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図書室と先輩~ネオ!~  作者: にま
彼の疾走、彼女の追走
89/102

その9 彼は呼び掛けます。

「なあ、このカツカレー、肉が薄くなったんじゃないか?」


 オレはスプーンにのせたカツを目の高さまで持ち上げ、その厚みについての考察を披露する。


「初めて食べた時は、もっと厚かったような気がするんだよなぁ」


「ばーか。さっさと食えよ」


 「生徒の声」用紙に書いて投書箱に入れようかと思うくらいに真面目なつもりだったのだが、たまたま相席となった男子はきつねうどんをすすりつつ、にべもなく一蹴。

 田島にとっては、オレを冷たくあしらうことより、込み合う食堂でいつまでも席を独占することに罪悪感を感じるらしい。

 見回すと、生徒でごったがえしている中で、男子連中は味わうというよりかっこむと言った感じで早々に席を立っていく。食事を終えて談笑している姿は見られない。

 なるほど、映子と泉美のお喋りに付き合いながら昼メシを食うことに慣れてしまったオレは、いつの間にか学食での不文律を乱すタイプになっていたようだ。

 もっとも男どものあの行動は、女子に席を譲る為などではなく、貴重な昼休みを食事のみに費やしてなるものかという、実に分かり易い子供(ガキ)理論の実践なのだろうが。

 まぁそのことは理解出来なくもない。いやむしろ同類であることを否定出来ないオレは、カレーは飲み物だと言えるくらいに早食いしたのだった。 


「どうした、今日はいつにも増して落ち着きがないけど?」


 食堂から出た途端田島の口から出たのは、小学校時代に担任の誰もが通知表に書いた言葉だった。

 オレは多動性障害児か! まぁこれも否定出来ないが。

 田島に言わせると、今日のオレは朝から浮ついている感が否めなかったらしい。

 うーん、オレってそんなに分かり易いのか? ちょっと恥ずかしい。まぁそもそも今日の昼メシが学食になった理由からして、かなり恥ずいんだけどな。 


「実は今日からまたバスケやることにしたんだ。それでかな」


 そのせいか昨日の夜はなかなか寝付けなかった。遠足前日の小学生かってくらい。おかげで寝坊はするは、遅刻ギリギリでコンビニにも寄り損ねるは、まったくアホ過ぎる。

  

「あれ、膝は? 治ったわけじゃないんだろ」


 なんだかんだでいろいろと気を遣ってもらったからな。ここは正直に話しておくか。


「手術する方向で話を進めているよ。だからそれまではマネージャー的な? ある程度は参加させてもらえることになっているけどな」


「へえ……。じゃあ、もう公園で会うこともなくなりそうだな」


 ニヤッとした顔を隠さない田島。


「それはもう忘れてくれ」


 これは切に願う。もしこれから先付き合いが続いたとして、事あるごとにそれを話題にされては堪らない。もっともそんなことをする奴でないことは知っているが。

 その後、剣道場に寄ると言った田島と別れたオレは、残った時間をいかにして過ごそうかと思案を巡らせる。

 すぐに教室に戻るのもなんだし、たまには羽を伸ばすとするか。いいよな。いいんじゃないか。いいと思う。いいですよね。教室に戻った時、二人がどんな顔をするのか怖いけど。

 さて、どうすべ? 

 ……。

 ダメだ、あの二人にいじられる昼休みに慣れ切ったせいか何も思い浮かばねぇ。ってか、逆にちょっと寂しいぞ、おい! 何だろ、この飼い慣らされた感。あー、オレって……。

 今から図書室は時間的にきついな。体育館にでも行くか。

 それにしても……。

 リア充多過ぎ! 食堂にたくさんいたし、十歩も歩かないうちに三組のカップルとすれ違うとか……。爆発しろぉ!

 っと、あれ?

 渡り廊下を歩きながら、ふと中庭の方に目を向けると、何やら見覚えのある体型の女子生徒が鞄を持って校門に向かっている。

 

「せんぱーい。早退っすかー?」


 かなり大きな声で呼び掛けたのだが、その女子は気付かなかったのかそのまま小走りで行ってしまった。

 あの髪型、あの細さ、どう見ても先輩だよな。あれ、そう言えば先輩って自転車通学じゃなかったっけ。じゃあ人違いか?

 気になって後姿を見送っていると、校門の外に止まっていたタクシーのドアが開いた。その女子生徒は逡巡することもなく乗り込み去ってしまった。

 タクシーと女子高生。あり得ないわけではないが、なんとなく気になる光景だった。



「「おっそーい!」」


 五時限目開始五分前に教室に戻ると、うんやっぱりな言葉で迎えられた。

 が何やら違和感。机は並べ直してあるし、オレの席に泉美が座っているだけ……なのだが。


「何それ?」


 オレと映子の席の間に三つの紙袋が置いてある。


「高橋先輩のプレゼントー。入部祝いだってー。私にまでくれたんだよー」

「すごいのよ。ワタシにはカメラ。泉美には外国の小説とか専門書っぽい本。芳樹君のは中身見ていないけど」


 カメラに専門書だぁ? おいそれとプレゼントするようなもんじゃないだろ。 


「カメラはお古って言ってた。もう使わなくなったからって。本も家にあったものだって」


 それにしたって、知り合い程度でしかない後輩には高価過ぎる。しかもピンポイント。桜田先輩経由の情報なのか? 


「ワタシ達も中身見て驚いてね。受け取れないって言ったんだけど」

「高橋先輩、受け取らないと芳樹君がどうなっても知らないわよって脅すんだものー」


 なるほど、なんとなく想像がつくな。それにしてもどういうつもりなんだろ? 魔女の気まぐれにしては豪気に過ぎるぞ。

 ……。

 ドクン! 

 その時、先程見た光景が蘇った。まさか!


「先輩、何か言ってなかったか!」


 そんなことはないと思いつつも、嫌な予感に支配されるのを止めることが出来なかった。

 オレの表情が変わったことに気付いたのだろう、二人が顔を見合わせる。


「あ、今日からしばらく早目に帰らなきゃいけなくなったから、図書室には行けないんだってー。芳樹君によろしく伝えておいてって言われたー」

「受験の関係ですかって聞いたら、そんなところって……」


 あ……。

 オレは確信した。さっき見たのは先輩で間違いない。そして、前にも先輩が図書室に来なかった時に感じた寂寥感が、もっと確かなものとして襲ってきた。何だろう、この居ても立ってもいられない不安感。

 五時限目が終わり、オレは自分に贈られた紙袋の中身を取り出す。綺麗な包装紙にくるまれた箱。もどかしい思いで、それでも紙を破りたくなくて、はやる気持ちが不器用さを露呈して……。

 そんなオレの様子に気付いた映子が黙りながらそれを手伝ってくれて……。

 出てきたのは真新しい匂いのする箱。そして蓋を開けると、そこには新品のバスケットシューズ。しかもオレの好きなNBAの有名選手モデル。

「あんなプレイヤーになるのが夢だったんす」

 その名を挙げて話したのはいつだったか。

 先程の光景がなければ、オレは戸惑いつつも能天気に喜んでいただろう。

 だがこれは……。

 根拠も確証もなく、じわりと広がる暗澹たる気持ち。

 なんだよ、これ、冗談だろ。

 デジャヴュ。

 あれは中一の夏、誕生日でも何でもない日曜日。机の上に当時オレが欲しがっていたゲーム機といくつかのソフトが、まるでクリスマスプレゼントの様に置いてあった。

 訳を聞こうにも、いつも朝の支度している母さんはの姿はなく、代わりにいたのは険しい顔をした親父のみ。

 それ以来母さんが家に帰ってくることはなかった。

 ……。

 いや考え過ぎだ。しばらく早めに帰る、逆を言えば学校には来るってことなんだから。そうだ、そんなことがあるはずない。あのことと結び付けるのがそもそもおかしいんだから。


「芳樹君?」


 声を掛けられてオレは我に返る。映子が気遣わしげな目を向けていた。

 まずいまずい。映子も泉美も今日から部活だっていうのに、オレのことで変な心配をかけるわけにはいかない。しっかりしろオレ!


「ああ、何でもない。このバッシュ、前から欲しかったものヤツだったから。それにしてもいいのかな、結構高いんだけど」

 

「さあ? 先輩がどういうつもりかは分からないけれど、でも返したらそれはそれで大変なんじゃない?」


 先輩の人となりを十分理解したうえでの的確なアドバイス。

 そうなんだよなぁ。もし返そうものなら、これを顔に投げ付けられて「いらないんなら自分で捨てなさい!」ってなりそうだし。とはいえ、礼の一言も言わないうちに履くわけにもいかないし。

 はぁ……。

 いたらいたで、いないならいないで心をかき乱してくれるよ、ホントさすが魔女。

 でもまぁ、オレも今日から部活だ。変に引き摺ってもいいことなし。切り替え切り替え。オレは両手で自分の頬を叩き、気合を入れ直す。

 明日会いに行こう。昼休みならいるだろ。いつもの仕返しも兼ねて、入り口から大声で呼んでやるか。

「せんぱーい、あそびましょ!」とかな。

 どんな顔をするだろう。逆襲をくらう可能性が大だけど、この際それも良しだ。

 よぉーし、待ってろよ先輩! 


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