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『3Dプリンタから生まれた妖怪姫は世界を壊したい』  作者: 矢行宮 重彦


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第8章:『そして、神は星を名乗る』(中編)

 刃の内側から、無数の赤い脚が覗いた。

 朱音は、もう剣ではなかった。

 いや、剣の形はしている。

 琴子の手の中にあるのは、たしかに赤い蛇腹の刃だ。

 けれど、その節と節の隙間から、細い脚のようなものが、ぎちぎちと蠢いている。


 一本。

 十本。

 百本。


 赤黒く濡れた小さな脚が、鞘の内側から、琴子の手首へ、腕へ、肩へ、神経を確かめるように這い上がってくる。


「……っ」


 琴子は歯を食いしばった。

 痛い。

 斬られた痛みではない。

 噛まれている。

 朱音が、琴子の内側を噛んでいる。

 血ではない。

 肉でもない。

 もっと奥にあるもの。

 幽くんを守りたい。

 幽くんを渡したくない。

 幽くんに知らない場所へ行ってほしくない。

 その、喉の奥に引っかかったまま吐き出せなかった感情を、朱音が一本ずつ味見している。


『甘い』


 声がした。

 耳からではない。

 手首から。

 骨の内側から。

 赤い刃の節と節の隙間から。


『実に甘い。東雲の娘よ。お主の執着は、よく育っておる』

「……勝手に、人の中を覗かないで」

『ならば抜くな』


 朱音が笑った。

 刃が笑う。

 百足が笑う。


『縁を切るとは、縁を喰らうこと。綺麗な守護などと思うておったか? わらわは、お主の綺麗な願いでは動かぬ』


 琴子の手首に残った青白い認証痕が、赤に塗り潰されていく。

 朱知の網が残した印。

 それを朱音が喰っている。

 同時に、琴子の皮膚の下で、何かが削れていく。

 寿命か。

 正気か。

 あるいは、幽へ伸ばしていた自分の縁か。

 分からない。

 でも、分からなくてもいい。

 幽は上にいる。

 白夜と二人で。

 自分の手の届かない場所へ行こうとしている。

 だから今、自分はここを破らなければならない。


「いいわよ」


 琴子は、朱音を握りしめた。


「喰いなさい」

『ほう』

「でも勘違いしないで」


 赤い編み紐が、完全にほどけた。

 束ねていた黒髪が肩へ落ちる。

 その一房が、朱音の赤い脚に絡め取られる。

 琴子は、朱知圭を睨んだ。


「あんた程度に喰い尽くせるほど、私の幽くんへの執着は安くない」


 朱音が歓喜に震えた。


『よい』


 刃が割れる。


『実によいぞ、東雲の娘』


 赤い蛇腹剣が、さらに細かく分かれていく。

 節。

 節。

 節。

 刃だったものに、無数の脚が生える。

 節足動物の硬い音が、広間の床に響いた。


 ギチ。

 ギチ。

 ギチ。


 琴子の右腕から伸びた朱音は、巨大な赤い百足へと変わっていた。

 その胴体は刃でできている。

 その脚は呪符でできている。

 その顎は、縁を噛み切るための呪でできている。

 赤い百足が、青白い蜘蛛の網を睨んだ。


「知らなかった?」


 琴子は、血の滲む唇で笑った。


「蜘蛛は、百足の餌なのよ」


   ○


 朱知圭の表情が、初めて少しだけ変わった。

 怒りではない。

 恐怖でもない。

 観察者の顔だった。

 新しい現象を目の前にした研究者の顔。


「なるほど」


 朱知は、指先に絡めた光ファイバーをゆっくりと引いた。


「縁切りの刃が、縁を喰う捕食器官へ変質したか。面白い。東雲家の退魔具は、思っていたよりずっと原始的だ」

「分析してる余裕、あるんだ?」

「もちろん」


 朱知の背後で、床が波打った。

 青白い光ファイバーが束になり、巨大な蜘蛛の脚へと編み上がっていく。


「捕食者が現れたなら、巣はそれに対応する」


 光の蜘蛛脚が、琴子へ襲いかかった。

 速い。

 さっきまでの比ではない。

 都市の神経そのものが、琴子を異物として排除しようとしている。

 琴子は踏み込んだ。

 赤い百足が、琴子の腕から飛び出す。

 青白い脚と赤い脚が、広間の中央でぶつかった。

 噛み合う。

 絡み合う。

 青い糸を、赤い顎が喰い破る。

 光ファイバーが悲鳴のようなノイズを上げ、黒く焦げて千切れた。


「……!」


 琴子の腕に、激痛が走る。

 喰ったのは朱音だ。

 けれど、喰った分の反動は琴子へ返ってくる。

 朱知の網に蓄積された都市の情報。

 通勤履歴。

 決済記録。

 通学路。

 誰かの位置情報。

 誰かの既読。

 誰かの未読。

 誰かが誰かを待っていた時間。

 それらが、赤い百足を通じて、琴子の神経へ流れ込んでくる。

 重い。

 気持ち悪い。

 人の生活の糸が、あまりにも多すぎる。


「琴子!」


 銀嶺の声が飛ぶ。


「情報流入量、危険域です。朱音が喰っているのは配線だけではありません。都市の接続記録そのものです」

「分かってる……!」

「いいえ。分かっていません。あなたの脳が処理できる量を超えています」

「なら、処理しなければいいでしょ」


 琴子は朱音を引いた。

 赤い百足が、喰い千切った青い網を吐き捨てる。


「私は幽くんのことだけ考えてればいい」

「極端です」

「うるさい」


 朱知が笑った。


「危険なやり方だ。君は街そのものを喰っている。喰いすぎれば、君自身もこの街の網に絡まるよ」

「絡まる前に、噛み切る」

「いいね。実に東雲らしい」


 朱知の声が、少し冷えた。


「だが、君の執着だけで、都市の網を食い切れると思うのかい?」


 広間の壁が割れた。

 そこから、さらに太い光ファイバーが現れる。

 床下からではない。

 天井裏からでもない。

 ビルの柱の中。

 空調ダクト。

 エレベーターシャフト。

 配電盤。

 監視カメラ。

 火災報知器。

 すべてから、青白い糸が吐き出されていく。


「ここはデジタル・モンスタワー」


 朱知の声が、広間中に響く。


「私の身体であり、巣であり、都市へ接続する中枢だ。君が一本喰えば、千本で繋ぎ直す。君が千本喰えば、街全体から補充する」


 青白い糸が、天井に巨大な蜘蛛の腹を形作った。

 それはもう、人間サイズの怪異ではなかった。

 ビルの上層へ伸びる柱の影に、巨大な土蜘蛛の輪郭が浮かんでいる。

 朱知圭という人間の姿は、その蜘蛛の顔に貼られた仮面のようだった。


「東雲琴子」


 朱知は、穏やかに言った。


「君一人の執着で、都市に勝てると思うな」


 琴子は、朱音を構えた。

 腕が震える。

 足が重い。

 朱音は喰えば喰うほど強くなる。

 でも、そのたびに琴子の中から何かが減っていく。

 指先が冷たい。

 呼吸が浅い。

 手首の認証痕は、朱音に喰われて赤く染まったはずなのに、その下でまだ青白く脈打っている。

 朱知がまだ、自分を諦めていない証拠。


「……琴子」


 銀嶺が隣に立った。

 首筋のノイズ亀裂が、先ほどより深くなっている。


「あなた一人では不利です」

「分かってる」

「私も、完全には動けません」

「それも分かってる」

「では、どうしますか」


 琴子は、ほんの少しだけ笑った。


「二人でやるのよ」

「成功確率は」

「言わなくていい」

「推定、五パーセント未満です」

「言うなって言ったでしょ!」

「ですが」


 銀嶺は、幽のTシャツの裾をぎゅっと掴んだ。


「幽なら、実行すると予測します」

「でしょうね」


 琴子は、朱音を持ち上げた。


「ほんと、あの馬鹿に似てきたわね、アンタ」

「肯定評価として記録します」

「違うってば」


 青白い巨大蜘蛛が、天井から降ってくる。

 赤い大百足が、琴子の腕で歓喜に身をよじる。

 銀嶺の瞳に、青白いノイズが走る。


「不完全予測、開始」

「朱音」


 琴子は、低く呼んだ。

 赤い百足が、ぎちりと顎を鳴らす。


「喰い道、作りなさい」

『よかろう』


 朱音が笑った。


『ただし、代金はもらうぞ』


 琴子の左目の奥に、熱が走った。

 視界の端が赤く染まる。


「……っ」

「琴子、左目の血管反応が異常です」

「まだ見えてる」

「それは大丈夫の根拠になりません」

「見えてるうちは大丈夫よ」

「非論理的です」

「人間だもの」


 琴子は床を蹴った。


   ○


 朱知の網は、完璧だった。

 少なくとも、朱知圭自身はそう確信していた。

 都市は複雑だ。

 だから強い。

 道は一つではない。

 一本の回線が切れても、別の回線がある。

 一つのアカウントが消えても、バックアップがある。

 一人の人間が拒絶しても、その周囲の人間、環境、履歴、制度、決済、交通、医療、学校、すべてを通じて再接続できる。

 現代社会において、人間は網から逃げられない。

 それが朱知圭の力だった。

 だが。


「――そこ!」


 琴子の朱音が、網の一本を喰い破った。

 ただの光ファイバーではない。

 迂回路でもない。

 再接続の癖。

 朱知の網が切断された時、最優先で繋ぎ直そうとする中枢回線。

 それを、琴子が噛み切った。


「……なぜ、それが見える」


 朱知の声が、初めて少し低くなった。


「私には見えません」


 銀嶺が言った。


「ですが、外れる予測を重ねることで、朱知圭の再接続パターンにズレを発生させています」

「つまり?」

「琴子が勘で斬っています」

「最悪の説明をありがとう!」


 琴子は叫びながら、朱音をさらに振るう。

 でも、完全な勘ではない。

 朱音が喰っている。

 朱知の網を。

 朱知の癖を。

 どこから繋ぎ直すのか。

 どこに逃げ道を作るのか。

 どこに幽へ向かう線を隠しているのか。

 朱音が喰らい、琴子の腕へ流し込む。

 脳が焼けそうになる。

 吐き気がする。

 左目の奥が痛い。

 でも、見える。

 青白い網の中に、ほんの一瞬だけ赤い筋が浮かぶ。

 そこを喰えば、朱知の網は戻れない。


「朱知圭」


 琴子は、荒い息を吐きながら言った。


「あんた、繋げるのは上手いけど」


 朱音が、大きく顎を開く。


「執着の切れ端までは、隠せないのね」

「執着?」

「あんたも、幽くんにこだわってる」


 朱知の笑みが止まった。


「黄金比の首級。星の御方の器。都市の基準尺。いろんな言い方してるけど」


 琴子は、赤く染まりかけた視界の中で、朱知を睨んだ。


「結局、あんたも幽くんを欲しがってるだけじゃない」


 青白い蜘蛛の腹が、ぎしりと軋んだ。


「……研究対象への関心だよ」

「へえ」


 琴子は笑った。


「じゃあ私のも、幼馴染としての関心ってことでいいわね」

「君のそれは所有欲だ」

「そうよ」


 琴子は即答した。


「縛りたいわよ。悪い?」


 広間の空気が止まる。

 銀嶺でさえ、一瞬だけ琴子を見た。

 琴子は、もうごまかさなかった。


「幽くんには、ずっと私の知ってる場所にいてほしかった。神社と学校と通学路と、私の手が届く範囲に」


 声が震える。

 でも、退かない。


「白夜が来て、銀嶺が来て、あんたたちが来て、幽くんはどんどん遠くへ行く。怖いわよ。嫌よ。追いかけても追いつけない場所に行くなんて、許せない」


 転んで鼻血を出した日の、情けない顔。

 金星の話をして、照れくさそうに笑った横顔。

 黒歴史ノートを抱えて、「これは研究だから」と言い張った、どうしようもなく痛い声。

 そういうくだらないものまで、朱知の網に整理されるのが嫌だった。

 接続先。

 保護対象。

 黄金比の首級。

 基準尺。

 そんな名前で片づけられるのが、どうしても嫌だった。

 朱音が、琴子の腕で静かに鳴いた。

 まるで、その本音を喜ぶように。


「でもね」


 琴子は、朱知を睨む。


「あんたの網で幽くんを縛るくらいなら、私の執着で喰い千切る」


 朱音が、巨大な赤い顎を開いた。


「東雲流」


 琴子の黒髪が、赤い風に巻き上げられる。


「――百足朱音・縁喰い」


 赤い大百足が、天井の巨大蜘蛛へ飛びかかった。


   ○


 それは、戦いというより捕食だった。

 青白い蜘蛛の脚が、赤い百足を串刺しにしようと伸びる。

 朱音は、それを避けない。


 噛む。

 喰う。

 千切る。


 蜘蛛の脚を一本喰い破るたびに、琴子の腕に赤い痣が増える。

 蜘蛛の糸を十本喰い千切るたびに、琴子の視界が赤く滲む。

 百足が喜ぶ。

 琴子の執着を喰い、朱知の網を喰い、都市の神経を喰いながら、どんどん巨大になっていく。


「危険域を超過」


 銀嶺が叫ぶ。


「琴子、これ以上は」

「止めないで!」

「止めません」

「なら黙ってて!」

「それもできません」

「面倒くさいわね!」

「幽に似ました」

「ほんっと最悪!」


 琴子は叫びながら、朱音を振るう。

 朱知の網が、幽へ伸びている。

 上層へ。

 エレベーターへ。

 さらにその先へ。

 金色の光がある場所へ。

 朱知の網は、そこへ直接繋がっているわけではない。

 むしろ、そこから命令を受けている。

 土の網。

 雲の鏡。

 その上にある、星の命令。

 琴子の背筋に、冷たいものが走った。


「……あんたたち」


 琴子は、朱知を睨んだ。


「幽くんを欲しがってるの、あんただけじゃないのね」


 朱知は答えなかった。

 その沈黙だけで十分だった。

 朱音が、さらに奥の網へ噛みつこうとする。

 その瞬間。

 金色の光が、朱音の顎を弾いた。


「――っ!?」


 琴子の腕が跳ね上がる。

 朱音が、初めて怯えたように鳴いた。

 ギチ、と。

 さっきまでの歓喜ではない。

 警戒。

 恐怖。

 琴子の眉間に、冷たい汗が滲む。

 金色の光。

 夜明け前の星に似た光。

 朱知の背後で、一瞬だけ、それが瞬いた。


「そこから先は、君の役目ではない」


 朱知が静かに言った。


「東雲琴子。君はよく食い破った。だが、星の御方の層には届かない」

「星の……御方」

「そうだ」


 朱知の笑みが戻る。


「土は、星を支える。雲は、星を映す。君たちは今、ようやく下から見上げる位置に立っただけだ」

「ふざけないで」


 琴子は朱音を構え直す。


「見上げるだけで終わるわけないでしょ」

「だが、今の君では届かない」


 朱知の網が、再び編み上がる。

 ただし、さっきより明らかに遅い。

 朱音に喰われた回線が、まだ戻っていない。

 土蜘蛛の下層支配は、確かに削れていた。

 琴子は、息を吐いた。

 左目の視界が赤い。

 手首の認証痕は、朱音の赤に塗り潰され、熱を持っている。

 足元がふらつく。

 でも、倒れない。


「銀嶺」

「はい」

「幽くんたちは」

「上昇継続中。エレベーターは、最上層へ到達しつつあります」

「そう」


 なら、いい。

 今はそれでいい。


「朱知圭」


 琴子は、朱音を向けた。


「あんたの網は、全部は切れない」

「賢明な判断だね」

「でも」


 琴子は笑った。


「幽くんへ伸びる道だけは、喰い破った」


 朱音が、赤い顎で最後の一本を噛み切った。

 青白い制御線が、黒く焦げて消える。

 広間全体の照明が、一瞬だけ落ちた。

 同じ瞬間、ビルの外で、同期していた群衆の足並みが乱れた。

 東雲神社の鳥居に絡みついていた青白い糸が、一本だけ焼け落ちる。

 ビルの下層が、悲鳴のようなノイズを上げる。

 朱知の笑みが、ほんのわずかに崩れた。


「……やるね」

「どうも」


 琴子は膝をつきかけた。

 だが、その前に銀嶺が支える。


「身体損耗、危険域です」

「知ってる」

「朱音の使用継続は非推奨です」

「知ってるってば」

「左目が赤くなっています」

「それは……ちょっと嫌ね」


 琴子は軽く笑おうとして、失敗した。

 左目の奥に、朱音の脚がまだ残っているような感覚がある。

 まばたきをしても、赤い線が視界の端を這った。


「戻るの?」

「不明です」

「……そういう時だけ正直なの、ほんとムカつく」

「嘘をつく機能は、まだ未実装です」


 それでも、銀嶺は倒れなかった。

 琴子も、朱音を下ろさなかった。

 朱音はまだ腕の中で蠢いている。

 赤い百足は、満足していない。

 もっと喰わせろと、琴子の内側を噛んでいる。

 けれど琴子は、それを押さえ込んだ。


「今日はここまで」

『足りぬ』

「黙りなさい」

『まだ喰える』

「黙れって言ってるの」


 琴子の声が低くなる。


「幽くんを追いかける力まで喰わせる気はないわ」


 朱音が、不満そうに鳴いた。

 だが、従った。

 赤い大百足は、ゆっくりと刃の形へ戻っていく。

 完全ではない。

 節の隙間にはまだ、細い脚が残っている。

 もう、ただの剣には戻らない。

 琴子もまた、もう以前の琴子には戻れない。

 けれど、それでいい。

 幽を守るという言葉の中に、自分の醜い執着が混じっていることを、琴子はもう知っている。

 知ったうえで、持っていく。

 自分のものとして。


   ○


 下層のディスプレイが、一斉にノイズを走らせた。

 その向こうで、サニーが不機嫌そうに頬を膨らませる。


「もー、琴子ちゃん派手すぎ。画面映えはするけど、赤が強すぎてサニーちゃんのトーン設計崩れるんだけど」

「知るか」


 琴子が吐き捨てる。

 サニーは、ひびの入ったスマホをくるりと回した。


「でも、いいね。執着系幼馴染が百足覚醒。バズりそう」

「黙れ、鏡女」

「こわーい」


 銀嶺が、サニーを見る。

 その瞳に、青白いノイズが走った。


「次は、あなたです」

「へえ」


 サニーの笑みが、ほんの少しだけ冷える。


「スペアちゃんが、サニーちゃんを編集できるつもり?」

「いいえ」


 銀嶺は、自分が着ている幽のTシャツの裾を握った。


「あなたが、私を編集できないことを証明します」


 サニーのスマホ画面が、一斉に光った。

 割れたディスプレイが、再び鏡として立ち上がる。

 朱知は、少しだけ後ろへ下がった。


「サニー」

「分かってるって」


 サニーは笑った。


「次は、アタシの番ね」


 その時。

 ビルの最上層へ向かうエレベーターから、低い音が響いた。

 ごん。

 琴子が顔を上げる。

 銀嶺も、朱知も、サニーも。

 一瞬だけ、全員が上を見た。

 金色の光が、割れたディスプレイの奥で瞬いた。

 土でもない。

 雲でもない。

 もっと遠く、もっと高く、もっと冷たいもの。

 朱知が、静かに目を伏せた。


「……星の御方は、お待ちだ」


 琴子は、歯を食いしばった。


「幽くん」


 声は届かない。

 でも、命令するように言った。


「ちゃんと、帰ってきなさいよ」


 上層へ向かう道は開いた。

 朱知の網は喰い破った。

 けれど、星はまだ、幽を見ている。


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