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『3Dプリンタから生まれた妖怪姫は世界を壊したい』  作者: 矢行宮 重彦


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第3章:『白銀のスペアは、僕の幸せを食べて笑う』

「ふふふ、番犬さんはわたくし達の先を歩いて露払いでもしてらっしゃいな」

「何抜かしてんのよこの死神ッ! アンタから目を離すわけにはいかないんだからねっ!」

「ま、まあ仲良くしてくれよな」


 「デート」帰りの三人は、ガヤガヤと幽と琴子の家の方へと向かっていた。……多分、仲良く。

 が、琴子が突然呟いた。


「何、今の……?」

「あらあら、番犬さん気付きましたのね」

「え、何をだ?」

「ふふ、帰り着けばわかりますわ。明らかにおかしな”何か”が、生まれようとしていますわよ?」


  ◯


 家の前に立った瞬間、幽は「帰宅」という言葉を飲み込んだ。

 見慣れた玄関ドア。けれど、その表面には焼け焦げたような青白い幾何学模様――あのQRコードの残像が、脈打つように刻まれていた。

 

「……待って。何、これ。空気が……痛い」


 琴子が呪符を握りしめ、一歩退いた。

 街灯の光が、幽の家を境界線にして、不気味なほど鮮明な青白さに切り替わっている。


「……おや。もう“刷り(リフレッシュ)”が終わっておりますわね」


 白夜が、いつもの余裕ある微笑を消し、氷のような瞳で家を見据える。

 幽は震える手でドアを開けた。


  ◯


 室内は、一見いつも通りだった。脱ぎっぱなしの靴、読みかけの雑誌。

 だが、何かが決定的に違う。何もかも、上手く言えないが「美しい」のだ。


「この配置……もしかして」

「そう、幽さまのご想像どおり。……黄金比ですわ」


 幽は、ごくりと生唾を飲み込む。異様な空気が部屋に充満している。

 壁時計のチクタクという音が、心臓を針で刺すようだ。空気の密度が均一で、生活の湿り気が一切排除されているようですらある。


 ここはもう、幽の知っている「家」じゃない。

 幽は自分の部屋へ駆け込んだ。


  ◯


 部屋の隅、瓦礫となった3Dプリンタのトレイの上に、「それ」はあった。


「……っ!」


 白銀に輝く、幽と瓜二つの「首」。

 目を閉じているそれは、精巧な彫刻というより、まだ人間になる前の“設計図”のように見えた。

 肌は冷たく硬質で、なのに輪郭だけが異様に美しい。完璧すぎて、ぞっとする。


「幽くん、危ない……!」


 琴子が反射的に呪符へ指をかける。だが、その腕を白夜の扇子が静かに制した。


「およしなさい、番犬さん」

「なんで止めるのよ!」


 白夜の視線は、銀の首から一度も逸れない。

 

「……あれ、もう“完成品(フィックス)”ですわ。しかも、まだただの個体ではございませんの」

「……どういう意味だ」


 幽がかすれた声で訊く。

 白夜は答えず、まず部屋を見回した。

 黄金比に整えられた机。角度の揃った雑誌。寸分違わぬ配置に並ぶ家具。

 この部屋そのものが、すでに何かの術式の内側にある。


「この部屋、もう“接続”されておりますわ」

「接続……?」

「ええ。あれは、自分ひとりで立っているのではありませんの」


 白夜が、床に刻まれた青白い幾何学模様を扇子の先で示す。

「幽さまの部屋。幽さまの端末。幽さまの生活。……その全部を足場にして、自分をこちら側へ定義している最中ですわ」


 琴子の顔色が変わった。


「……じゃあ、今ここで斬ったら」

「あの”首”だけでは済みませんわね」


 白夜の声は、異様なほど静かだった。


「最初に裂けるのは、あの娘ではなく、幽さまの“席”の方ですわ」

「俺の”席”……? どういうことだ?」

「幽さまを”覚えて”いるもの――。たとえば、スマホとやらの記録、学校の定義、近しい者の認識――この部屋に繋がっている“月代幽”の痕跡が、まとめて吹き飛ぶ可能性が高い、ということですわ」


 幽の喉が、ひゅっと鳴る。


「……そんな」

「ですから、今は駄目ですの」


 そのときだった。

 銀色の睫毛が、ぴくりと震えた。

 パキ、パキ、と硬質な音が部屋に響く。

 首の断面から、白いノイズの糸が溢れ出す。

 それは空中で何重にも絡み合い、肩を、胸を、腕を、指先を編み上げていく。

 まるで、最初からそこにそう在るはずだった身体を、世界の側が思い出していくみたいに。

 やがて「受肉」したそれは、幽と全く同じ顔をした、銀髪の少女だった。

 少女は幽のベッドの上に、もう一人の“主”みたいに優雅に腰を下ろす。


「はじめまして、オリジナル」


 声まで似ていた。

 いや、違うはずなのに、同じに聞こえた。

 幽の声から、迷いと躊躇と、ためらいと、失敗の痕跡だけを削ぎ落としたような声だった。


「私は銀嶺(しろがね)。プロトコル・アヤカシによって算出された、完全なる『月代幽』です」

「完全なる……俺?」

「はい」


 銀嶺は微笑む。

 だが、そこには人間らしい揺らぎが一切ない。


「君は、バグの多い試作データ。私は、君の黄金比(ポテンシャル)を最大化した最適解。……もう、君が苦しむ必要はありません。君の役割は、私がすべて引き継ぎました」


 銀嶺は机の上のスマホへ指を伸ばした。


「あ、おい……!」


 幽が駆け寄ろうとした瞬間、床の幾何学模様が脈打った。青白い線が蛇のように走り、幽の足元をかすめる。

 反射的に足が止まる。

 スマホの画面が点灯する。銀嶺の指先にだけ従うように。


「SNSアカウント、削除。メール履歴、全消去。不要な思い出(ログ)を整理します」


 幽が奪い返そうとしても、画面はその指を拒んだ。


『UNAUTHORIZED』


 赤い警告が点滅する。


「……っ」

「幽くん……私のスマホから、幽くんの名前が……!」


 琴子が震える手で画面を見せてきた。連絡先から『月代幽』の文字が消え、ただの番号へと変わっていく。


「オリジナル。世界に君の席は、もうどこにもありません」


 銀嶺は、感情のない微笑を向けた。


「君が失敗するたびに、白夜さんは誰かの寿命を二〇年奪って世界を直す。……それは非効率で、残酷なことですわ。でも、私は違います」

「それは……それは、俺が止める! そう誓ったんだ!」

「あはは」


 銀嶺は少しだけ首を傾げた。


「もう奪われてしまった人にも、そう言ってあげたらどうです?」


 その言葉が、幽の胸に深く刺さる。学食での会話を……こいつは知っている。


「私は誰も殺さない。私は君の『成功した未来』。君の『失敗するはずだった未来』を削り、世界に『成功した未来』を与えるだけ。黄金比の『首』があれば、それができる」


 銀嶺が立ち上がる。

 その瞬間、部屋の中の光の比率まで、わずかに整った気がした。


「ねえ、どちらが君の言う『正義』に近いのかな?」

「……っ、それは……!」

「答えは明白です。――君は、もう不要なのだから」


 銀嶺はドアへ向かう。

 琴子の指先が呪符を握りしめる。白夜の扇子が、再びそれを止めた。


「まだですわ」

「っ……!」

「今ここでやれば、あの娘だけでは済みませんの」


 白夜の瞳が、氷のように細められる。


「行かせなさい。いま無理に壊すより、定義し終わる前に外で狩る方が、まだ損が少ない」


 銀嶺は振り返らなかった。


「学校のメインサーバーに私の『定義』を積層すれば、すべては終わります。朝になれば、全員が“正しい月代幽”を思い出しますわ。……非効率な記憶は、上書きされるのが幸せですから」


 銀嶺がドアを開く。

 廊下のセンサーライトが、幽を無視して、彼女のためだけに明るく灯った。

 その背中が夜に溶けるまで、誰も一歩も動けなかった。


 彼女が通った跡には、あのQRコードの残像が、アスファルトに青白く焼き付いている。

 幽は、震える自分の手を見つめた。

(俺がいなくなれば、白夜も誰かの寿命を奪わなくて済むのかもしれない。銀嶺が俺になれば、誰も不幸にならない「正解」の毎日が始まるのかもしれない。)

 

 けれど。


「……冗談じゃない」


 幽の視界に、ふと3Dプリンタから出力されたゴミが映った。


  ○


 幽は、昔から後悔ばかりの人生だった。

 いわゆる「どんくさい」タイプの少年だった。


 中学一年生の頃、琴子が上級生に絡まれていたことがあった。

 歯に衣を着せない琴子は、いじめをしていた上級生が許せなかったのだ。

 まあ「そんな」ことを普段している連中は、当然琴子の正論も受け入れるわけがない。

 多勢を頼みに、琴子を取り囲んで謝らせようとしていたわけだ。

 当然のように、琴子が謝るわけがない。自分は間違っていないからだ。


 しかし、そこへ通りがかった幽は震え上がった。

 「琴子が上級生に絡まれている」という事実。

 なんとかしなければ、と思うけれど足が動かない。

 でも、このままでは琴子が酷い目に遭うかもしれない。


「やめろぉっ!」


 大声を出せば、勢いになる。勢いがあれば、身体も動く。

 そのまま琴子と上級生の間に割り込んだ。はずだった。


「んわわわわああああああっ!」


 ちょうど琴子たちの真ん中で盛大にすっ転んで、顔面を強打!

 幽は夥しい量の鼻血を流し始めた。


「お、おい……お前、大丈夫かよ……?」


 上級生も心配して思わず声を掛ける。

 そこへ、幽が怪我をしたせいで怒り心頭、怒髪天を突いた状態の琴子が追い討ちを掛けた。


「そもそもアンタたちがつまんないことしてるから、幽くんがこんなことになっちゃったんでしょ! 今すぐここから消えないと、アンタたちが幽くん殴ったってことにしてもいいんだからね!? ……それとも、今すぐ私が消してあげてもいいんだけど?」


 琴子の気魄に、上級生たちは奇声を上げながらその場から一目散に逃げて行った。


「はあ……幽くん、大丈夫? 無茶しないでよ、私だったら大丈夫だったのに」

「だってさ……琴子って結構転んだりするだろ? 俺、心配でさ」

「それでアンタが転んでたら世話ないでしょおおおおおおお!」

「でも……心配だったんだ。俺、昔から琴子に世話にばかりなってる。いつも返さないと、って思ってるんだ。だって琴子のこと大切だからさ」

「た、大切ッ!? わ、私のことを!? ほ、ホントにッ!?」

「ああ。本当だ。大切な大切な……唯一無二の友達だと思ってるよ」


 その後、琴子のパンチが幽の顔面を打ち抜き、せっかく止まりかけた鼻血がまた噴き出したのだった。


  ○

 

 ……そうだ。

 あの時、鼻の奥が焼けるほど痛かった。

 それでも俺は、琴子の前に出た。

 その痛みも、琴子の拳も、銀嶺の言う「最適解」には入ってない。

 だから――俺は、ここにいる。


  ○

 

 幽は、机の下に落ちていた、3Dプリンタの失敗作(ゴミ)を握りしめた。

 ズレた樹脂の角が、掌に食い込む。

 積層がズレて、何かも分からない樹脂の塊。

 でも、これは幽が、「自分の頭」で考えて、「自分の手」で作った「失敗」だ。

 買った呪符や伸縮呪棍とともにポケットに詰め込む。


「俺は……失敗ばっかりで、誰かの寿命を背負わされるようなダメな奴だし、琴子のことを守れなくて、怒られてばっかりだよ!」


 幽は、泣きそうな顔をしている琴子の顔をチラリと見たあと、すぐに――銀嶺が消えたドアの方へ向き直した。

 

「……でも、この情けない毎日と大切な思い出は、俺だけのものだ! それを『なかったこと』にされて、たまるか!」


 幽が顔を上げると、白夜が不敵に、そして初めて「本気」の殺意を宿した瞳で笑っていた。

 琴子は、涙を塞きかねる顔で幽を見つめている。


「ふふ、よく仰いましたわ。わたくしが選んだ『首』を、あんな無機質なデータで上書きさせるなんて……わたくしの矜持が許しませんもの」


 白夜は明らかに、怒っている。自分の獲物に手を出されたからなのか、それとも別の理由か。


「……追いましょうか、幽さま」


 琴子も、涙を拭い、漆黒に染まった『朱音』をジャラリと鳴らした。


「……白夜。アンタのことは大嫌いだけど、あいつはもっと嫌い。幽くん、行こ。アンタの“非効率な”居場所、私が守ってあげるんだから!」


 夜の街。学校へと続く、長く暗い坂道。

 幽と、寿命を削る幼馴染。そして、世界を壊す妖怪姫。


「ふふ、共闘デートですわね、幽さま。……あ、でも、あまり多用させないでくださいまし? わたくしの寿命、もったいないですもの」

「減るのは白夜の寿命だけじゃないだろ! 使わせないさ……行くぞ!」


 背後では、街中のデジタル時計が、月曜日の朝に向けて無機質なカウントダウンを刻み始めていた。

 

 遠く、深夜の学校の屋上で、銀嶺が冷たく街を見下ろしている。


「見て、オリジナル。……不幸な君なんて、もうどこにも必要ないでしょう?」


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