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図書室と先輩~ネオ!~  作者: にま
彼の疾走、彼女の追走
91/102

その11 彼は一択です。

 あんの性悪魔女がぁー! 

 オレは三回目にしてとうとうキレた。


「まったく何なんだ、あの人はっ!」


 別に悪意を持っての言葉ではない。ないが……、そう言わずにはいられない。


「そんな言い方は失礼でしょ。先輩にだって事情があるんだろうし」

「そうだよー。勝手に会いに来ているのはこっちなんだからー」


 分かってる、分かっているんだ、そんなことは。

 でもさ、一昨日、昨日は昼前に早退。今日は遅刻か休みって……、絶対何かおかしいだろぉー!


 

 望外なプレゼントを貰った翌日、オレ達三人は一致団結? 礼を述べるべく昼休みに訪問したのだが、その時にはすでに先輩は早退した後だった。

 次の日、つまり昨日、少し早めに行ったにもかかわらず、またしても早退したと同級生の人から報告を受け、二回目の空振りを喫してしまった。

 そして今日、昼休みではなく朝一番に突撃してやろうじゃないかというオレの発案に、映子も泉美も同意してくれて三回目の訪問。

 しかし始業時間ぎりぎりまで待っていたのだが、結局先輩は姿を現さずまさしく三者三振。スリーアウトだ。

 肩を落としつつ教室に向かうオレを二人が慰めてくる。

 

「ほら、先輩だって受験生なんだし、きっといろいろあるのよ」

「ちょっと忙しいだけだよー。そのうちふらっとウチのクラスに顔出すかもよー」


 二人の言うことは分かる。でもここまで来ると避けられているんじゃないかとさえ思う。気分はもうゲームセット。

 落胆と心配は反転して攻撃的になる。ほとんど八つ当たりなのだが、文句の一つも言ってやらなければ気が済まない。

 だがそんなガキ過ぎるオレの様子を察したのか、二人はさっさと話題を変えた。


「ねえ、そう言えば先輩ってどこの大学行くのかな?」

「先輩だったらどこでも大丈夫そうだけどねー」


 いない人にいないことを責めたところで意味はなし。そう言っているのだろう。

 たしかにな。このままだと二人の機嫌を損ねることにもなりかねない。何しろ視線が微妙に痛い。ここは話を合わせたほうが良さそうだ。

 大学か……。そのキーワードでオレはある日の会話を思い出す。


 あれは夏休み前。予備校の夏季講習やら夏季合宿のDMがポストに舞い込むようになり、そういえばと目の前の三年生に進路についてつい聞いてしまったのだ。


「ウチの学校って進学率もかなり高いっすよね」

「そうね。9割は大学かな」

「先輩はどこに行きたいんすか?」

「そうね。慶応あたりもいいかな」

「えっ、先輩ってそんなに頭良かったんすか?」

「言ってみただけよ。私おバカだし」

「そうっすね」

「否定しなさいよ」

「自分で言ったんじゃないすか」

「まあいいわ。じゃあ明治にしておこうかしら」

「ああ、マーチなら納得っす」

「大正も捨てがたいし」

「大正?」

「昭和も面白いのよね」

「……」

「平成は私には合わないかな」

「先輩、どの時代に行きたいのかなんて聞いていないっす」


 この話を披露すると二人は腹を抱えて笑い出し、あやうくホームルームに遅刻しそうになってしまった。

 結局三人で話し合った結果、先輩のところへ行くのはもう止めることにした。有難い気遣いを無駄にせず部活に励む。それが一致した意見だったからだ。

 先輩の事情がどうあれ、落ち着けばまた図書室にも行くようになるだろう。頃合いを見計らって会いに行けばいいさ。それまでは自分たちのことに頑張るとしますかね。

 とは言うものの……。 


 

「先生、高橋先輩の早退の理由って聞いてます?」


 放課後、結局オレは図書室に関先生を訪ねていた。舌の根も乾かぬうちに、しかも二人には内緒で。だがこれが悪かったのか、オレはものの見事に地雷を踏んだ。


「聞いてはいるけれど、でも寺山君がそれを知ってどうするの?」


 険しい顔とい厳しい口調。いきなりの叱責モードに面食らう。


「どうするって……。あのプレゼント貰ったんすけど、お礼が言えてないんで気になっているんすよ。で、先生なら知っているんじゃないかと思って……」


「高橋さんは君達に何て言っていたの?」


 眉間の皺を隠すことなく睨んでくる。この時点でオレは足が竦んで動けない。


「早く帰らなくちゃならなくなった、としか聞いてないっす……」


「じゃあそれでいいでしょ。高橋さんには高橋さんの事情があるのよ。君たちがそれを知ったところで、その事情に変化が生じるわけではないのだから」


 言われてみればまさにその通り。反論の余地はなし。


「そりゃそうっすけど」  


「分かったらさっさと部活に行きなさい。ああ、当番もしばらくはいいわ。せっかく入った部活なんだから頑張りなさい」


 そうしてオレは図書室から追い出された。這う這うの体で逃げ出したというのが正解かも知れない。

 何だろう、ここまで怒られるほどのことだったか? 釈然としないまま部活に向かったのだが、このこともまたずっと気になることとして、澱のように心の奥底にたまったのだった。


 

  


「家庭の事情だったら、先生としてはおいそれと話す訳にもいかないし、しょうがないんじゃない?」

「私もそう思うー。先輩だって知られたくないだろうしー」


 昼休み。コンビニパンを食べながら関先生に冷たくあしらわれた件を話すと、二人はそろってオレの短慮ぶりを責め立ててきた。


「というか、何で一人で行くのかしら。言ってくれればワタシ達も一緒に行ったのに。そうしたら少しは優しく怒られたんじゃない?」

「そうだねー、一緒に怒られてあげたかったよー」


 怒られるのは変わらないのか。でもな、あの怖さったらなかったぞ。オレ、ちびりそうだったんだからな。


「先輩にはねー、私も映子ちゃんも聞きたいこと話したいことがいっぱいあるんだー。でもここは待つしかないと思ってるー。不安になるのも分かるけどねー」


 突然の指摘にオレは正直驚いた。


「不安? いやいや、オレは別に……」


 だが映子が即座に遮り泉美の側につく。


「あのね、誤魔化しても無駄。見ていれば分かるんだから、変に強がらなくてもいいわ」 


「いや、だから……」

 

 強がっているつもりはない。だが次の言葉にオレは敢え無く陥落した。


「もう会えないかもって思ったんでしょ」


 えっ? 

 二人が真っすぐにオレを見てくる。優しそうで、それでいて怖そうな強い光が瞳に浮いている。

 完全に見透かされていた。心臓を鷲掴みにされている気分。こっちの態度如何では潰されるような気がする。

 はぁ……。女の子ってやっぱり怖い。

 

「まいりました、その通りです」


 そう、礼をしたかったのは嘘じゃないけど、それ以上に顔を見て安心したかったんだ。会いに行っていたのはそれが一番の理由だった。でもこんなこと、とてもじゃないが口には出せないじゃないか。

 

「「ふむ、素直でよろしい」」


 そこでハモらずとも。


「ねえ、先輩のことは考えるなって言っても無理でしょうけれど、出来ればね、今あなたの目の前にいるワタシ達のことも考えて欲しいの」

「私達のことをちゃんと見てー」


「そんなこと言われてもな、いつも考えているし、いつも見ているつもりなんだが?」

  

 だが二人にとって、その答えは満足できるものではなかったらしい。何かを諦めたようにそろって首を振ったからだ。


「ねえ、聞いて」


 映子の言葉に何故か泉美まで居ずまいを正した。

 あれ、声のトーンがさっきと違う。ええっと、これは怒られるパターンか?

 そしてそのまま映子がオレに視線をぶつけてきた。うぅ、目力強い。

 ここ三日騙して付き合わせたようなものだからなぁ。やっぱり怒っているんだろうなぁ。あーあー、何言われるんだろ。ちょっと凹みそう。逃げたいなぁ。でも無理だよなぁ。

 いや自業自得だ。ここは大人しくジャッジを待とう。

 そして少し渇いた唇を湿らせるようにした後、一度大きく深呼吸した映子が口にした言葉は……。

 

「ワタシ、芳樹君のことが好き。これからも一緒にいたい。だから付き合ってほしいの」


 ……。

 ……。

 ……。

 へっ?

 言葉は聞き取れた。ただその意味だけが頭の外に浮いている感じ。


「じゃあ今度は私だねー」


 頭の整理が追い付く前に今度は泉美が名乗りを上げた。


「寺山芳樹君、私もあなたのことがずっと好きでした。今もこれからも。だから私を芳樹君の彼女にしてください」


 泉美がそこで一度頭を下げる。そして再度上げた顔は少し紅潮していて、それでも目は真っすぐにオレを捉えていた。

 突然の告白劇に周囲からはけたたましい歓声が上がる。

 な、何だぁ!

 いや、嫌われてはいないだろうとは思っていたよ。仲がいいほうだともさ。もしかしたらとかあわよくばって気持ちもそりゃあったさ。でも、イジリの延長線上だろうなと思っていたのも事実だったから、こんな展開は予想していなかった。しかも二人同時にって……。

 はっ、これはあれか、ドッキリか? 告白されて舞い上がった男子をウッソピョーンってみんなで嗤い者にするほぼイジメの残酷ゲーム。

 いやいや、二人はそんなことは絶対しない。

 じゃあ……。

 ダメだ、脳が処理し切れない。その中で思い浮かんだ一つのフレーズ。

「教室の中心で愛を叫んだけもの」

 そうだ、上級生の教室に乗り込んで告白をしたとんでも魔女がいたっけ。ただここは教室の端っこだけどな、などとつい呆けていると背後から誰かのけしかけるような声がした。


「寺山、返事はどうした!」


 おい、田島。何でお前がここにいる。学食に行ったはずだろう。


「そうよ、寺山君。女の子が勇気を出して告白しているのに、黙りこくったままっていうのは男らしくないわよ」


 中尾ぉ! お前もだ。しかもそのキラキラお目目は何だぁ!

 ……。

 ちょっと待て、待ってくれ。いきなり返事をしろと言われてもだな、こんな状況でオレにどうしろと?

 突然の展開に唖然呆然。だが周囲はさらに圧力を増してくる。

「返事!」「返事!」「返事!」

 返事コールが容赦なく教室にこだまする。

 何だこれ? ほぼパニック状態で、誰かに助けを求めるように周囲を見回す。と、オレはあることに気付いた。

 あれっ?

 いつも学食に行っているはずの女子達もいる。ってかクラスの女子ほぼ全員いるじゃん。しかも何、他のクラスの女子も数人いるんだけど。

 どうなってんだ、これ!


「はーい、アテンショーン!」 


 キャパが崩壊しそうになった時、泉美が手を鳴らして教壇に立った。


「みんなー、お騒がせしている身で恐縮なんだけどー、ちょっと静かにしてくれるー」


 そして続いた映子が教壇に両手を付いた。そしてコホンとわざとらしい咳ばらいをすると、ざわつきがさめやらない教室内を見回しよく通る声でこう言ってのけた。


「せっかくの昼休みにごめんね。えーと、今見た通りワタシ達は芳樹君に告白しました。でもすぐ返事を貰おうとは思っていないの。しばらくは泉美と争奪戦を繰り広げていくことになると思う。それでいつか決めてもらえればってね。そこで特に女子にお願い。もし、参戦する意思があるのなら今すぐ申し出て欲しいの。へんなしこりを残したくないしね。どうかな、誰かいる?」


 いきなり何を言ってやがる。そんな変わり者いるわけないだろ! 自慢じゃないが、オレはモテキャラとは程遠い存在だぞ。

 これは二人を変わり者と言っているに等しいんだが……、うん、間違ってはいないな。

 でも本気なのか、さっきの?

 と、そこで誰かが動いた。その気配に振り向くとなんと中尾がキラキラお目目をそのままに手を上げていた。


「私もさぁ、ちょっといいかなって思い始めていたんだけど、二人を相手にするのはしんどそうだから降りるわ」


 絶対嘘だ。お前は賑やかしが目的だろぉっ! だいたいそのわざとらしいウインクは何だぁ! ……可愛いから許すけど。

 するとクラスの女子たちが次々に頷き始め、離脱の意思を表明し始めた。


「そうね。新開さんと大原さん相手じゃ分が悪そう」

「残念。私もちょっと狙ってたんだけどなぁ」

「争いごと苦手だし、観戦に回るかな」

「勝負の行方、見届けないとね」


 うわぁ、完全出来レースじゃん。

 そうか、何か今日はいつにもまして女子連中からチラチラ見られると思ったら……。


「ありがとう。じゃあ芳樹君争奪戦は、今からワタシ新開映子と大原泉美の一騎打ちとさせてもらうわね。みんな、これからも生ぬるく見守って下さい。よろしくお願いします」


 映子が満足そうに微笑んでみんなに向かって頭を下げる。拍手まで巻き起こって、限りなくクロに近い茶番劇はこれで幕を……下ろさなかった。


「と言うことは、今まで通り教室でもどこでもイチャつくってことだな。その宣言と受けとればいいのか?」


 田島ぁ、お前こういうことに食い付くキャラじゃないだろう。それにイチャつくって何だ、オレはそんなつもりは……、ちょっとしかなかったぞ。

 だが映子と泉美はクスッと笑い、その言葉を別方向で否定した。


「いいえ、今までは大人し過ぎたかなって。だからこれからはもっといろいろやるつもり」

「ガンガン行くよー。もう頑張っちゃうよー」


 おい、二人とも、何故そのコマンドを選択する? そんなことしたら、オレは「いのちだいじに」一択になっちゃうだろ。

 あーほら、男子連中が舌打ちしてるじゃないか。


「正直言うと、新開さんのこといいなって思っていたんだよ。それなのに寺山を選ぶとか、ちょっとショックでかいな」


 お前も嘘つくなぁ。悪ノリが過ぎるぞ。目が笑っているじゃねえか! 

 思いっきり敵意を込めて睨んでやったが、田島はさらにニヤつく始末。


「あー、それ言ったら俺は大原さん狙いだったんだけどなぁ」


 と今度は別所が乗じて手を上げると、次々に男子連中がボヤキ出した。


「何言ってんだよ。俺だって」

「俺のイズミンラブは永遠だ」

「あ、僕は新開さん派です」

「新開さんに罵られたい」


 うん、やっぱりアホばかり。クラスメイトであることが恥ずかしいぞ、こら。


「みんな、ありがとう。気持ちは嬉しいけれど、ワタシは今芳樹君以外の人は考えられないの」

 

「ええー!」と映子派が残念そうな声を上げる。ノリが良すぎるぞ、お前ら。

 女子連中は「キャー」という声で教室の空気を黄色くしているし。

 そこで今度は泉美が映子と並び立って、いきなり右手を上げて振り出した。


「みんなー、ごめんねー。ありがとぉー。イズミンはー、みんなのイズミンだけどー、それよりも芳樹君の泉美でいたいって思うのー。応援してくれるかなー」


 アイドルか! だがファンはそれに声を合わせて応える。


「ゴーゴー、イズミーン!」 


 もう嫌、こんなクラス。

 ……。

 それにしても仕込みがバッチリ過ぎないか? 首謀者は当然、今教壇に立っている二人だろう。ただ、この状況は誰かが裏で動き回っていたとしか……。

 はっ! 普段はいないはずなのに……、もしかして?

 目星を付けた二人に目を向ける。すると影の協力者であろう田島と中尾が、オレに向かってニカッとサムズアップしてきやがった。お前らぁ!


 ~♪~♪~♪


 ん、何だ?

 田島に詰め寄ろうと腰を浮かしかけた時、ギターの音が流れ始めた。音の出所を見ると、軽音楽部の三浦が足を組んでギターをつま弾き始めていた。

 何の曲か分からないけど軽快さが心地良い。思わずリズムを取ってしまいそうだ。

 ……って、おい! 何故あなた達はそこで踊り出してんの?

 教壇の両脇で、騒ぎの張本人である二人がリズムに合わせて、アイドルさながらに腰をクイックイッと横に振っていた。

 おーい、何事ー?

 と泉美が一回ターン。左手はマイクを持っているかのように、そして右手では指鉄砲を作ってオレに向けてきた。


「I NEED YOU」


 おまけのウインクがついてきた。ズキュンと打ち抜かれた気分。

 と次は映子がクルッと。同じようにして指先はもちろんオレ。


「I WANT YOU」

 

 こちらは投げキッス。バキューンって感じ。

 こらこら、オレを殺す気か? 

 と二人は一度後ろを向いて、曲のリズムに体を揺らしていたかと思うと、パッと振り向き今度は両手でピストルを作りオレに向けてきた。


「「I LOVE YOU」」


 そして二人そろって「BANG!」 三浦のギターがジャカジャン!

 うん、コレ完全に死んだなオレ。

 一瞬静まり返った教室内は、ひと呼吸おいて歓声に包まれた。

 女子達はキャッキャキャッキャと手を取りながら跳ねまわっているし、男子達は互いに肘や拳を突き合わせて達成感に浸っているしで、興奮のるつぼと化した教室。廊下からも何人かが顔を覗かせる。

 心臓を打ち抜かれて、ライフポイントの回復までのタイムラグ、祝福というより復讐に近い平手打ちが次々と肩や背中に打ち込まれる。バシッバシッと絶え間なく続く音。おそらく明日は赤く腫れあがることだろう。


「こっの裏切りモンがぁー!」

「後で奢れよなー」

「今すぐ殺したいけど、二人の為に我慢してやる。感謝しろよ」

「寺山ラブだったのにさ」


 嫌だ、もうこのクラス、痛過ぎて最高過ぎる。

 二人はというと、その場からオレを見つめていた。上気した顔が可愛過ぎ。その熱が伝染したか、駆け寄って抱きしめたい、そんな衝動に駆られる。 

 でも今は……。

 そう、今は無理だ。オレには出来ない。

 なぜなら、この時オレは気付いてしまったんだ、あの人の存在に……。


 みんな早く席に戻れぇ! 先生がもう来ているぞぉ!



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