その1 彼はむかつきます。
なんだかなぁ。
いつものように図書室に来たのはいいが、映子と泉美は先輩の手招きを受けてさっさと司書室に入ってしまった。当番を押しつけられたオレは、またしてもカウンターに一人きり。
うーむ、これはこれでさみしいものがあるが、まぁよしとするか。
ここのところ三人には嫌と言うほど弄られてきたからな。久しぶりに一人の時間を満喫することにしよう。
とは言うものの……。
暇だ、暇過ぎる。あいかわらず誰も来ない。そりゃそうだよなぁ。特別棟の4階の一番端っこ。こんな所に来るのなんて、余程の本好きか、暇を持て余した変わり者だろ。それか学校での居場所がなくて避難してくる可哀そうなヤツな。
……オレかっ!
あかん、グサッとブーメラン。うぅ、バカ過ぎ。
でもまあ、もうすぐそれも終わりだけどな。
来週からは仮入部という形で練習参加させてもらえることになったし、そしたら毎日のようにここに来ることもなくなる。
当番には来るつもりだけど先輩には
「バカねぇ、そんなの気にしなくていいの。かわいい二人のカノジョに応援されているでしょ。それに応えることだけ考えなさい」
なんて言われてしまった。
ありがたいような申し訳ないような、なんだろうなこの気持ち。
………。
司書室からもれ聞こえる女子特有のキャピキャピ声が耳に心地良い。泉美はともかく、映子はあーいう性格だから、もしかしたら先輩とは合わないかもなどと思っていたが、どうやら取り越し苦労だったようだ。
仲良きことは美しきかな、などと安堵し込み上げてきた眠気に大きなあくびを一つ。
あーなんだか……。
………。
……。
…。
「おお、我が懐かしの図書室よ。相も変らぬ閑古鳥のお迎え痛み入る。……ってあれ?」
ん、何だ?
あ、いかん、いつのまにか眠ってしまった。
うぉ、やべぇ、よだれ。
あわてて口元をぬぐい入り口に目を向けると、やたらとガタイのいいオッサンがオレを見て目を丸くしていた。
あ、さっきの声はこの人か? 「卒業生」の名札を首から提げている。
「君、図書委員?」
「はい、そうですが……」
卒業生との遭遇というのは初めてのシチュエーションだ。人見知りするタイプではないが、コミュ力が高いわけではないからちょっとドギマギ。
何か用だろうか。
「あーっとごめん。えーと……今日はアデぇぇ……、えっと……」
あでぇぇ? 何言ってんだ、このオッサン。不審過ぎるだろ。
「先輩?」
言動の怪しい来訪者にどう対応していいか分からずにいると、突然背後から声がした。
振り向くと、先輩が少し眼を見開いて手を口に当てている。
「よ、おひさ」
あ、先輩の知り合いだったか? あ、さっきの「あでぇぇ」ってもしかして?
顔を元に戻すと来訪者はのこやかに左手を挙げていた。
と次の瞬間、その顔がギョッとした表情に変わるのと同時に、カウンター前を何かが凄い勢いで、……跳んだ。
「せんぱーい!」
一瞬のスローモーション。矛盾する表現だがそれが一番ピッタリくるシーンだった。
座っているオレの横目に膝が映ったのだから、その高さは推して知るべし。まるで走り幅跳びのように先輩の体が宙を舞う。
広げた両手と翻るスカート。滞空時間。徐々に先輩の体が来訪者に向かって引き寄せられていく。
そして着地することなく、相手の頭を抱え込むよにしがみついたのだった。
相手も相手で、一歩踏み出すことでそれを難なく受け止めたのだから凄い。
「せんぱーい、せんぱーい」
そのまま頭に頬ずりをする先輩。魔女が猫と化している。ゴロゴロと喉を鳴らしそうだ。
あー何だこれ? この頃こういう理解の追いつかないことばかりで面食らうこと多し。
ただ一つ分かっているのは、先輩が今までで見たことのない顔をしているということ。いわゆるデレ状態? 何よその緩んだ顔は。
「こらこら。場所をわきまえなさいて」
「いやですー。ひと月も放っておかれたんですからわきまえませーん」
うーん、映子にここで不埒なマネはするなと言っていたのは誰でしたっけね。自分のことは棚上げしちゃうんですね。
「はいはい、ごめんよ。この頃ちょっと忙しくてな」
相手も特に慌てる様子もなく「よしよし」と言いながら先輩の背を撫でているし……。
あーそういうこと。鈍いオレでもさすがに分かった。
……。
あれ、なんだろ? すっごくショック。 心の中で何かが一気に最下層まで落ちて行った。
「先輩、その方は?」
いつのまにか司書室から出てきた二人も、呆然とその様子を眺めていた。映子が驚き半分興味半分の面持ちで口を開く。
その声でようやく降りた先輩が、まぁこれまた恋する乙女な顔で。
「あ、ごめんなさい。紹介するわね。私のご主人様よ」
あーやっぱり。でもご主人様って……。
「こらこら、そういうのはやめれっていつも言ってるだろ。あー、小森と言います。この学校の卒業生で元図書委員です。関先生に挨拶しようと寄らせてもらいました。で、こいつの……」
そう言いながら、小森と名乗ったオッサンは先輩の頭を撫でる。嬉しそうに目を細めてなすがままになっている先輩と「こいつ」という言葉にちょっとムカッとイラッと。
「まぁ、そんなところかな。いわゆるカレシです」
その言葉にむふふぅと満足げに鼻を鳴らしながら抱きつく先輩。
うーん、これは想像もしていなかった光景だ。先輩にオトコがいるというのも驚きだったが、このデレっぷりはハンパない。異様過ぎる。
だいたいこの人、年いくつよ。どう見ても二十五、六って感じ。
あ、でも先輩って呼んでたな。あれ、じゃあ先輩の先輩だったってこと? え、そしたら……。
「こら、寺山君。今失礼なこと考えているでしょ。言っておくけど、先輩は私の一つ上よ」
エスパーか!
って、えー! 十九歳? 嘘だろぉ。
「関先生ならすぐ戻ると思います。司書室でお待ちになります?」
頬を染めて上目遣いに相手を見る先輩の仕草がこれまた……、くぅっ、かわいいじゃねえか、ずるいぞ。




