それだけ
『六花彩湯国』の王都の『水仙』。
「ああすっきりした。はは。全身全霊で闘える相手が居るっていいね。血肉湧き踊った湧き踊った。でも。流石は勇者一行の武闘家。じゃなくて、魔法使い。まさか三発で倒されるなんて。重かったなあ。拳。すごいよすごい。人間ってあんなに強くなるんだ。私。もっともっともっと修行を頑張って、今度はもっと闘えるようにするんだ」
「僧侶様が居なかったら、私も雪花も確実に死んでいたと思うけど」
「それは困る。私はあんたと一緒に銀色の彼岸花を調べて、あんたのじいちゃんを起こして、あんたのじいちゃんの友達を呼び戻さないといけないんだから」
「雪花。ごめん」
「いいよ。謝らなくて。言ってたじゃん。あのエルフが。魔王に操られてたんでしょ。なら、何も言わずに姿を消してもしょうがないっての」
「私が弱いから魔王に操られて。あろう事か、勇者様に攻撃した」
「うん。七愛は弱い。私も弱い。だから、頑張ろう」
「雪花は強いよ。私なんかよりよっぽど」
「そう思っている限りはずっと弱いまま」
「うん」
「一緒にさ。強くなろうよ」
「………一緒に。じゃ。ない」
水仙畑で雪花と横に並んで寝転んでいた七愛。声の道が熱石で急激に狭められたかのように、声が出にくくなったが、声を出す事を止めようとはしなかった。
ずっと、ずっとずっと、言いたかった。
認めたかった。
認めてほしかった。
劣等感を。
「追いつくからさ。絶対に。だからさ。先を走っていて。立ち止まらないで。私の元に戻ってこないで。私に合わせないで。相棒だからって。一緒に歩く必要はないんだ」
「七愛」
雪花は一度口を閉ざしたのち、少しの間考えて、やおら口を開いた。
「私が一緒に歩くの、嫌だったのか?」
「………ああ」
「一緒に歩くのが嫌だから、私は先に走ってろって?」
「ああ」
「ふ~ん。私が七愛の背中を押して走るのはだめなのか?」
「………私はすぐにへばるよ」
「へばったら、置いて行く。七愛の言うように、前を走るよ。前を走って、七愛の元に戻って、また背中を押して走って。前を走る。七愛が私に追いついたと思うまで、何度も何度も繰り返す。繰り返したい。でも。七愛は何度も繰り返すのは嫌だろう? だから、一度だけ」
「ごめん。雪花」
「謝るな」
(何で七愛が私の方が先を走れるって考えているのか。そもそも先を走るってどういう意味なのか。なんとなくしか分からないけど。じいちゃんを未だに起こせなくて。七愛は自分はだめだって思い込んでるんだろうな)
エルフの理瑚が七愛だけではなく、雪花にも教えてくれた言葉が脳裏に浮かぶ。
(私に対して劣等感を抱いているって言われてもなあ。私には、よく分からない。私はただ、七愛の力になりたいだけなのに。それだけなのに)
「雪花」
「何だ?」
「もう少ししたら、野天風呂に行かないか? 全部をふにゃけさせたい」
「ああ!」
(2025.1.17)




