その16 彼女は使います。
「三人とも、ちょっと来なさい」
チャイムが鳴って、ようやく怒涛の五時限目が終了した。
意外な気さくさを披露した浦和先生は、そんなことなど忘れたかのように、またしかめっ面に戻り廊下に向かってしまった。うーん、さっきまでの方が絶対いいと思うのにな。
と、教室を出る手前で立ち止まり、突然ワタシ達を声を掛けてきた。
やっぱり小言系かしら?
「そんな顔をするな。別に説教するとかそんなつもりではい。ただな、さっき言った……、ほら、ラノベ風タイトル。あれを改題させてもらおうと思ってな」
うん、これは芳樹君ね。本当、すぐ顔に出るんだから。多分ワタシもだろうけれど。
「はぁ?」
「いや、国語教師たる者、生徒の発言に便乗してタイトルを付けるなどあるまじき行為だと反省してな」
「それ気にするところっすか?」
「私にとっては大事なことだ」
常盤さんのネーミングは絶妙だったし、そのままでもいいとは思うけれど、先生にも現文教師としての矜持があるということだろう。
「先生? あれはあれで面白かったです」
「ワタシもそう思いますー。だって笑っちゃいましたもん」
芳樹君のことを表現するに「青春こじらせ残念野郎」ほど的確かつ簡潔なものはないと思う。もし、これを先輩が聞いていたら、絶対「イッヒッヒッヒ!」と腹を抱えていただろう。
「そうか、ありがとう。しかしな……。そうだ、君達、夏目漱石の「吾輩は猫である」は知っているだろう?」
「なんすか、いきなり?」
あれ、何だろう、話の振り方が先輩っぽい。いきなり明後日に行ってから、こっちが戸惑う隙に今日に戻るパターン。
「漱石は、最初「猫伝」にするか「吾輩は猫である」にするか迷っていたらしい。で、交流のあった高浜虚子の進言もあって後者にした。大ヒットしたのはそのタイトルの面白さにも大きな要因があるといっていいだろう。つまり、タイトルがいかに重要かということだ」
「いや、別にオレ、そんな大ヒット狙ってないっす」
そこは大風呂敷広げてもいいと思うんだけどなぁ。ビッグになろうよ。
「そこでだ、思い切ってタイトルを変えてみた」
心なしか声のトーンが上がる先生。
「はぁ、じゃあとりあえず聞かせてください」
「ワタシも聞きたいです」
「私も私もー」
ワタシ達の言葉に気を良くしたのか満足そうに眼を細め、それこそ高校生のような笑顔で先生はこう言ったのだった。
「魔女の使い魔だったボクが、天使二人に告白されて付き合うことになりました」
え?
……。
……。
えぇぇっ? 魔女って……。
「なっ、先生、高橋先輩のこと知ってるんすか?」
芳樹君の驚きは、そのままワタシ達のものでもあった。思わずワタシも質問しようとしたけれど、先生の打ち切り宣言がそれに先んじた。
「おっと、次の授業が準備があるからここまでだ。また後でな」
そして先生は一瞬……、そう、それはまるで先輩が芳樹君を見るような、そんな優しい視線を向け口元を緩めるとそのまま去ってしまったのだった。
動転、仰天……。
先生のことを石部金吉(泉美に教えてもらった言葉)と思っていたけれど、今日は全然違う。もしかしたら、これが本当の先生なのかな?
とっつきにくいと思って敬遠していたのが今更ながらにもったいない。
しかも、あれはどう見ても先輩のことを知っているわよね。現文教師だし「図書室の魔女」と何かしらの繋がりがあってもおかしくはないけれど、うーん、気にかかる。
それにしても、凄いわ、先生。
「使い魔は酷いよな。そう思わね?」
思わぬ相手から思わぬ一撃をくらって、ちょっと呆然としていた芳樹君だったけれど、ようやく我に返ったようだ。そして説得力皆無なことを言いつつ振り向いた。
「えっ、どこが? どう考えてもそのものじゃない」
「さすが先生だねー。よく分かっていると思うよー」
何を言っているのかしらね。青春こじらせ残念野郎もなかなかだと思ったけれど、これは別格。
魔女の使い魔。芳樹君という男子を文字に変換したら、絶対第一候補であがってくるわ。本人は絶対認めないでしょうけれど。
なのでそっぽを向いて不同意のスルー。
「今のって、たぶんワタシ達のこと認めてくれたってことだよね」
「担任のお墨付きだねー。やったねー」
そう、教室の中心で愛を叫んだ先輩にならって決行した告白作戦。本当は人前に出ることが得意じゃなくて膝も少し震えていた。でも、みんなの助けもあって思っていた以上の結果になった。
さっきまでは、お祭り気分が続いていて実感が薄かったのだけれど、先生が言ったタイトルで急に染み入ってきた。
そうか、付き合うことになったんだ。ようやく想いが届いたんだ。
いざ望みが叶うと、いろいろなことが頭の中を巡って考えがまとまらない。
これは泉美も同じだったようで、目がうるみ始めている。それを見て胸がさらに熱くなる。ワタシ達はお互い声を掛けることなく手を握り額を合わせた。
「ん、どしたん?」
今ワタシ達がどんな気持ちでいるかなんて、きっとわからないだろう。でもそれでいい。その鈍さが芳樹君だしね。
ワタシの目もうるんできた。ダメよね、こんなところで泣いては。ああ、でも止まらない。
その時ふっと泉美の手から力が抜けた。それにつられてワタシも頭を離し、体の向きを変える。視界がにじんでいるけれど、構わず顔を上げる。たまっていた涙が零れ落ち頬を伝った。
泉美の頬にも一筋光る涙の線。
これには相当驚いたようだ。ギョッとした顔って言うのかな。
「ううん、ごめんね。何だか今頃込み上げて来ちゃってね」
「私もー。感極まったって言うのかなー」
嬉し涙だったけれど、これもある意味女の武器? 使うつもりなんてさらさらなかったのだけれど、自然に出てきてしまったのだから、うん、仕方ないよね。
芳樹君はというと、まあオロオロアセアセとキョドりっぷりがハンパない。それを見ていたら逆に一気に落ち着いた。
そしてワタシは素直な気持ちを込めて頭を下げる。
「不束者ですがよろしくお願いします」
「愛し、敬い、慈しむことを誓います」
単なる締めくくりのつもりだった。
ただ、泉美のセリフを聞いて、ワタシの中でムクムクと首をもたげてきたイタズラ心。
泉美はと横目で見やれば……、うわっ、何その口元。ちょっとちょっと、まさか最初からそのつもりで? 機転利き過ぎでしょ。
悔しいけれど、こういうところでは泉美には敵わない。
くっ、淑やかに三つ指つく姿をイメージしたのが失敗だった。ちょっと待ってよ、泉美。ワタシもウエディングドレスに着替えるから。
チャペル、鐘、十字架、牧師さん。頭の中でイメージを切り替える。よし!
「あ、うん。これからもよろしく」
ちょっと間の抜けた返事が芳樹君らしい。キザなセリフは似合わないしね。
あ、でも言質は取ったわよ。
そしてワタシ達は愛情を込めてニッコリ。頭の中では自らベールアップ。
「「じゃあ……」」
自分で言ってちょっとビックリ。これって先輩お得意のフレーズ。なんだかんだでワタシ達って魔女に近づいている?
このセリフに過敏な反応を示す芳樹君。気持ちはわからないでもない。この言葉の後にいつもとんでもない目に遭っていたしね。
でも、先輩みたいにひねくれていないから安心して。そのまま直球勝負するから逃げないでね。誓約の儀式なんだから最後までやらないとでしょ。
ワタシは左へ泉美は右へ。教室ということもあるし、とりあえずほっぺにしておこう。ただ目を瞑るから方向を誤ることもあり得るのよね。その時は……まぁちょっとした事故ということで。
そしてワタシは泉美とともに芳樹君の胸に飛びこんで事故狙い。さあ!
「「誓いのキスを!」」




