その3 彼は見ちゃいました。
「あ、そうだ。これ、忘れないうちに」
オレの中でオッサン呼び確定した来訪者が、なにやら封筒を取り出して先輩に渡した。
改めて見ると、ごっついなこのオッサン。柔道部か何かだったのか? 言っちゃ悪いが熊みたいだ。モテるタイプではない。
「現像してなかったのがあったんで、それを焼いてきた。良かったらまた飾って」
「わーい、ありがとうございます」
うーむ、このにっこり度合い、オレと話している時と全然違う。そりゃカレシさん相手だから当然っちゃぁ当然なんだが。
「えっ、何ですか、それ?」
いつの間にか映子が先輩の後ろに回り、それを覗き込んでいた。
映子さん、どうしてあなたはそんなに好奇心旺盛なの?
「写真よ。先輩は写真部だったの。こんな見た目からは想像できないくらい、綺麗で繊細な写真を撮るのよ」
そして先輩は写真を封筒から出して何枚かをカウンターに並べた。
今のは完全にノロケだよな。
「わぁ、すごい綺麗」
映子と泉美が歓声を上げる。たしかにそれはオレでも見入ってしまうほどのものだった。花だったり風景だったり、ジャンルは特定されていないが、額に入れて飾ってもいいと思えるくらいだ。
って、あれ? もしかして……。
オレはそれらを見て、ある会話を思い出していた。
「先輩、もしかして飾ってあるのって……」
図書室には、かなりの数の写真が飾られている。前にそれについて聞いたことがあったのだ。
「っそ。みんな先輩の作品よ。どう綺麗でしょ」
大雑把な熊ってこの人のことだったのかぁ!
あれは確か夏休み明け、オレがカウンターに置いてある写真立てを指差しながら聞いた時のこと。
「先輩、この写真とかって絵葉書じゃないっすよね」
この図書室にはところどころに写真が飾られている。本棚の上、本と本の間など、オレが数えただけでも20個。そしてオレが示したそれは、夕陽に染まるブランコの写真。
「ああ、それ。写真部の人の作品よ」
「写真部?」
「そう、私のイッコ上にね、写真部だった人がいたのよ。その人がね、図書室があまりに殺風景だとか言って、自分で撮ったものを置くようになったの。何て言うか見た目が熊みたいで大雑把な人だったんだけど、写真だけは繊細でね。どう? それもいい感じでしょ」
「ええ、とてもいいっす。オレ、こういうセンスないんで羨ましいっすね」
木々の影と、夕陽を反射して光る鎖。少し前までは子供が乗って遊んでいただろう、そしてかつては自分も遊んだことがあると記憶も呼び起こされ、その陰影に何か懐かしさと物悲しさを覚えずにはいられなかった……。
などとセンチな気分は自分には似合わないが、飾られている写真には、どれも何かひっかかるものを感じていた。
「でしょ! その写真撮った人ってすごいのよ。他の写真もみんなその人のものよ」
やけに嬉しそうに答えていたっけ。その時は深く考えていなかったんだけど、そうか、そういうことだったのか。
うーん、これは負け、かな。今更どう反感を持とうが、過去においてオレは写真に魅力を感じ、撮影者に少なからず尊敬の念を抱いたのだ。そしてそれは、今日突然来訪した卒業生のオッサンで先輩のカレシである、と。そういうことだ。
……くぁー、なんか納得いかねぇ!
ってか、このオッサン何なんだ? そりゃ先輩は変な人だし、イケメン好きでもないってことはわかるよ。でも蓼食う虫にもほどがあるだろぉー!
とその時突然、映子と泉美が同時に声を上げた。
「「えっ!」」
かなり慌てた様子に何事かと思い、オレがその写真を覗き込もうとすると、なぜか映子が焦った様子でバシッと写真の上に手を叩きつけ隠してしまった。
「えっ、どうしたの、いきなり?」
その音に先輩が振り向く。
「えーと、あの……」
オレに見せないように両手で写真を挟み、もじもじしながら映子がその写真を先輩に渡す。受け取った先輩はというと、目を丸くしたかと思うと慌てて後ろ手に隠してしまった。
「見た?」
「えっと、少しだけ」
「とても綺麗ですー」
二人の反応が微妙。
「で、寺山君は?」
ジロリというよりギロリって感じ。目力強過ぎ。やめて怖いから。
「見る前に隠されちゃったんすよ。何の写真だったんすか?」
「それは命拾いしたわね。もし見ていたら、その記憶がなくなるくらいまでグーパー攻撃していたわ。新開さんにお礼を言うことね」
「いや、そんなこと言われたら余計気になるんすが?」
「チョキの出番が来たようね」
いや来ていないっす。
オレは諦めましたと言わんばかりに両手を上げる。目潰しとかシャレにならん。
すると先輩はオッサンに元に駆け寄り、何やらヒソヒソと話し始めた。とはいえ、距離も離れているわけではない。内容はほぼ丸聞こえだ。
「先輩、コレを飾れと?」
「あ、そっちに紛れちゃったか。ごめんごめん」
「わざとやったとしか思えないんですけどね」
そこでオッサンがもう一つ封筒を取り出して、それを渡す。
「いやいや、そんなわけないっしょ。ほら、あの時の写真はこっち。約束通りネガも入れておいたから」
あの時? さすがに二人の会話には入り込めない。
「ひと月ぶりに会ったのに、いきなりカレシの粗雑さを確認する羽目になるとか……。勘弁してください」
「分かってるよ。帰りにラ・リーヴに寄ろうか」
ラ・リーヴ? ああ、あそこのケーキ屋さんか。
「ふふっ、そこらへんは上手くなりましたね」
何なんだ、あの笑顔は? 先輩が……、オレの知っている先輩じゃなくなっている。
「それじゃ失礼します」
それから程なくして帰ってきた関先生も、これまたテンションが異常値に達してしまって、何というかオレ達が微妙に蚊帳の外。
そこで泉美が如才なく帰宅を申し出て、そろって図書室を出た。
「あら、一緒にどう?」
「いえいえー、関先生とも久しぶりでしょうから今日はここでー。それに帰りに買い物しようって約束してたんでー、芳樹君は荷物持ちで連れて行っちゃいますねー」
にこやかな泉美の対応に、映子は驚くこともなく支度を始め、その後オレは正直訳が分からないまま二人に引きずられるように連れ出された。
「凄かったねー。先輩があんなになるなんて、ちょっと意外ー」
「見てはいけないものを見た気分よ」
歩き出してしばらく、無言だった二人がようやく口を開いた。笑顔が少しぎこちない。
そんな二人のやり取りを聞きながら、オレはさっきのことを思い出していた。
見てはいけないもの……か。確かにアレは……。あー、見るんじゃなかった。
咄嗟に誤魔化しはしたものの、本当は見てしまったのだ、一瞬ではあったがはっきりと。
あの写真に写っていたのは、ベッドの上に座り髪をかき上げている女性の、しかも全裸と思われる後ろ姿。
華奢な体、白い肌。そして決定的だったのは、わずかに見える顔のライン。
見紛うはずもない。そう、あれは確かに先輩……だった。




