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『3Dプリンタから生まれた妖怪姫は世界を壊したい』  作者: 矢行宮 重彦


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第6章:『聖域の番人』(前編)

 窓のない高層階の一室で、街が光っていた。

 壁一面を埋め尽くすモニターには、地図、交通網、通信ログ、防犯カメラの映像、電子決済の履歴、個人認証の記録が、蜘蛛の巣のように重なり合って表示されている。

 人間の生活と呼ばれるものが、そこでは線と点と数字になっていた。


 通勤。

 通学。

 買い物。

 病院の予約。

 電車の乗り換え。

 コンビニの決済。

 誰かに送った、おはようのメッセージ。


 そのすべてが、街という名の巨大な網の上で、青白く脈打っている。

 その中心で、高級そうなスーツに身を固めた青年が、指先に絡めた光ファイバーの糸を、くるくると弄んでいた。


「銀嶺お嬢ちゃんは、負けたか」


 青年――朱知圭は、愉快そうに笑った。

 悔しさはない。

 怒りもない。

 失敗さえ、彼にとっては次の素材にすぎない。


「写しとしては不完全。けれど、良いデータを残してくれた。月代幽。あの首。なるほど、たしかに“網”の中心に置く価値がある」


 隣では、金髪の少女がスマホに向かって笑っていた。


「あはは。型落ちって、やっぱり燃える時も地味だねー」


 自撮り棒をマイクのように握り、画面の中の自分へ、うっとりとした視線を送っている。

 加工フィルターの中で、彼女の笑顔だけが異様に眩しい。

 あまりにも明るく、あまりにも軽い。

 だからこそ、底が見えない。


「でもさー、朱知くん。あの子、もうちょっと映える負け方できなかったのかな? 白銀、破棄、欠片。素材は悪くなかったのにー」

「君は相変わらずだな、サニー」

「だって、見られない敗北なんて、存在しないのと同じでしょ?」


 朱知は笑った。

 その時、部屋の奥から、少年の声がした。


「朱知」


 モニターの光が届かない、奇妙な暗がり。

 そこに、金色の髪の少年が立っていた。

 年若く見える。

 だが、その気配だけが、人間の時間から外れている。

 朱知の笑みが、ほんの少しだけ整う。


「はい、星の御方」

「網を張りなさい」


 短い命令だった。


「月代幽を殺すな。あの首は、まだ使う」

「承知しました」


 朱知は、指先に絡めた光ファイバーを、ぴん、と弾いた。

 青白い糸が、街の地図へ伸びていく。


「では、捕まえましょう」


 彼は微笑んだ。


「彼が最初から、私の網の上で生きていたのだと、教えて差し上げます」


 街そのものが、静かに呼吸を止めた。


   ○


 月曜日の朝。

 幽の部屋から、最初に消えたのは音だった。

 冷蔵庫の低い唸り。

 スマホの通知音。

 換気扇の回転音。

 当たり前にそこにあったはずの、生活の微かな機械音が、一斉に途絶える。


「……ん?」


 月代幽は、洗面所の前で固まった。

 蛇口をひねっても、水が出ない。

 照明のスイッチを押しても、部屋は薄暗いままだ。

 スマートフォンの画面には、圏外どころか、見たことのない赤い表示が浮かんでいる。


 ――NO USER.


「……ノー、ユーザー?」


 幽の背筋に、嫌な汗が流れた。

 その表示は、初めてではない。

 白夜を呼び出した夜。

 エラー・モンスターが現れた模型店。

 そして、銀嶺が幽の席を奪おうとした時。

 何度も、幽を「存在しないもの」として扱おうとした文字。

 次の瞬間、部屋の壁に、青白いグリッド線が走った。

 畳の目。

 フローリングの傷。

 机の脚。

 積まれた参考書。

 床に転がった3Dプリンタの失敗作。

 それらすべてが、誰かに“測定”されるみたいに、細かい方眼へ分解されていく。


「幽くん、出るわよ」


 琴子が即座に朱音の桐箱へ手をかけた。


「ここ、もう駄目。部屋ごと“登録抹消”される」

「登録抹消って、俺、賃貸契約まで敵に回したのかよ!?」

「冗談言ってる場合じゃない!」


 白夜は、薄く笑いながらも、どこか不快そうに部屋を見回していた。


「なるほど。ここはもう網の内側ですわね。床も壁も空気も、誰かの指先に繋がっておりますわ」


 ベッドの端では、銀嶺が相変わらず幽のTシャツの裾をぎゅっと掴んでいた。

 彼女の銀色の瞳に、青白いノイズが走る。


「接続、遮断不可。外部ネットワークからの逆侵入を確認」

「銀嶺、大丈夫か?」

「不安定です。ネットワークが近すぎます」


 銀嶺は、いつもの無表情のまま、けれど声だけを少し低くした。


「オリジナル。この部屋に留まることは非推奨です。現在、あなたの存在定義が、部屋ごと削除対象に指定されています」

「なんで朝イチで俺の存在定義が削除されかけてるんだよ!」

「仕様です」

「最悪の仕様だな!」


 幽は叫びながら、焦げ跡の残った三千五百円の伸縮呪棍を掴んだ。

 先端の黒い記録めいた線が、ほんの一瞬だけ揺れる。

 琴子がドアを蹴り開ける。


「行くわよ!」


 四人は、朝の街へ飛び出した。


   ○


 外は、いつも通りの朝に見えた。

 制服姿の学生。

 出勤を急ぐ大人たち。

 コンビニの前で缶コーヒーを飲む会社員。

 自転車で坂を下りていく小学生。

 朝日は眩しく、空は青い。

 けれど、数歩歩いたところで、幽は気づいた。


「……なんか、変じゃないか?」


 一歩。

 一歩。

 一歩。


 通行人たちの足音が、揃っている。

 信号待ちの人々が、同じタイミングでスマホを取り出した。

 同じ角度で首を傾ける。

 同じ速度で画面をスクロールする。

 同じ瞬き。


「気持ち悪い……」


 琴子が小さく呟いた。


「人間の群れ、というより、端末の群れですわね」


 白夜が唇を歪める。


「魂の揺らぎがありませんわ。まるで、一本の糸で吊られているよう」

「指揮棒ではありません」


 銀嶺が周囲を見回す。


「サーバーです。彼らの行動は、街のネットワークと同期しています」


 その言葉が終わるより早く。

 ぴたり、と。

 街のリズムが止まった。

 歩いていた人間が、全員、同時に足を止める。

 スマホを見ていた者も。

 自転車を押していた者も。

 横断歩道を渡っていた者も。

 数百、数千の瞳が、同じ角度で幽へ向けられた。

 会社員が、穏やかに微笑む。


「月代幽さん」


 女子高生が、同じ笑顔で言った。


「安全な場所へご案内します」


 老人が、柔らかい声で続ける。


「抵抗は非効率です」


 小学生が、首を傾けて笑う。


「あなたの不安は、すぐに削除されます」

「……うそだろ」


 幽の喉が乾いた。


「街中、全員で俺を親切に捕まえに来てるのかよ」


 人々が、一斉に動き出した。

 感情のない笑顔。

 同じ歩幅。

 同じ速度。

 同じ目的。

 幽の首を、目指して。


「幽くん、後ろ!」


 琴子が朱音を振るい、迫る手を弾き飛ばす。

 だが相手は普通の人間だ。

 斬るわけにはいかない。


「白夜! 消しちゃ駄目だからね!」

「まだ何もしておりませんのに、番犬さんは失礼ですわね」


 白夜は扇子を広げたまま、心底つまらなそうに群衆を見渡した。


「幽さまの邪魔をする者など、まとめて塵にしてしまえばよろしいのでは?」

「駄目に決まってるだろ!」


 幽も叫んだ。


「この人たちは操られてるだけなんだろ!? だったら、助ける方法を探す!」

「まあ」


 白夜が、ほんの少しだけ目を細めた。


「その甘さ、嫌いではございませんわ。……面倒ですけれど」


 白夜が扇子をひと振りする。

 黒い影が、幽たちの周囲を薄く包んだ。

 群衆の視線が、一瞬だけ幽たちを外れる。

 認識の焦点をずらされた人々は、まるで道端の電柱を避けるように、四人の横を通り過ぎていく。


「長くは持ちませんわよ」

「十分だ! 走るぞ!」


 四人は、人の流れの隙間を縫って駆け出した。

 だが、街そのものが、彼らを逃がさない。

 青信号を確認して飛び出した道路に、配送トラックが突っ込んでくる。

 幽たちの前でだけ、信号は嘘をついていた。


「危なっ!」


 琴子が幽の襟首を掴んで引き戻す。

 トラックが鼻先をかすめ、風圧で髪が乱れた。


「街が、俺たちを殺しに来てる……!」

「違います」


 銀嶺が即座に訂正した。


「殺害ではなく、捕獲です。オリジナルの首部座標を損傷させないよう、攻撃軌道が制限されています」

「捕獲でも十分怖いんだよ!」

「朱知側の目的は、生体登録、接続、所有と推測」

「もっと嫌になった!」


 頭上の監視カメラが、不気味な駆動音を立ててこちらを追う。

 コンビニの自動ドアが、幽の目の前だけ開かない。

 駅前の大型ビジョン、ビルの広告モニター、さらには通行人が掲げるスマートフォンの画面が、一斉に同じ映像へ切り替わった。


『やあ、月代くん。鬼ごっこの時間は終わりだ』


 画面の中に映っていたのは、整った顔立ちの青年だった。

 自信に満ちた笑み。

 だが、その目は笑っていない。


「あ……こいつ」


 幽は、息を呑んだ。


「テレビで見たやつだ。デジタル・モンスター社の社長……朱知圭(あけちけい)

「朱知……圭?」


 琴子が顔をしかめる。


「なんで、そいつが幽くんの名前を知ってるのよ」


 画面の中の青年は、優雅に笑った。


『覚えていてくれて光栄だ』


 朱知は、指先で光ファイバーの糸を弄んでいる。


『水道、電気、信号、カメラ、通信、決済、個人認証。君たちが街と呼ぶものは、すべて私の糸の上にある』


 画面の奥で、青白い光ファイバーが蜘蛛の巣のように広がっていた。


『君がどこへ逃げようと、そこは私の手のひらの上。いや――網の中だ』


 足元のマンホールが弾け飛んだ。

 中から、光ファイバーの束が噴き出す。

 それはケーブルではなかった。

 蜘蛛の脚だ。

 青白く光る無数の脚が、アスファルトを削りながら伸び、幽たちの退路を塞ぐ。

 電柱からも、路地裏の配電盤からも、ビルの壁面からも、細い光の糸が吐き出されていく。


「なんだよこれ! 街の配線が全部、蜘蛛の巣になってるのかよ!」


 白夜の表情が変わった。

 わずかに、だが確かに。

 妖怪王の姫である彼女が、はっきりと不快を露わにする。


「……土蜘蛛」


 その名を口にした白夜の声には、いつもの甘い愉悦がなかった。

 土の底に押し込めたはずの腐臭を、今さら鼻先へ突きつけられたような声だった。


『覚えていてくれたか、妖怪姫』


 朱知の笑みが深くなる。


『古い名だ。だが、嫌いではないよ』


 白夜の扇子が、音を立てて開く。


「わたくしの前で、その名を現代の玩具に接続するとは。ずいぶんと命知らずですのね」

『命? 古い概念だ』


 朱知は笑った。


『現代において、命とはデータだ。接続され、記録され、同期され、上書きされるもの。君たち古い妖怪が土の底へ捨てたものを、私は網の上へ積層しただけだよ』


 光ファイバーの脚が、一斉に襲いかかってくる。


「白夜!」

「言われずとも」


 白夜が扇子で空間を撫でる。

 その方向の光の脚が、空間ごと消し飛んだ。

 だが、次の瞬間。

 別のマンホールから、同じ形の脚が再生する。

 信号機の支柱から。

 電柱の根元から。

 コンビニの看板の裏から。


「切りがありませんわね……!」

「再生成速度、異常。街全体が本体と推測」


 銀嶺が幽の腕にしがみついたまま、声を震わせる。


「オリジナル。このままでは、包囲確率が百パーセントに到達します」

「そこはポンコツ予測で外してくれよ!」

「今回は、残念ながら当たります」

「当たるな!」

「幽くん、こっち!」


 琴子が、幽の手を強く握った。


「私の家に行く。東雲神社なら、まだ逃げ込める」

「神社?」

「あそこは、じいちゃんが意地でもデジタルなものを持ち込ませなかったから。電波も通りにくいし、古い結界も張ってある。ここよりはずっとマシなはず」

「じゃあ安全なんだな?」


 琴子は、ほんの一瞬だけ黙った。

 その沈黙が、妙に重かった。


「朱知からはね」

「……他には?」

「聞かないで。走るわよ」

「その言い方、めちゃくちゃ不安なんだけど!?」

「だから走るの!」

「あちらですのね」


 白夜が、琴子の指さす路地の先へ向けて扇子を薙いだ。

 光ファイバーの脚がいくつも弾け飛び、青白い街の中に、一筋だけ黒い通路が開く。


「行きましょうか、幽さま。番犬さんの巣穴とやら、少し興味がありますわ」

「誰の巣穴よ!」


 言い返しながらも、琴子は幽の手を離さなかった。

 四人は、街の網を振り切るように走った。


   ○


 追跡は、執拗だった。

 曲がった先の路地では、自動販売機が一斉に点灯し、取り出し口から黒いコードを吐き出す。

 駅の改札前を横切ろうとすれば、誰も通っていないはずの自動改札が、幽の進路だけを狙って閉じる。

 コンビニに逃げ込もうとしても、自動ドアは幽の前だけ沈黙する。

 電子決済の端末が、レジカウンターの上で赤く点滅した。


 ――NO USER.


 街は幽を拒絶していた。

 いや、違う。

 拒絶ではない。

 登録し直そうとしている。

 月代幽という人間を、朱知圭の網の中へ。


「はっ……はっ……!」


 走るたびに、幽の肺が痛む。

 呼吸が浅くなる。

 さっきから、空気そのものが細い糸みたいに喉へ絡まっている気がした。

 街のどこにいても、見られている。

 測られている。

 登録されようとしている。

 幽は、無意識に喉元を押さえた。


「幽くん、もう少し!」


 琴子の声が飛ぶ。

 朱知の光ファイバーが、路地の奥から波のように押し寄せた。

 白夜がそれを消し、琴子が朱音で切り、銀嶺が次の逃げ道を示す。


「右。次の角を左。三秒後、配送車両が進路を塞ぎます。二秒前に抜ければ通過可能です」

「ポンコツじゃなかったのかよ!」

「危機回避時のみ、処理精度が上昇しています」

「普段から上げてくれ!」

「Tシャツの着心地解析が優先される場合があります」

「今は解析するな!」


 白夜が笑う。


「ふふ。銀嶺さんもずいぶんと人間らしくなりましたわね」

「不本意です」

「そこがよろしいのではなくて?」


 いつもの調子に聞こえる。

 けれど、誰も足を止めない。

 街の端。

 古い住宅街へ入る。

 最新の広告看板が消え、監視カメラの数が減り、電線がむき出しになり、塀に苔が増えていく。

 空気が、少しだけ変わった。

 それでも、朱知の糸は追ってくる。

 電柱を伝い、地中を走り、細い光の脚が、アスファルトのひび割れから伸びてくる。


 その先に、石段が見えた。

 古びた鳥居。

 白い紙垂。

 朝の光を受けて、静かに立つ東雲神社。

 その瞬間、琴子の手が、幽の手を強く握った。

 逃げ道を示すためではない。

 自分が逃げ出さないためみたいな握り方だった。


「……できれば、じいちゃんには会いたくなかったんだけど」

「怖いのか?」


 幽が息を切らせながら聞く。

 琴子は、前を向いたまま答えた。


「白夜よりは、ある意味ね」

「ええ……?」


 その時、背後から朱知の声が響いた。


『そこへ逃げるのか。古いね、東雲の娘』


 大型ビジョンはもうない。

 だが、電柱のスピーカーから、道路標識の反射板から、通行人のスマホから、朱知の声が細い糸のように漏れてくる。


『確かに、その聖域はまだ私の網の外側だ。古い結界。紙と石と土と血筋。実に非効率で、実に腹立たしい』


 朱知は笑った。


『だが、月代くん。覚えておくといい』


 背後の光ファイバーが、蜘蛛の脚のように伸びる。


『網の外に逃げても、そこが自由とは限らない』


 幽は振り返る。

 朱知の声が、低く響いた。


『古い神域ほど、人を縛る糸は太いものだよ』

「……何だよ、それ」

「聞くな、幽くん!」


 琴子が叫ぶ。


「走って!」


 四人は石段へ飛び込んだ。


   ○


 東雲神社の鳥居をくぐった瞬間、世界の音が変わった。

 さっきまで耳の奥にまとわりついていた電子音が、嘘のように消える。

 監視カメラの駆動音もない。

 信号の電子音もない。

 スマホの通知音もない。

 ただ、風がある。

 木々の葉擦れがある。

 石段の隙間に溜まった朝の湿り気がある。

 紙垂が、静かに揺れている。

 幽は、そこで初めて、自分がまともに息をしていなかったことに気づいた。

 肺が開く。

 冷たい朝の空気が、胸の奥まで入ってくる。


「……静かだ」


 幽は、思わず呟いた。


「圏外。完全にネットワークから切断されました」


 銀嶺が、幽の腕をさらに強く抱きしめる。


「同期不能。存在が不安定です。オリジナル、接触による一時安定化を要求します」

「どさくさに紛れて密着すんな!」


 琴子が銀嶺を引き剥がそうとする。


「ここは私の家! 幽くんにくっついていい権利は私に――」

「琴子」


 石段の上から、声が落ちてきた。

 大きな声ではない。

 なのに、鳥居の内側の空気が、ぴんと張った。

 琴子の背筋が伸びる。


「……じいちゃん」


 そこに立っていたのは、着流し姿の老人だった。

 手には竹ぼうき。

 背はさほど高くない。

 だが、そこに立っているだけで、神社の空気が一段深くなる。

 東雲弦五郎。

 琴子の祖父にして、東雲神社の番人。

 弦五郎は琴子を一瞥した。


「修行もせずに、どこをほっつき歩いておる」

「じ、じいちゃん……これは、その、緊急事態で」

「見れば分かる」


 弦五郎は、ゆっくりと石段を降りてくる。

 その眼光が、幽へ向いた。

 刃物みたいに鋭い視線だった。


「……ほう」


 老人は、竹ぼうきを肩に担いだ。


「貴様が、黄金比の小僧か」

「え、あの、初めまして……?」

「挨拶はいらん」


 弦五郎は、静かに言った。


「ここは聖域じゃ」


 幽は、ほんの少しだけ安心しかけた。

 しかし、その次の言葉で、喉が凍った。


「だが、貴様にとっては処刑場でもある」

「え」

「朱知の網から逃げ込んできたことだけは褒めてやる。じゃが、黄金比の小僧を、この神域に入れるわけにはいかん」


 琴子の顔色が変わった。


「じいちゃん!」

「黙れ、琴子」


 その一言で、琴子が口を閉ざす。

 白夜の赤い瞳が、細くなる。

 銀嶺は幽の袖を握りしめたまま、無表情に弦五郎を見ている。

 幽だけが、状況についていけずに固まっていた。


「えっと……つまり」


 幽は、恐る恐る聞いた。


「俺、助かったんじゃなくて、別の意味で詰んだ感じですか?」

「理解が早いの」


 弦五郎は、竹ぼうきを構えた。

 ただの竹ぼうき。

 そのはずなのに、幽の首筋に冷たいものが走る。


「殺される覚悟は、できとるんかの?」

「えええええええええええええええ!?」


 幽の悲鳴が、朝の神社に響き渡った。


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