その6 彼女は吹きます。
あの写真……。
綺麗だったな。構図とか光の加減とか専門的なことは分からないけれど、ワタシにはどストライクだった。モデルが少々問題ありな人だったってだけで。
……っていうか、何であんなに細いんだろ。そのくせ腰からお尻にかけてなんかふっくらしていて、胸だってふくらみが分かったし、もしかしたら結構あるのかな。
何よりあの肌の白さ、反則だよね。外国人の血が入っているせいかなぁ。やっぱりずるいな。
……。
そう、ずるいのよあの人!
カレシがいるのに芳樹君を誑かしたりして。もっともこれは勝手に誑かされた芳樹君が悪いんだけどさ。ホント男の子って年上に弱いよね。高校入ってからワタシに目もくれなくなったのは先輩のせい。いつのまにか図書室で鼻の下伸ばすようになっていてさ。
だいたい先輩もさ、付き合い長いワタシより芳樹君のこと知っていたりとか、魔女過ぎるでしょ。
あー、ダメだぁ。また頭がブランコだぁ。あっちこっちしてるよぉ。
気分を変えるためチラリと後ろを見れば、仏頂面した失恋男子が一人。本人が認めようが認めまいが一目瞭然。
どうやって声を掛けよう? 慰めるのはちょっとおかしいかなだし、知らん顔するのもなんだかだし。写真部のこともどう切り出せばいい? はぁ……、もう、よく分かんない!
「あれ、今日はもうおしまいかな」
自問の難解さに自答できないまま階段に差し掛かると、階下から聞こえた涼しげな声でハッと我に返った。
あ、桜田先輩。このアングルだと余計に小さく見えて、かわいさアップ。ちょっと失礼だけど。
って、まずいんじゃない? カレシさんと鉢合わせしちゃうじゃない。えー、どうしよう?
イケメン二年生の登場でさらにパニくるワタシ。
「卒業生の方がいらっしゃったので、お邪魔虫は退散することにしたんです」
うーん、泉美様様。対応力がパないなぁ。
「へぇ、卒業生が……、ってもしかして小森先輩かい?」
えっ、何でカレシさんって分かったの?
「チッ。ペテン師登場かぁ……」
うわっ、思いっきり嫌そうな顔した。しかもペテン師って何?
「あー、つくづく間が悪いな、僕は。ったく!」
顔に似合わない乱暴な言葉遣いにビックリ。こんな人じゃなかったような……。
「あの、桜田先輩?」
その豹変ぶり驚いているワタシと違って、動じていない泉美。って、ちょっとちょっと、眉間眉間! 何で皺寄せているのよ。
「何で小森先輩って分かったんですか? 卒業生って言っただけですよね」
そうそれ! 前にも思ったんだけど、察しが良すぎるよね。エスパー?
その問いに髪をかきあげた桜田先輩は、目を細めて泉美に微笑みかけた。髪サラサラ。羨ましいなぁ、じゃなくて。
あれ、泉美ってばちょっとたじろいだ? 珍しいな、こんな泉美。
「自分で言っただろ、お邪魔虫って。多分アレだ、あまりのバカップルぶりに辟易したんじゃないの?」
バカップルって……。カレシさんはまともな人でしたよ。カノジョさんが変な人なだけです。
「はい、その通りです」
泉美ぃ、あなたまでそんな……。先輩はともかく、カレシさんはいい人だったよ。ワタシが保証する。
「君達、これから急ぎの用でもあるかい? 良かったらどこか……、そうだね、ファミレスとか行かない? コーヒーくらいなら奢るよ」
えっと、何? 話の流れが読めなくて、ワタシはキョトン。芳樹君も似たような感じで戸惑っていた。
先輩もそうなんだけど、桜田先輩もついていけない会話をする人だよね。
「私はコーヒーは苦手なので紅茶セットで」
堂々と注文まで付ける泉美が凄いのか、ワタシ達がどんくさいのか? 多分後者なのだろうけれど、こういう時いつも思うんだよね。泉美って「先輩側」の人間だよなぁ。
でも泉美、なんでそんなに怖い顔してるの? もしかして桜田先輩のこと嫌いなの?
「ああ、構わないよ。好きなもの頼むといい。今日は懐も豊かだから」
けれど桜田先輩は、そんな泉美の失礼とも思える態度を意に介さずといった感じで、さらに顔をほころばせるのだった。
くっ、この笑顔は凶器だわ。芳樹君がいなかったら、ワタシもイチコロでまいっていたわね。
テーブル席につくと、メニューを広げることもせず泉美はケーキセットを注文した。しかもアールグレイにモンブランとか、どこのセレブな奥様よ? 表情は硬いままだし。
「ちょっとちょっと泉美ってば。それはさすがに……」
値段を見たら千円超え。遠慮したほうがいいんじゃない?
「ああ、新開さんも遠慮しないで好きなもの頼んでいいよ」
えっ、そんなこと言われたら……。よし、半分は出そう。じゃあ、同じセットで、普通にダージリンかな。あとレアチーズで。
芳樹君はが何か呆れたような顔をしていたけど気のせいよね。で、しかも一人だけドリンクバーにしちゃうとか、何よそれ。それじゃこっちが遠慮知らずみたいになっちゃうじゃない。実際そうなんだけど。
桜田先輩が迷うこともせずに頼んだのはバナナパフェ。うん、こういうところではやっぱりそうですよね。……パフェ?
「好きなんだよ、甘いもの。一人だと頼みづらくてね。君達を誘ったのはこの為でもあるんだ」
スイーツ男子キター! 少し照れくさそうな顔がまたキュート。
ダ、ダメ。ケーキを目の前にするとどうしても顔がにやけてしまう。この時の為に生きているって思えるわ。泉美もケーキが運ばれてくると、硬かった表情が途端に緩んじゃうし。
で、泉美の前では、ワタシ達以上に目を輝かせている桜田先輩。かわいすぎるわ。
と、ここで至福の時を邪魔する空気読めない男子が約一名。
「あ、桜田先輩。ちょっといいすか。小森って人のことペテン師って言ってたじゃないすか。それってどういうことすか」
ちょっと芳樹君てば、そういうのはもう少し待ちなさいよ。今はケーキを味わう時間よ。
「うん? ああ、ごめんごめん。つい夢中になっちゃった」
ほら、桜田先輩だってこんなに蕩けそうな顔しているのに、声を掛けたら悪いでしょ。それにしても男の人だって気がしなくなってきたわ。
「あーそれ、私も聞きたかったんです。舌打ちしてたし、もしかして仲悪かったんですか?」
あれ、泉美ってばそう来る? しかも眉間に皺が戻っているし。せっかくのケーキタイムなんだからもうちょっと楽しそうな顔してよ。言い方もトゲっぽいよ。
「そんなことないさ。仲良くさせてもらっていたほうだと思うよ。あの人面倒見が良くてね、僕もよくお世話になったよ。そりゃ高橋先輩のことでは思うところもあるけど、基本的には嫌いじゃないし、二人のことは認めているよ」
あれ、鉢合わせしたらヤバイ展開がとか思ったけど、そんなことはないんだ。心配して損したかな。でもあの舌打ちは本当に驚いた。
「それでペテン師のことだけどね、小森先輩って、一時そういうあだ名が付いていたんだよ。何故だか分かるかい?」
あ、そうだ。そのことも聞きたかったんだっけ。でも話を振られたのは芳樹君だから、ワタシはもう一口ケーキをと。
「もしかして高橋先輩を騙してモノにしたとか、そんな理由じゃないっすよね」
うわっ、さむ! 何てこと言い出すの? 見なさいよ、桜田先輩が吹き出しちゃったじゃない。
「騙しただって? そりゃいい。あの魔女が騙されるところは一度見てみたいものだよ」
それは激しく同意。はぁ、まったく芳樹君て、時たまオバカになっちゃうよね。
「これは聞いただけなんで真偽のほどは定かじゃないんだけど……」
あ、何かあるのかな?
「一年くらい前のことなんだけどね、昼休みに、ある二年生の女子が三年生の教室に乗り込んだんだそうだ。そして教室の真ん中で上級生相手に堂々と告白したんだって。寝ていた上級生の胸ぐら掴んで引き摺り起こしたとか、いきなり平手打ちしたとか、まぁ色々な尾ひれがついているけど」
「えっと、それってもしかして?」
「さぁ? そこは君達の想像に任せるよ。そういうことがあったんだよって話。でも、その上級生って、けっしてモテるタイプじゃなかったんだよ。いい人ではあるんだけどね。二年生の女子のほうも、何かの罰ゲームでやらされているわけでもなさそうでね。でさ、その場で上級生もOKの返事して目出度くカップル成立。普通あり得ないでしょ、そんなこと。だから何か弱みを握ったのかとか催眠術でもかけたのかとか、散々いじられてその挙句、ペテン師と呼ばれるようになったんだってさ。まぁペテン師のカノジョになったんだから、その女子も騙されたと言えば言えるかもね」
えっ、教室に乗り込んで告白? 嘘! ちょっと想像できない。
凄いと言えばいいのか……、ううん、凄いわ。ワタシには絶対出来ない。
……そうか、先輩から告白したんだ。あのベタ惚れテンション、かっ飛んでいたものね。
「その二年生女子もね「教室の中心で愛を叫んだけもの」とか言われたみたいだよ」
あ、聞いたことある、たしか一時人気が出たアニメの……、とか思ったら、泉美が口を出してきた。
「ハーラン・エリスンですか?」
「さすが文芸部だね、先ずそっちが出るとは」
何それ? まずアニメを思い浮かべたのがちょっと恥ずかしい。ここは知っているふりしてスルーしよう。
知らないことを素直に認めて芳樹君が泉美に訊ねる。
「世界の中心で愛を叫んだけもの」というSF小説? 人気アニメや映画はそのタイトルをただパクっただけ? へぇそうだったんだ。
「だから本は読んだことなくても、タイトルだけは知っているって人が多いの」
さすが読書家泉美、物知りだなぁ。面白い? という芳樹君の質問に微妙な笑顔を返していたけれど、多分芳樹君には向かない内容なのね、きっと。
「あーでも、ピッタリかも知れないですね、あの世界観」
「君もなかなかひどい」
本の話となると、先程の険のある顔はどこへやらで泉美は嬉しそう。ワタシ相手に小説の話とかしないものね。ってかワタシじゃ相手にならないものね、ちょっとゴメン。
二人の楽しそうなテンションについていけないワタシと芳樹君。妙な連帯感があるけど、レベルが低いような……。
さてさて、先輩の恋バナを教えてもらったわけだけど、参考にならないというか無理!
「それで今日はどうして私たちを誘ってくれたんですか」
残り少なくなってきたケーキをどうやって食べようかなどと、スプーンを口にくわえたまま思案しているところで泉美が質問した。
うんうん、それそれ。理由がちょっと分からない。
「ああ、再度告白しようと思ってね。でもそうしたら小森先輩が来てるっていうじゃないか。自分の間に悪さに嫌気がさしてね、ヤケパフェに付き合ってもらったわけだよ」
「えっ、そうだったんですか」
告白というキーワードにワタシは思わず身を乗り出してしまう。
そうなのね、だから舌打ちしていたんだ。ヤケパフェとかちょっと笑えるけれど、何だかぐっと親近感。
「冗談だけどね」
あぅっ。ちょっとコケちゃったじゃないですか!
「で、本当のところはどうなんです?」
隣の泉美は眉間の皺こそなくなったものの真剣な顔つき。うぅ、ワタシってばおバカキャラ?
「やだなぁ、そんな怖い顔をしないでくれないか。あわよくばという気持ちは本当だったんだよ。でもまぁ、一番の理由は今までのお返しというかお礼でね」
「お返し?」
「前に何度か奢ってもらったことがあるんだ。なんだかんだで結構な金額でさ、出す出すって言っても聞き入れてもらえなくて、いつも気になっていたんだ。で、今日はその分もまとめてお返ししようかと思ってさ、帰りにケーキでもと誘いに来たわけ。でもそうなると怖いのは、あの尋常じゃない胃袋でね。消化能力がブラックホール並みだから」
ブラックホールって……。
「そんなになんですか?」
「僕の倍は平気で平らげるからね。今君達の食べたケーキなら三つや四つはあっという間じゃないかな。だからどんなに頼もうが平気なように万札用意してあるよ」
あー、先輩って痩せの大食いタイプだったんだ。あの細い体で? ちょっと想像……出来るわね。
「とまぁ、これも冗談だけどね」
カクッ。今度は芳樹君がズッコケ。くぅ、この人もやっぱり「先輩側」の人間だ。性格がさりげなく歪んでいる。
「桜田せんぱーい」
カツッ! 泉美が最後に残しておいたと思われる栗にフォークを突き立てた。そうよ、泉美、言ってやってちょうだい。
ワタシは二度の冗談に、ちょっとイラッとしてしまい顔をそむけた。
「あーごめんごめん。どうも対先輩モードに入っちゃてて切り替えが出来ていないんだ」
だからってそれでワタシ達を揶揄うとかナシでしょ、もう!
「で、ここからは真面目な話。実はね、今日は先輩に会いに行ったんじゃないんだ。本当に話がしたかったのは……」
フンだ。今度はいったい何? と無視を決め込もうと思ったら何やら視線。
「新開さん、君に話があって来たんだよ」
ブフッ! やだ、紅茶吹いちゃった。あー外見てて良かったぁ。正面向いていたら芳樹君にかけちゃうところだったわ。あっぶなー。
……って、ええ、何ですってぇー!




