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図書室と先輩~ネオ!~  作者: にま
彼の疾走、彼女の追走
84/102

その4 彼女は聞いちゃいました。

 先輩はいつもの大人びた感じがなくなっている。カレシさん相手だとこうなるのかぁ。


「あ、そうだ。これ、忘れないうちに」

 

 カレシさんが何やら封筒を出した。何だろう、ちょっと気になる。 

 

「現像してなかったのがあっったんで、それを焼いてきた。良かったらまた飾って」


「わーい、ありがとうございます」 

 

「えっ、何ですか、それ?」


 あ、またやってしまった。思わず覗き込んでしまうとか、ちょっと脊髄反射し過ぎ。


「写真よ。先輩は写真部だったの。こんな見た目からは想像できないくらい、綺麗で繊細な写真を撮るのよ」


 先輩ったらそんな言い方して。カレシさんが苦笑いしているじゃないですか。

 と、その写真が封筒から出されると……。

 えっ何これ? 体中に鳥肌が立つような感覚が走った。

 

「わぁ、すごい綺麗」

 

 出てきた言葉は、我ながら陳腐で恥ずかしくなったが、言葉を飾ることすら思いつかなかったのだ。それほどに写真は私の目を奪った。

 凄い凄い。まるでプロの写真みたい。雑誌に載っていてもおかしくないようなものばかり。花も風景もみんな綺麗。何かのポスターに使ってるって言われたら信じちゃうくらい。何より、ワタシの中で……。


「先輩、もしかして飾ってあるのって……」


 芳樹君が訊ねる。そうか、図書室にはたくさん写真が飾ってあるけど、それって……。


「っそ。みんな先輩の作品よ。どう綺麗でしょ」


 芳樹君が何やら驚いたような顔をしている。

 先輩はというと……、うわぁ何そのドヤ顔。でも気持ちは分からなくもない。だってこんな綺麗な写真なんだもの、自慢したくなるよね。

 あ、ということは……。

 カウンターに置いてある夕焼けに照らされたブランコの写真。絵葉書か何かの切り抜きだと思っていたのだれど、そう、これもカレシさんの撮ったものだったのね。

 図書室に飾られている他の写真も、見るたびに「いいなぁ」と感じていた。

 そして新しい写真を見た瞬間、カレシさんに対する尊敬はもちろんなのだけれど、自分の中でもう一つ別の思いが沸き上がってきたのを感じていた。何かウズウズした感覚、すごい久しぶり。

 ワタシにも撮れるかしら? ううん、撮ってみたい!

 ほとんど衝動的なものだったけれど、いつも心の中でモヤモヤしていたものが、いきなり形になったって感じがする。



 芳樹君は来週からバスケ部に出るって言っている。

 思えばそれを聞かされた時の泉美がとにかく酷かった。


「じゃあ私も文芸部に出るようにするー。帰り時間が一緒くらいになるから、そしたら送ってもらうー」


などと、友情よりも恋愛を優先させる始末。

 

「あんたバスでしょ。自転車の芳樹君がどうやって送るのよ」


と言ったら


「駅まで一緒に歩くー」


などと返してきた。

 泉美の家はかなり遠くて、家からバスで駅へ。それから電車を二駅、そしてバスで高校へ、という通学手段。

 つまり最寄り駅までの帰り道、一緒に歩こうなどと不埒なことを画策しているらしい。

 

「ワタシはさっさと帰れってわけだ、一人寂しく」


 変わりつつある状況を自分に有利な方向にもっていこうとしている。こうもあからさまに言われると腹も立たないけれど、それを容認するかどうかは別の話。 


「えー、そんなこと言ってないよー。図書室で時間潰したりー、あ、そうだ、映子ちゃんもどこか部活入りなよー。そうしたら一緒に帰れるし万事解決じゃないー?」


 ここがこのコの不思議なところ。ワタシをのけ者にしようとはしない。逆の立場だったら、ワタシは「この機に乗じて」とほくそ笑むだろう。うん、ワタシのほうがよっぽど酷いや。


「ちょっと待って。それ動機が不純過ぎるでしょ、時間調整の為に入部って」


「えーそうかなー? いい案だと思うんだけどなー」


「入部理由を聞かれたときにそれを話すの? 絶対引かれるって。ってか即退部になりそう」


 そう言いながらも、実は「名案かも」と思っていたのだけれど、それは内緒。 



 カレシさんの写真に感動したというのは本心だ。ワタシも撮ってみたいと思ったのも。でも写真部に入ろうと考えたのは、その時の会話が頭に残っていたせいではないだろうか。

 だいたいワタシは写真のことは全然分からない。家に一台あるデジカメも触ったことすらない。そんなワタシがいきなり写真部? 無理があり過ぎではないだろうか。

 でも何だろう? 写真を見た時にビビッと来たんだよね。

 あーダメ。考えがあっちこっちしている。もうちょっと良く考えなくちゃ。

 と、最後の写真を見るべく上の一枚をずらした時、コンマ何秒だろうか、ワタシの頭の中は真っ白となった。そして驚きの声を上げるまでにも同じ分の秒数を要した。


「「えっ!」」


 さすがの泉美もワタシと同様のリアクションだった。

 それに反応して芳樹君が覗き込もうとしてくる。

 ヤバッ!

 ワタシ自身少々パニック状態だったけれど、()()を見せるわけにはいかない。ただでさえ失恋確定でどん底状態なのに、こんなの見たら……。

 そしてワタシは自分でも驚くほどの速さで、写真に手を叩きつけていた。

 バシィッ!

 よしエライ、ワタシの右手。でも痛いぃ。

 

「えっ、どうしたの、いきなり?」


「えーと、あの……」


 どうしたもこうしたも……。写真の中身がヤバ過ぎですって。

 多分見られていないと思うけれど、念を入れてワタシは写真を両手で挟み見えないようにして先輩に渡した。

 先輩は目を見開いて大きくため息。いえ先輩、ため息つきたいのはこっちもなんですが。


「見た?」 


 この状況で見ていませんなんて言えるはずもなく。


「えっ、少しだけ」

「とても綺麗ですー」 


「で、寺山君は?」


 先輩ってば、そんなに睨まないで。芳樹君がおびえているじゃないですか。


「見る前に隠されちゃったんすよ。何の写真だったんすか?」


 あー良かった、間に合って。痛かったけれど、うん上出来。


「それは命拾いしたわね。もし見ていたら、その記憶がなくなるくらいまでグーパー攻撃していたわ。新開さんにお礼を言うことね」 


「いや、そんなこと言われたら余計気になるんすが?」


 こっちもそれでお礼を言われても困るんですが。


「チョキの出番が来たようね」


 先輩、その指やめてぇ! 


「はいはい」


 あ、珍しい、すぐに引き下がった。やれやれポーズが妙に板についてきたと感じるのは気のせいかしら。

 すると先輩はカレシさんに駆け寄って何か話し始めた。声を潜めているつもりなのだろうけれど、距離が距離だけに……。

 先輩、聞こえています。


「先輩、コレを飾れと?」


 うーん、さすがの先輩もアレは飾らないよね。


「あ、そっちに紛れちゃったか。ごめんごめん」

 

「わざとやったとしか思えないんですけどね」


 あれ、もう一つ封筒?


「いやいや、そんなわけないしょ。ほら、あの時の写真はこっち。約束通りネガも入れておいたから」


 あの時って? あ、そうか、じゃあまだ他にもあるんだ。

 ……うわぁ、何だろう顔が熱くなってきた。やっぱり先輩ってもう……。

 あの写真見たときにちょっとパニクっちゃったけれど、普通に考えればそうよね。すでにそういう間柄ってことよね。

 やっぱり先輩ってばずるいなぁ。「高校生なんだから一人エッチで我慢しなさい」とか言っておきながらこれだもの。


「ひと月ぶりに会ったのに、いきなりカレシの粗雑さを確認する羽目になるとか……。勘弁してください」


「分かってるよ。帰りにラ・リーヴに寄ろうか」


 あ、知っている。まだ入ったことないけれど評判いいんだよね。


「ふふっ、そこらへんは上手くなりましたね」


 うわぁ、何その笑顔。大人の表情? ちょっとなまめかしくて、こっちまでドキッとするじゃないですか! 

  



「それじゃ失礼します」


 それから程なくして帰ってきた関先生が、カレシさんを見るなり大はしゃぎ。実際その場でピョンピョン跳ねたし。本当に関先生って歳幾つ? 

 これはどうしたものかと考えた時、やっぱり頼りになるのは泉美様。不自然にならないように帰宅を申し出てくれた。 


「あら、一緒にどう?」


「いえいえー、私達がいたらしにくい話もあるでしょうから、今日はここでー。それに帰りに買い物しようって約束してたんでー、芳樹君は荷物持ちで連れて行っちゃいますねー」


 そうして図書室を出たワタシ達はしばらく無言だったけれど、泉美が明るくその沈黙を破ってくれた。

 

「凄かったねー、先輩。あんなになるなんて、ちょっと意外ー」


「見てはいけないものを見た気分よ」


 先輩のデレっぷりには驚かされた。そして、芳樹君の思わぬ失恋を目の当たりにしてしまったことも。もっともこれは本人は否定するだろうけど。

 不機嫌そうな顔でついてくる芳樹君の心配をしつつ、実はワタシは一人ワクワクする気持ちを抑えられないでいた。

 二人には内緒だけど、荷物をまとめている時カレシさんに聞いてしまったのだ。

 

「あの、写真とても感動しました。ワタシ、カメラとか写真とか全然分からないんですけど、ワタシでも撮れるようになりますか?」


 ぶしつけなワタシの質問に、驚いたようにそれでも嫌な顔をすることなく答えてくれたカレシさん。


「写真部の顧問の先生がカメラを始めたの、いつだか知っているかい? なんと四十過ぎなんだってさ。それが今ではコンクールで賞を取るくらいになったんだよ。すごいよね」


 そんな逸話を紹介してくれた後、ブランコみたいに揺れていたワタシの心を見抜いていたかのように、こう言ってくれたのだ。


「あれこれ考える前に、先ずは撮ってごらんよ。絶対面白いから」


 先輩は何も言わず、そんなワタシに微笑みながら、ただ一度頷くのだった。

 その時ワタシは掴んでいた鎖から手を放し、ブランコから飛んだ。

 写真部に入ろう!


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