その10 彼女は読み取ります。
「ねえ、今度から芳樹君にお弁当作ってあげようと思うんだけど、どうかな?」
食べ終わったお弁当箱を包みながら、常々考えていた独自作戦の内容を披露する。
お昼、芳樹君は珍しく学食に行ってしまった。
自転車のチェーンが外れて、直していたらコンビニに寄れないくらいの時間になったって言っていたけれど、どう見ても嘘っぽい。
だって目が腫れぼったかったし、微妙な寝癖はあったし。しかも授業中はあくびばっかりしているんだもの。
思うに、部活参加ということで昨日の夜は興奮して寝付けなかったというのが真相なんだろうな。遠足前日の小学生みたい。
そんなかわいさに思わず作戦実行を決意したワタシ。
「ほら、バスケやるって言うのに、今までみたいにパンに牛乳じゃ体持たないって思わない?」
これは部活関係なしにいつも思っていたことだった。
先輩の手作り弁当を喜んで食べていた時の顔を思い出す。あの時の満足そうな顔ったらなかった。いつも腹八分目どころか五分目くらいだったのじゃないかしら。
そんなひもじい状態で部活なんかやったら倒れちゃう。だったらワタシがサポートしてあげなくちゃ。日々やつれていく芳樹君なんか見たくないもの。
作戦遂行の為の訓練は欠かさなかった。まだまだ手際は悪いけれど、かなり腕が上がったと思う。後は実践あるのみ。
最初は、自分でお弁当作るようになったんだけど、作り過ぎちゃったから良ければどうぞ、とか?
で、イレギュラーも続ければレギュラーになるもの。そうやってまずは胃袋を掴んでいこう。ワタシの料理の腕は上がるし、芳樹君はお腹いっぱいになるし、ウインウインよね。
ただ、これについては目の前の女子がどう受け取るか? 宣戦布告か同盟打診か。
「それは協議が必要よねー。細かいところを詰めないとー」
以前冗談まじりに同様のことを口にしたことがある泉美は、ワタシの意図を素早く理解してくれた。
良かった、共闘条約締結。言う通り細部を詰めよう。ブッキングはイザコザの種だし、そのための調整が必要だ。
正直毎日はキツイ。芳樹君だって気兼ねするだろうし、だから週一か週二でと思っている。例えばワタシが火、木担当で、泉美が水、金とか。
ただ、これには問題が一つ。家が学校から遠方である泉美はただでさえワタシより早起きなのに、お弁当を作るとなると起床時間の変更を余儀なくされるだろう。
「でも泉美は大丈夫なの? その……、早起きしなくちゃいけないとかだったら無理はしないほうが……」
共闘条約とか言いつつ、友軍に撤退を促すワタシ。うん、我ながらズルい。しかし、得てして下手な悪だくみというものは自分に降りかかるもの。泉美の衝撃の返事がまさにそれ。
「大丈夫ー。家で朝ご飯作っているの私だしー」
「えっ、うそ! もしかしてお弁当も?」
「そうだよー。だから問題ナッシングだよー」
問題オールだよ、泉美ぃ。
「まさかあなたが自分で作っているなんて知らなかったわ」
「うーん、別に言うほどのことじゃなかったしー」
ワタシだったら自慢げに見せびらかすと思うのだけれど……、ああ、凹むぅ。
母親に任せっきりだったワタシと、家族の朝食まで作っている泉美。急ごしらえの竹槍を持った隣で、実は全身重火器武装とかやめてよ。
このままだと胃袋を掴むどころか、先にハートを打ち抜かれてしまう。
先んじるつもりで踏み出した一歩目で地雷。にわか仕込みで得た自信が木っ端みじんに吹き飛んでしまった。もうどうしたら良いやら……。とその時だった。
「ヤッホー」
ひょいと廊下から顔が……。げっ、先輩! なんと、いきなり件の第三帝国が登場。
「せ、先輩、どうしたんですか、いきなり?」
「こんちはー、芳樹君なら今日は学食ですー」
「あ、そうなんだ。でも今日は二人に用があるの。というか渡したい物があってね。よっこいしょっと」
ドンと机の上に置かれた三つの紙袋は、その音からかなりの重量を感じさせるものだった。大国のエゴである核兵器?
「ほら、二人とも今日から部活でしょ。だからお姉さんからささやかながらプレゼント。もらってくれると嬉しいんだけど」
「「えっ?」」
「新開さんにはお古のデジカメ。かなりの型落ち機種だけど大事に使っていたつもりだから、見た目はそんなにボロっちくないわよ。操作も簡単で初心者にはちょうどいいと思って」
ええー? 型落ちとはいえカメラって、ん万はするものでしょ。そんなもの貰えない。
「で、大原さんは天地研よね。天文と地学、どっちがメインなの?」
「えっと、天文に興味があるんですけどー、これ何ですかー?」
「良かった。これ私ん家にあったそっち系の本。いろいろ見繕って持ってきたの。あと、外国のSF小説。ハーラン・エリスン読んでいるなら、こっちもいけるかなと思って。いらなければ捨ててもいいし、古本屋さんに売ってもいいし」
渡された紙袋の中身を取り出してみると、それはまるで新品同様の箱だった。先輩の言う型落ちカメラの外装と機種名が印刷されている。ワタシですら知っている世界的な有名メーカーの、しかも両手じゃないと扱えないようなド本格的なカメラ。
泉美が取り出したものは、ハードカバーの見るからに高価そうな本数冊。そして日本語のタイトルだけど、著者が外国人名となっている小説が数冊。
「桜田君から聞いてね。かわいい後輩の門出に餞別の一つも贈らないわけにはいかないじゃない? だから何も言わず何も聞かずに貰ってほしいの」
言うな聞くなと言われても、そう簡単に受領できるものではない。
「でも、こんな高価なものを貰うわけにはいかないですよ」
「私もです。これってすっごく高い本じゃないですか。貰えないです」
泉美が焦ったような顔をしているということは、裏表紙に記載されている定価がすっごい金額なのだろう。それが何冊もとなれば、いつもの調子を崩すのはいたしかたのないことだ。
「あら、私のプレゼントが受け取れないって言うの。ふーん、そう。でもいいの? そうなると、あなたたちの「芳樹君」が少しばかり不運に見舞われることになるんだけど?」
ぐっ、この魔女め。いない人間を盾にするとか……。だいたい不運って何? そっちのほうが気になるんですけど。
「どうせ捨てるつもりだったものだから気にしないで。それに結構重くてね、返されると困るというかなんというかで、二人ともお願いっ!」
両手を合わせ頭を下げられてはこれ以上断ることも出来ず、芳樹君の身の安全を図るためにもワタシ達は受け取りを了承するしかなかった。
「それでね、私今週から早めに帰らなきゃならなくなったの。しばらく図書室にへ行けないから、寺山君によろしく言っておいて」
「受験の関係ですか?」
「まぁそんなとこ。あ、ついでに寺山君の分も持ってきたから渡しておいて。じゃ、頑張ってね」
こうして、唐突に現れた魔女はこちらの困惑などお構いましに、手を振って教室を出て行った。ただもう一方の手には鞄が握られていたのを、ワタシは深く考えもせずに見ていたのだった。
「どうする、映子ちゃーん?」
「どうするもこうするも、こうなった以上貰うしかないじゃない。突っ返すなんて出来ないし。先輩なりに気を遣ってくれたのだと思って有難く受け取りましょう。お礼は……、そうね後で相談しよう」
言いながらワタシは一言の礼も言っていなかったことに気付いた。あちゃー、これは失敗。せっかく気にかけてくれたというのに、アホ面を晒すだけだったとは。
まったくあの人にはペースを崩されてばっかりだ。もっともマイペースが売りである泉美でさえ主導権を譲り渡してしまうのだから、このことについては諦めよう。
「「おっそーい!」」
五時限目が始まるギリギリで戻ってきた芳樹君にワタシ達はそろって口を尖らせる。
「何それ?」
だがある程度は慣れてきたのか、それを躱すかのように席の間に置かれた紙袋を指差す。
「高橋先輩のプレゼントー。入部祝いだってー。私にまでくれたんだよー」
「すごいのよ。ワタシにはカメラ。泉美には外国の小説とか専門書っぽい本。芳樹君のは中身見ていないけど」
あまり重くなかったから、膝用のサポーターとか湿布薬とかかな? この間も色々持っていたしね。
「カメラはお古って言ってた。もう使わなくなったからって。本も家にあったものだって」
とは言え高価過ぎるのは変わらない。
「ワタシ達も中身見て驚いてね。受け取れないって言ったんだけど」
「高橋先輩、受け取らないと芳樹君がどうなっても知らないわよって脅すんだものー」
少し言い訳めいた口調になってしまったけれど、これはしょうがないよね。
すると、芳樹君の表情が微かに曇った。
「先輩、何か言ってなかったか!」
どうしたんだろう?
泉美もその口調に何かを感じたのかワタシと顔を見合わせる。
「あ、今日からしばらく早目に帰らなきゃいけなくなったから、図書室には行けないんだってー。芳樹君によろしく伝えておいてって言われたー」
「受験の関係ですかって聞いたら、そんなところって……」
ワタシ達の言葉に何か思い当たったのか、眉を顰めたところでチャイムが鳴った。
それとなく見ていたところ、授業中も心ここにあらずといった様子のままだった。
五時限目が終わり、芳樹君が紙袋の中身を取り出すと、それは驚くことに丁寧に包装されたまさにザ・プレゼントだった。
気にせずに紙を破るかと思いきや、普段の行いとは真逆にそれをどうにか破らずに開こうとしている。ただなぜか指が震えていてなかなか上手く進まない。
何か焦っているような、思い詰めているようなそんな表情。ふぅ、どうして先輩のこととなるとこうなっちゃうんだろう。
ワタシはどのような声を掛ければいいのか分からなくなり、途中から強引に引き継ぎ、無言でところどころのテープをはがしてあげた。
出てきたのはおそらく靴が入っているであろうと思われる箱。そして芳樹君が取り出したのは、やはり新品のシューズだった。普通の運動靴ではないのは見た目で分かった。詳しくは分からないけれどバスケットシューズと呼ばれる物だろう。
紙袋には他にもタオルとTシャツなどが入っている。さすがにお古ではなくみな新品だ。今日からまたバスケを始める芳樹君にとっては、この上ないプレゼント……のはず。
なのに、どうしたことかそれを見ても嬉しそうな顔をすることもなく、それどころかさらに表情が曇っていた。
芳樹君は表情が読み取りやすいタイプだ。特に先輩のこととなると表情が豊かになってさらに分かりやすくなる。けれど何だろう、今にも怒り出だしそうな、それでいて泣き出しそうなこの顔は?
「芳樹君?」
このまま教室を飛び出していくかも知れないなどと、つい不安になってしまう。
「ああ、何でもない。このバッシュ、前から欲しかったものヤツだったから。それにしてもいいのかな、結構高いんだけど」
あ、この顔……。
デジャヴュに近い感覚がワタシを包む。
あれはいつだったか……。そうだ、書庫室の掃除をやらされて筋肉痛だ腰痛だとぶつぶつ言っていた日だ。机に突っ伏して涙ぐんでいた。
あの時と同じ、迂闊に踏み込んではいけない領域だ。
今は素知らぬ顔で額面通りに受け取るのが、そしてその言葉のみに答えるのが賢明なのだろう。
「さあ? 先輩がどういうつもりかは分からないけれど、でも返したらそれはそれで大変なんじゃない?」
反応を予想するに「じゃあ捨てちゃって」と冷たく言い放つ、そんな気がする。
そう思った時だった。ふっと心を何かが掠めた。芳樹君の表情につられたのだろうか、それは少し嫌な感じのものだった。
ただ、それに意識を向けることは出来なかった。なぜなら突然芳樹君が自分の顔を両手で何回か叩き、いきなり気合を入れて復活したからだ。しかも何やら楽し気な顔になっているし。
まったく、先輩が絡むといつもこれ。上がったり下がっり本当に気ぜわしい。
ちょっとぉ、それに振り回されるこっちの身にもなってよ!
……。
でもまぁいいか、どんより顔をされるよりは……ね。
あ、そうだ。お礼も言いそびれているし、明日の昼休みにでもみんなで先輩の所に行こうかしら。
クラスでは先輩はどんな感じなんだろう。ボッチとか言っていたけれど、本当は人気者だったりしてね。こっそり覗いてみよう。
それで「先輩、ヤッホー!」とか声を掛けてみたり? どんな顔をするかしら。
ふふ、何だろう、楽しくなってきちゃった。よーし、待っててね先輩。




