その7 彼は一、二の三です。
何だ、この展開?
桜田先輩が映子に何の話があるって言うんだ? 真っ先に思い浮かんだのは、さっきの話の流れで恋愛絡み。もしかして映子に告白でもする気か?
「ダメです!」
うぉっ、ビックリした。
その声とともに泉美が映子を引き寄せた。
「ちょっと桜田先輩、何なんですか。高橋先輩がダメだったからって、いきなり映子ちゃんに目を付けるとか、なんて節操のない。そんな軽佻浮薄な人だとは思っていませんでした!」
凄い勢いでまくしたてる泉美。頭まで抱えられた映子は真っ赤になって身動きできないでいる。
でも桜田先輩が映子と会ったのって一回だけだよな。いや、映子の行動すべてを知っているわけじゃないが、接点が思い付かないぞ。
さぁ、これで慌てたのはスイーツ男子。まるで大型肉食獣に睨まれた小動物だ。命乞いの為に懸命に手を振り出した。
「ああ、ちょっと待って待って、大原さん」
しかし泉美の怒涛の勢いは止まらない。唾を飛ばさんばかりだ。あ、本当に飛んでいる……。
「もしかして今日誘ってきたのは、このケーキで印象良くしようとか思っていたんですか? モノで釣ろうなんて最低です! だいたい映子ちゃんには好きな人がいるんですから!」
何、そうだったのか? ここのところいつも一緒だったのに全然気付かなかった。
もしかしてオレのことか? と一瞬自惚れてみたのだが、本人を目の前にしてそんなこと言うはずないしな。嫌われてはいないんだろうけど、何か違うような気がする。
しかし誰なんだ、そのハッピー野郎は? 分かったら、バレないように陰湿な嫌がらせをしてやる。上履きに画鋲仕込むか? いやケガさせるのは良くないから接着剤だな。
……。
ちっちぇぇ。小さ過ぎるうえにせこい。さすがオレ。
あーあー、リア充計画、ここに破綻せり。ダメだぁ、へこむぅ。家に帰ったら布団かぶって泣くか。
「本当、待ってくれないか大原さん。何もそんなつもりじゃないんだ」
「じゃあ、どんなつもりなんですか!」
テーブルに身を乗り出す泉美と、その分体を引く桜田先輩。いつもの泉美はいったいどこへやら。この変貌ぶりには恐怖さえ感じるぞ。
「あーもう! 新開さんが部活入っていないって聞いたから、名前だけでもいいから入部してくれないかって頼もうと思ったんだよ」
部活? あ、そうか、映子は今無所属だったっけか。あれ、そう言えば桜田先輩って何部なんだ?
「ごめん、紛らわしい話し方したのは謝る。実は僕が所属する部が人数割れしてさ、このままだと廃部になっちゃうんだよ。友達とかに声は掛けているんだけど、なかなか集まらなくてね。で、新開さんはフリーだって聞いたからお願いしようと思ってさ」
あ、なるほど。
その言葉を聞いて席に座り直した泉美が……、うーん、顔真っ赤っか。これはさすがに恥ずかしい。
ようやく解放された映子も……、うん、この顔の赤さはヘッドロックのせいだな。
「すみません、勘違いして。でも桜田先輩だって悪いんですよ。前振りであんな話ばかりするから」
うん、それはオレもそう思う。でも、そこまで血相変えることでもなかったような……。しかしこれを言うと、今度はオレが危うくなるような気がする。ここは命大事にと。
「ごめんごめん。気を付けるよ。で、新開さん、どうかな?」
そのお誘いに、両手で頬骨を撫でていた映子が痛みも薄らいだのか、逆にそもそも的な質問で返した。
「桜田先輩って何部なんですか?」
「あ、そうか、言っていなかったっけ。天地研だよ」
「「「てんちけん?」」」
なんだ、その部活。オレも思わず声を上げてしまった。
思い浮かんだ字面は天地剣。おいおい、誰の必殺技だ?
「ああ、天文学同好会と地学研究部が部員減少で合併? したんだ。それで名前も天地研究会に改名してね。今の部員数が僕を含めて四人。今年中に五人以上にしないと廃部が決定しちゃうんだよ」
足して二で割ればそうなるか。しかしもうちょっと何とかならなかったのか? ってか、何とかしろよ!
それにしても、体育会系ではないとは思っていたが、これまたマイナーな部活をやっているんだな。桜田先輩ってオタクだったんだ。
いや、これは失礼か。体育会系だって、思えば脳筋オタクばかりだし。かくいうオレもバスケオタクと言われたら否定は出来ない。
「天文学も地学も、意外と面白いものだよ。歴史にだって関わってくるんだ」
あ、キラキラし出した。オタク特有の輝き。自分の好きな世界を熱く語りだすパターンだな、コレ。
「あの、桜田先輩?」
お、映子が先んじた。
「せっかくお誘いなんですけれど、すみません、実はワタシ、入りたい部活があって」
そう言うや否や映子はブン!と頭を下げた。
映子の返事に桜田先輩は「えっ?」と絶句し、これからアピールするであったろう天地研の素晴らしさはついに語られることはなかった。オレとしてはラッキーだったが。
それにしても初耳だな、入りたい部があるなんて。何やりたいんだ? 確か美術部入ったのはいいけど、活動内容が合わなくて速攻辞めたってのは聞いたことがあるけど。
「あ、そうなんだ……。いや、ごめん、新開さんの都合も考えずに先走り過ぎたね。申し訳ない」
目論見が外れたショックはデカそうだが、まずは映子のフォローに入るとか、やっぱりいい人だよな。嫌いになれそうにないや。
「ごめんなさい」
顔真っ赤にしている映子が、これまたかわいいぞ、と。
「いやいや、こっちこそ……。って、新開さん? つかぬことを聞くけど、もしかして入りたい部って写真部?」
はぁ? 桜田先輩もいきなり何言い出すんだか。どうしてそこで写真部が……、あっ、あのオッサンか! 確かに写真は綺麗だったし映子も褒めていたけど、でもいくら何でもそれで入部決めるとかはないだろ。
「えっ、どうして分かるんですか?」
ほら。……何でよ!
すると映子は背筋を伸ばして神妙な顔つきになった。
「ワタシ、芳樹君みたいにスポーツ出来るわけじゃなし、泉美みたいに頭も良くないし文才もありません。だから、本当はいつも二人が羨ましかった、何でワタシは何もないんだろうって。でも、小森先輩の写真を見て、「あっ、これだ!」って思ったんです。正直写真のことは全然分かりません。でも、始めるのなら今しかないってそう思ったんです」
映子はそう話すと、すっきりしたような顔でオレに微笑んできた。多分これには色々な意味が含まれているのだろう。そのすべてを理解しろと言われても無理なのだが、一つだけ、そうたった一つだけ分かったことがある。
ああ、これ本気の顔だ……。
映子も悩んでいたのだ、オレがそうであったように。
それなのにオレはただ甘えるように一緒にいただけだ。自分のことだけで手いっぱいで、映子のことなど気に掛けることもなかった。
ごめん!
あー、なさけなしオレ。
それにひきかえ、今の映子の何とカッコいいことか。なんだかキリッとしてて、美人がさらに美人になってしまった。
「はぁ、やっぱりかぁ……。あの人とはとことん相性が悪いらしい」
恋愛絡みでないとはいえ、目を付けた女子をかっさわれてしまっては、そう思うのも仕方ない。ご愁傷様っす。
「やだ、映子ちゃんたら、そうだったの。……でも合っていそうだね。カメラ構えた映子ちゃん、何かカッコ良さそう」
うん、またまたそれはオレもそう思う。それに、何もないなんて言うなよ。そんなこと言われたら、泉美はともかく、オレなんてゼロどころかマイナスばっかりなんだから。
「からかわないでよ、泉美。あ、だから桜田先輩、そういういことで申し訳ないのですが……」
さぞかし気落ちしているであろうスイーツ男子はというと……。
あれ、何でニコニコしてるの?
「気にしないでいいよ。こっちはこっちで何とかするから。ごめんね、変な話持ち込んで。それよりも、何と言うか……、あ、大原さん? 誤解しないで欲しいんだけど、自分のやりたいことを見つけて前を向いた子って実にいい顔するよね。こっちもつられて、頑張らなきゃなって思ったよ」
うーん、そういうセリフをさりげなく言っちゃうところがすごい。マネしようにもオレには無理だな。
その言葉に映子はまた顔を赤くして、泉美は何故か嬉しそうに口元を緩めた。
ふぅ、それにしても、何か手助けしたいとは思うものの、オレ友達少ないし、声を掛けようにもみんな何かやっているし……。
と、そこで泉美が口を開いた。
「えーと、その天地研て部なんですか、同好会なんですか?」
ん、どういう意味だ?
「ああ、一応部活扱いになっているよ」
「同好会にするのは無理ですか? 部費が少なくなるとかデメリットもありそうですけど」
部を同好会にするぅ? 普通同好会が実績積み上げて部に昇格するもんだろ。何でわざわざ降格させるのよ?
「部費に関しては大丈夫だとは思うけど……。……あっ、そうか!」
えっ、桜田先輩も何納得してんの?
「ええ、そういうことです」
ええ、どういうこと?
「それだったら縛りがなくなる。ありがとう、大原さん、盲点だったよ」
あれ、映子も分かったような顔してるな。バカなのってもしかしてオレだけ?
ポカンとしていると、映子が仕方ないなぁといった感じでオレに向かってこう言った。
「ウチの学校って部の掛け持ちはダメだけど、同好会との掛け持ちは許可されているでしょ。だから天地研が同好会になれば、余所の部から引っ張ってもOKってこと」
ああ、なるほど。それなら名前だけ貸してくれる人もいるだろう。
「同好会にするって考えはまるっきりなかったから、目から鱗だよ。早速顧問の先生に許可とって同好会として申請し直すよ。ありがとう、大原さん」
泉美ってやっぱすげぇ。
あれ、ということはオレも入れるってことか? こういうことは以心伝心。映子も同じことを考えたようで「それなら」と二人で口を開こうとした瞬間、
「ダメよ、二人とも! 気持ちは分かるけど、これから芳樹君はバスケ部、映子ちゃんは写真部で頑張るんでしょ。今はそっちだけにしておいたほうがいいわ」
と泉美がピシャリと言い放った。ちょっと叱られた気分。
「ああ、それは僕も同意見だ。こっちのことは気にしないでいいよ」
顔を見合わせるオレと映子。
「いやいや、それじゃ廃部になっちゃうんでしょ。オレらのことに気を回している場合じゃないっしょ。名前だけだったら別に構わないっすよ」
「ワタシも問題ありません」
こんな話を聞いてしまっては、はいそうですかと引き下がるわけにもいかない。だが……。
「気持ちは本当にありがたいと思う。でも君達は自分の部活に専念して欲しい、特に寺山君はね。ある程度経緯は知っているよ。そこで名前だけとは言えウチに入ったなんて、あの魔女が知ったらどうなると思う?」
うっ! そうだ、それがあった。あれだけ手を回してくれたのに、天地研にも入りましたなんて言ったら……。
「フルボッコは確定で+αですかね」
「僕なんか+αまで確定だよ。ということで、申し訳ないけど僕も我が身はかわいいからね、寺山君は不可」
ですよねぇ。
「新開さんも写真部で頑張って。僕が言うのも変だけど、ウチは大丈夫だから」
そこまで言われてしまえば仕方がない。映子も渋々といった感じで頷いた。
底に残ったクリームをすくって口に運ぶと、桜田先輩は背もたれに体を預けてふぅっと一息。
その様子を見て、なんとなく今日はこれでお開きかな? と思ったら、またもや泉美が口を尖らせて突っかかった。
「問題の先送りは良い結果をもたらさないと思いますし、まだ一つ残っている解決手段を、先入観でスルーするのはいかがなものかと思いますけど?」
は? 泉美の言い出したことに目が点。意味が分からないんだが?
その言葉を聞いたスイーツ男子はと言うと……。
「別にスルーしたつもりはないよ。先入観だってないさ。いつ切り出そうか考えていただけだよ。でも大原さんはそれでいいの?」
えっ、何平然と返しているの? しかも何だか嬉しそうだし。
「ええ、構いません。それが目的で提案したんですから」
ダメだ。二人が何を話しているのかさっぱり意味不明。あの魔女も時々こうなんだよな。何て言うか、一から始まったのに次が四か五になって、いきなり十になるとか……。途中の会話すっ飛ばし過ぎだろ。ついていけないんだよなぁ。
ほら、さすがの映子も……、あれ、これは分かっているって顔だ。何やら楽しそうに二人の会話を聞いている。
あー、やっぱりオレってバカなのか? いやバカなんだけどさ。
すみません、一の次は二でお願いします、お三方。




