投げ込み、馬車の荷台に乗せた。
そのまま、ここにいてね〜と手を振り去って行く。
「え…?ちょっと…!?」
お、置いてかれた…。
わたしはしばらく呆然と彼が去った方を見る。
凄まじい決意で彼に着いていくと決めたのに、これで良かったのか不安になる。
(いや、良かったはず…!)
荷台から降りようと下を覗く。
(た、高い…!)
思っていたよりも高く、自力では降りれそうになかった。
諦めてわたしは荷台に座り直す。
あの正体不明のオトコがいなくなってくれたことに今一度、安堵する。
カタカタと未だに手が震えていることに気付いて自嘲した。
(わたし…なにやってるんだろう…)
ただ、身分証を届けに外に出ただけなのに、とんでもない目に合わされている気がする。
誰かが話す声が聞こえて、わたしは耳を傍立てた。
「…で、今回少佐に昇進するらしいぞ」
「うわ〜。とうとうかぁ」
「ほんっとよくやるよな、あの人も」
「ほとんど堂前大尉の尻拭いだったらしいぞ?」
軍人と思われる2人組の話で、父の名が出たことにビクっとする。
「そりゃあなぁ…あの人、好き勝手にやってただろ?」
「上層部もなんで、あの人のこと許してたんだよな〜」
「…噂だが、幹部陣にかなり賄賂を渡していたらしいぜ」
思わず声が出そうになるのを必死で抑える。
あの、厳格な父が賄賂…?
いつも責任を果たせと言い続け、軍人として生きていることを誇りに思っていたあの父が…?
信じられない噂だった。
頭の中が、整理しきれない。
「灯。家族を…私を支えてくれるな?」
そう言って頭を撫でる父の手に、高価な時計が見えていたような…。
「…っ」
ガンガンと頭が痛くなる。
わたしが父を信じないと…。
完璧な背中だったはずだ。
「それにオレ…好きじゃないわ、あの人のこと…」
「堂前大尉?あぁ…お前、陽人さんのこと慕ってたもんな」
「いい人だったんだよ…身内じゃないオレがこんなに悔しいんだぜ?ありえないだろ」
「…やめろって。誰かに聞かれたら気まずいだろ」
ポン、とオトコは励ますように肩を叩く。
(な、なんの話…?)
父の話のはずだったのに、知らない名前の人が出てきて戸惑う。
雰囲気的に触れてはいけない話のようだった。
父とその人の間になにがあったんだろう…?
あまり、良い関係ではなさそうだけど。
「まあ、運の尽きだったってことだよな」
「おい、もう止めとけって」
「なんでだよ。みんなそう思ってるだろ」
ザっと土を蹴る音がした。
はぁ、とオトコが深いため息を吐いたのが聞こえる。
「少尉殿も良くやるよな」
「まあな〜。堂前大尉の娘、暗そうだしあっちのお世話も下手そうだったしな。そういや、お前もこの間結婚してたよな?」
夜の生活はどうよ、と下世話な話に流れ、2人組のオトコの声が遠くなる。
(わ、わたし…!?)
どうして、わたしの話まで…?
知らないところで値踏みされ、含み笑いをされた事実にプルプルと唇が震える。
だから、わたしは表に出たくなかったのに。
それなのに、
(それなのに、お父さんが無理やりわたしを連れ回すから)
そこまで考えてハっとする。
良かれと思って紹介してくれた父になんてこと…。
落ち着け、と胸から息を取り込み、思い切り吐く。
(じゃあ…少尉殿って…久世さんのこと…?)
わたしのせいで、久世さんまでバカにされてしまった…!
もっと、きちんと妻として役に立てていれば、こんな下品な話題にすら上がらなかったはずなのに。
なにもできなかったのは、わたしが知ろうとしなかったから。
わたしが深く考えず、自分のことばかり守っていたせいで、久世さんにも飛び火したんだ…。
(でも、軍の中にいてわたしにできることなんて…)
そこまで考えて首を振る。
また、自分のことを守ろうとしてしまった。
(でも、どうすればいい…?)
頑張りたいのに、なにを頑張ればいいか分からない。
そもそも、自分からなにかをしようとしたことなんて…あったのだろうか…?
(わたし、なにも知らないんだ…)
知らないことがこんなにも恥ずかしい。同時に凄く苦しい。
なんだか今日はいつものように前向きになれない。
いつものわたしに、戻らないといけないのに。
はぁ、と膝を抱えて座り込む。
(なんだか、泣きそう…)
ザッザッと誰かが近づいてくる。
声で、先ほどの二人だと分かった。
(バレませんように…!)
ぎゅうと身を縮こませる。
「これだろ?」
「ああ。動かしとくか」
「オレらも貧乏くじ引いたよな〜」
「そう言うなって。はやく終わらせて帰ろうぜ」
(な、なに…?)
不穏な空気を感じ、慌てて荷台から降りようとするが、身体が固まっていうことを効かない。
(はやく、降りないと…!)
動け!と念じてようやく手が荷台の端に届く。
その時ガタン、と馬車が揺れた。
「え…ちょっ…!?」
急に馬車が動き出し、わたしは踏ん張り切れずに後ろへ倒れる。
その時、身体から身分証が離れてしまった。
(あ、ダメ…!)
取り戻そうと手が空虚を掴む。
あっと思ったときにはガン、と後ろに頭を打ち付け、そのまま意識が真っ黒に染まってしまった。
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