その8 彼女は一も二もなく三です。
えっ、何この展開? 桜田先輩がワタシに?
この頃お花畑になっている脳内にさらにお花が咲き乱れて、効果音まで聞こえてきそう。
もしかしてワタシ告られるの? 嘘! 初対面ですっごく失礼な態度取っちゃったわよね。でもそれが逆にインパクトになったとか? でもワタシには芳樹君が……。
「ダメです!」
きゃっ!
突然泉美に腕を引っ張られて、そのまま頭を抱えられた。右頬はブニュッと胸、左頬には腕ががっしり。柔らか痛い!
「ちょっと桜田先輩、何なんですか。高橋先輩がダメだったからって、いきなり映子ちゃんに目を付けるとか、なんて節操のない。そんな軽佻浮薄な人だとは思っていませんでした!」
ちょっとちょっと泉美ってば、あまり強くしないで。ほっぺ痛いってば。
それにしても、相変わらず大きいわね、このおっぱい。弾力もすごいわ。今度直に触らせてもらおうかしら。
あ、そうだ桜田先輩は? チラリ。
「ああ、ちょっと待って待って、大原さん」
焦った顔がまた……。この小動物的な感じ、かわい過ぎるわ。男子にしておくのもったいない。
「もしかして今日誘ってきたのは、このケーキで印象良くしようとか思っていたんですか? モノで釣ろうなんて最低です! だいたい映子ちゃんには好きな人がいるんですから!」
ちょっ、ちょぉーっ、ストォーップ! 泉美ってばいきなり何を言い出してんの。本人がいるところでそんなこと言わないでぇ!
今度は隣の男子をチラリ。
……。
うん、これは絶対に分かっていないわね。何その、誰のこと? みたいな顔は。鈍過ぎるでしょ! ちょっと腹立つわ。今まであれ程アプローチしてきたと言うのに、どんだけ?
ちゃんと好きって言わないとダメかな? ダメそうな気がする。うん、ダメね、きっと。はぁ、芳樹君て意外と面倒臭い。まぁ惚れた者負けなんだけれど。
そして、ワタシの葛藤を他所に泉美の詰問が続く。
「じゃあ、どんなつもりなんですか!」
もしかして一目惚れされた? とか一瞬自惚れちゃったけれど、桜田先輩の顔を見る限り、どうやらそんな感じではなさそう。
でね、泉美。ワタシを抱えたままテーブルに身を乗り出すとか勘弁して。あなたが動くたび、腕がグリグリ当たってほっぺが痛いんだってば。
だいたい何でそんなに怒っているのよ? 少し落ち着いて。
「あーもう! 新開さんが部活入っていないって聞いたから、名前だけでもいいから入部してくれないかって頼もうと思ったんだよ」
部活? あ、そっちかー。泉美につられてちょっと期待しちゃったけれど、普通に考えれば、ないわよね。ちょっとがっかり。
「ごめん、紛らわしい話し方したのは謝る。実は僕が所属する部が人数割れしてさ、このままだと廃部になっちゃうんだよ。友達とかに声は掛けているんだけど、なかなか集まらなくてね。で、新開さんはフリーだって聞いたからお願いしようと思ってさ」
だって。
あ、泉美の顔がみるみる真っ赤になっていく。珍しいな、泉美が自爆するのって。
ふぅ、ようやく解放された。でも、まだほっぺが痛いよ。
「すみません、勘違いして。でも桜田先輩だって悪いんですよ。前振りであんな話ばかりするから」
うん、それはワタシもそう思う。あらぬ期待を抱いてしまったじゃないの。
「ごめんごめん。気を付けるよ。で、新開さん、どうかな?」
部活の勧誘ということであれば、最初からそう言ってくれたら良かったのに。あれ、そういえば……。
「桜田先輩って何部なんですか?」
まさか体育会系じゃないわよね。自慢じゃないけれど、ワタシは運動神経が所々で断線しているから無理ですよ。
「あ、そうか、言っていなかったっけ。天地研だよ」
「「「てんちけん?」」」
思わず声が出ちゃった。何、その部活?
昨日、テレビで地震やら竜巻やら自然災害の番組見たせいなのか、思い浮かんだのは天変地異研究会。……何だか胡散臭い響きだわ。
「ああ、天文学同好会と地学研究部が部員減少で合併? したんだ。それで名前も天地研究会に改名してね。今の部員数が僕を含めて四人。今年中に五人以上にしないと廃部が決定しちゃうんだよ」
あ、その二つか。でも当たらずも遠からず、かな? うーん、それにしても足して二で割るのは安直というか、どうせなら惑星科学部とかした方がカッコいいと思うんだけど、そこらへんどうだったのかしら。
それに、天文学はまだ分かるとして、地学って何をやるのかな? 活動内容がいまいち……。
「天文学も地学も、意外と面白いものだよ。歴史にだって関わってくるんだ」
あ、まずいわね。コレ最後まで聞いちゃったら断りづらくなりそう。
「あの、桜田先輩?」
話を途中で遮るのは心苦しいけれど、ここははっきり言っておかないと。
「せっかくお誘いなんですけれど、すみません、実はワタシ、入りたい部活があって」
ついさっき決めたばかりとはいえ、すでにこれ以外ないっていうくらいの確固たるものになっている。いきなりこのことを話すことになるとは思っていなかったけれど、隠すことでもないし早い方がいいわよね。
「えっ?」と硬直する桜田先輩。キラキラしていた表情もスーッと冷めていく。気を悪くしたかな?
けれど一瞬の間はあったものの、そんな気配は無さそう。良かった。
「あ、そうなんだ……。いや、ごめん、新開さんの都合も考えずに先走り過ぎたね。申し訳ない」
逆に気遣ってくれるとか……。うーん、やっぱりいい人なのよね。ちょっと罪悪感。
「ごめんなさい」
「いやいや、こっちこそ……。って、新開さん? つかぬことを聞くけど、もしかして入りたい部って写真部?」
「えっ、どうして分かるんですか?」
これには本当に驚いた。察しがいいを通り越している。
でも、これはワタシにとっては、ある意味ラッキーな展開なのかも知れない。いつ打ち明けようかと考えあぐねていたのも事実だったから、逆に背中を押してもらったと考えれば……。
決意表明というわけじゃないけれど、ワタシは姿勢を正して息を整える。
前に進もうとしている芳樹君。ううん、ワタシなんかよりずっと前にいて、さらに進もうとしている。その手を引いたのが高橋先輩だったというのは、ちょっと癪だけれどワタシでは役に立てなかっただけ。
じゃあ、そのうえでワタシは?
せめて隣に並び立ちたい、いつでも手を差し伸べられるように。ならば、まずは追い付かなくちゃ。
「ワタシ、芳樹君みたいにスポーツ出来るわけじゃなし、泉美みたいに頭も良くないし文才もありません。だから、本当はいつも二人が羨ましかった、何でワタシは何もないんだろうって。でも、小森先輩の写真を見て、「あっ、これだ!」って思ったんです。正直写真のことは全然分かりません。でも、始めるのなら今しかないってそう思ったんです」
口に出してみると、さらに決意が固まる。それと同時に、進む方向を見失っていた自分に気付く。
何かをやりたい。でもそれが具体的な形にならなくて余計に焦る。そんな悪循環に陥っていた。
思い立ったが吉日、じゃないけれど今は霧が晴れたようにすっきりとした気持ち。
芳樹君もバスケに復帰しようと思った時はこんな気分だったのかな?
ううん、怪我のこともあったから、もっと複雑な思いを抱いていたのだろう。それなのにワタシは、気付きもせず散々傷付けるようなことばかりをしてきた。
ごめんね!
あー、最低だなワタシ。
それにひきかえ、芳樹君は何だかすごくカッコ良くなった。雰囲気が引き締まってきたような気がする。イケメンというわけじゃないのだけれど、それがすごく魅力的。贔屓の引き倒しかな?
「はぁ、やっぱりかぁ……。あの人とはとことん相性が悪いらしい」
高橋先輩には振られて、ワタシには勧誘を断わられて。その原因があの小森先輩ということになるのだから、桜田先輩にとってはその通りなのだろう。
「やだ、映子ちゃんたら、そうだったの。……でも合っていそうだね。カメラ構えた映子ちゃん、何かカッコ良さそう」
まだ想像すら出来ない姿のことで泉美が囃してくる。芳樹君は口こそ挟まなかったけれど、頷くことで同意を示してくれた。照れ臭いけれど同時に嬉しくもあった。
「からかわないでよ、泉美。あ、だから桜田先輩、そういういことで申し訳ないのですが……」
巡り合わせの不運に落胆しているであろう桜田先輩に恐る恐る目を向けると……。
あれ、何ですか、その笑顔?
「気にしないでいいよ。こっちはこっちで何とかするから。ごめんね、変な話持ち込んで。それよりも、何と言うか……、あ、大原さん? 誤解しないで欲しいんだけど、自分のやりたいことを見つけて前を向いた子って実にいい顔するよね。こっちもつられて、頑張らなきゃなって思ったよ」
うっ、ヤバいわ、ちょっとキュンとしちゃった。見た目はかわいいし優しそうだし、芳樹君がいなかったら惚れていたかも。
だからというわけでもないのだけれど、頭の中で友達数人を思い浮かべてみる。誰か入ってくれそうな子は……。うーん、残念いないや。
と、そこで泉美が口を開いた。
「えーと、その天地研て部なんですか、同好会なんですか?」
えっ、どういうこと?
「ああ、一応部活扱いになっているよ」
「同好会にするのは無理ですか? 部費が少なくなるとかデメリットもありそうですけど」
同好会? その提案には一瞬戸惑った。でも頭の切れる泉美が何の考えもなしにそんなことを言うはずがない。
あ、そういえば!
「部費に関しては大丈夫だとは思うけど……。……あっ、そうか!」
桜田先輩もワタシと同じ結論を導き出したようだ。
「ええ、そういうことです」
即座にそんな解決策を思い付くあたりが泉美のすごいところ。
「それだったら縛りがなくなる。ありがとう、大原さん、盲点だったよ」
で、そういう点ではすごくない芳樹君。分からないって顔を隠さない。これはこれでかわいい、と今は思うことにしよう、うん。
「ウチの学校って部の掛け持ちはダメだけど、同好会との掛け持ちは許可されているでしょ。だから天地研が同好会になれば、余所の部から引っ張ってもOKってこと」
自分で思い付いたわけもないのに、ちょっと得意気になって説明するワタシ。
「同好会にするって考えはまるっきりなかったから、目から鱗だよ。早速顧問の先生に許可とって同好会として申請し直すよ。ありがとう、大原さん」
桜田先輩の表情も一気に明るくなる。泉美の提案に躊躇うことなく飛びついた。
あれ、そういうことならワタシも断わる理由がなくなったったということね。ふと見ると芳樹君も同じようなことを考えているみたい。なんとなくアイコンタクト?
それならと、口を開こうとした瞬間。
「ダメよ、二人とも! 気持ちは分かるけど、これから芳樹君はバスケ部、映子ちゃんは写真部で頑張るんでしょ。今はそっちだけにしておいたほうがいいわ」
先読みスキルでは一歩も二歩も先を行く泉美が諫めてきた。うぅ、やっぱり「先輩側」だ。
「ああ、それは僕も同意見だ。こっちのことは気にしないでいいよ」
これには顔を見合わせるしかないワタシと芳樹君。
「いやいや、それじゃ廃部になっちゃうんでしょ。オレらのことに気を回している場合じゃないっしょ。名前だけだったら別に構わないっすよ」
「ワタシも問題ありません」
廃部の危機と聞かされては、こちらとしても何とか力になりたい。幽霊部員で構わないのならとも思う。
「気持ちは本当にありがたいと思う。でも君達は自分の部活に専念して欲しい、特に寺山君はね。ある程度経緯は知っているよ。そこで名前だけとは言えウチに入ったなんて、あの魔女が知ったらどうなると思う?」
あ、確かに。いろいろと段取りしてくれたのに、掛け持ちで他所の同好会にも入りましたなんて言ったら、あまりいい気はしないわよね。
「フルボッコは確定で+αですかね」
ちょっと青ざめる芳樹君。そのシーンを想像しているのだろう。
「僕なんか+αまで確定だよ。ということで、申し訳ないけど僕も我が身はかわいいからね、寺山君は不可」
+αがどんな仕打ちになるのか分からないけれど、再起不能になりそう。
「新開さんも写真部で頑張って。僕が言うのも変だけど、ウチは大丈夫だから」
ワタシと芳樹君。どちらを入部させても魔女の逆鱗に触れるであろうと踏んだようだ。
それにしても廃部の危機より、高橋先輩の機嫌のほうが大事って……。分かるような気もするけれどね。
身の安全を図ってか芳樹君も渋々といった表情だけれど引き下がった。ワタシもここは大人しく頷くことで、桜田先輩に了承の意を伝える。
うーん、ちょっと落ち着かない結末? でも仕方ないのかな。桜田先輩も、一段落ついたって感じで後ろにもたれて大きく息をついているし。
と、この成り行きに納得できなかったのか、泉美がいきなり口を開いて不平を鳴らした。
「問題の先送りは良い結果をもたらさないと思いますし、まだ一つ残っている解決手段を、先入観でスルーするのはいかがなものかと思いますけど?」
一つ残っている解決策。そう、それはワタシも考えた。ただ、それはワタシから口を挟むことではなかった。
そして、唐突な切り出しであったのにも関わらず、桜田先輩は泉美の真意を難なく見抜いたようだった。
「別にスルーしたつもりはないよ。先入観だってないさ。いつ切り出そうか考えていただけだよ。でも大原さんはそれでいいの?」
泉美は良く話していた。星を見るのが好きだと。泉美の住むところは悪く言えば田舎。だからなのか星空が綺麗で、いつの間にか天文学にも興味を持ったそうだ。星にまつわる神話や伝説も好きで、それをモチーフに自分で物語を考えるようにもなったとか。だから入学当初、天文学部に入るか文芸部に入るか迷ったらしい。
「ええ、構いません。それが目的で提案したんですから」
泉美からしてみれば、桜田先輩の窮状はある意味絶好の機会なのだ。
そしてこれは、ワタシにとっても望ましい展開だ。何しろ、芳樹君がバスケ部に入ったら文芸部辞めて男バスのマネージャーになろうかな、などと漏らしたことがあるからだ。
写真部に入ったら、これまでみたいに一緒にはいられない。そこで泉美が男バスのマネージャーにでもなろうものなら、今以上にべったりぴったり。正直言ってかわいいし性格だって悪くはない。頭もいいし、おっぱいも大きいし。そんな泉美にくっつかれていたら、芳樹君だって篭絡されてしまう可能性特大。
でも、そのチャンスを棒に振るのだから、この申し出は本気ということだろう。逆に考えれば、それだけ悩んでいた部分もあったということ。
はぁ、これだけ近くにいて今までそのことに気付けなかったことに罪悪感。ごめんね、泉美。
でも、この話がまとまれば、ワタシにとっても後顧の憂いがなくなるし、天地研は廃部の危機から免れる。何より泉美の希望が叶う。
何よ、一も二もなくってところじゃない。三人とも利害は一致するわけだし、ウインウインウイン。
これは断然応援しちゃう。ポカンとしている四人目は……、まぁ放っておくとして。
桜田先輩! ワタシからもお願いします。泉美の入部を認めてください!




