その33 彼は溶けます。
「ダメよ、二人とも、そんなことしちゃ」
田島を闇討ちして入院してもらうしかないか? そんな物騒なことまで脳裡に浮かんだが、意外なことに先輩がそんな二人を窘める。
「「えー、どうしてですかー?」」
少し、というよりかなり不満をあらわに二人が口を尖らせる。
「男の子同士の秘密に女の子が無神経に踏み込んではいけないわ。あなた達だって芳樹には知られたくない内緒ごとがあるでしょ。それと同じ。だから根掘り葉掘り聞くようなマネはダーメ」
すごい、真面目に説得した。その意外性ゆえか二人が顔を見合わせて頷いている。
せ、先輩、ありがとうございます。やっぱり優しい人だったんですね。てっきり二人を煽るものだとばかり……。すみませんでしたー!
だが先輩はやっぱり魔女だった。大釜に落ちたオレを、今度はカットラスじゃなくしゃもじでゴンゴン潰し始めやがった。
「例えば田島君にそれを聞くでしょ。すると壁に耳ありで誰かが聞きつける。で、その誰かさんがそれをネタに芳樹をイジル。そうしたらどうなると思う? 芳樹は打たれ弱いからさっきみたいにキレちゃうかも知れない。それはあなた達だって嫌でしょ」
さっきの件を出されると反論できない。確かにメンタルが弱いのは認めざるを得ない。
でもですね、今まで散々オレを打ちのめしてきた先輩には言われたくないっつーか何つーか。
「それは……嫌ですね、イジラレルのもキレられるのも」
「芳樹君がキレたら怖ーい」
すみません、オレが悪かったです。もう許してください。
「そういうことでね、その件についてはもう追求しないこと。いーい?」
「「はーい」」
何だか先生と生徒的な? 二人のそろった返事がかわいいぞっと。
それにしても、これはこれで助かったのか? もしかしたら先輩が助けてくれた、のか?
と、先輩がここでぼそっと呟いた。
「だいたい、そんなことになったら私の楽しみが減るじゃない」
それが本音かぁー! 楽しみって何だぁー!
これは何か言ってやらねばとまずは非難の視線を向ける。だがそれを受け流すかのようにいつものテヘペロが返ってきた。くっ、かわいいじゃねえか。
これで誤魔化されるのは癪だが反抗する気力もない。もういいです、専用イジラレキャラという立ち位置が明確になったのだと思えば腹も立たない……わけないだろぉー!
「さて、詳細はどうあれ、今日私達はある事実を知ったわ。それは?」
あ、矛先かわしてさっさと話題を変えてきやがった。まったくズル過ぎるよこの人。
「えっと、芳樹君が夜中に泣きながらバスケをしていた?」
「その時会った田島君と仲良くなった?」
やめて。それ以上オレの黒歴史をあげつらわないで。二人の力が加わって、釜の中でさらに細かく潰れていくオレ。
「で、本人とその田島君を除けば、これを知っているのは?」
「ワタシ……」
「達、ですか?」
お、新パターンだ。声をそろえるんじゃなくて言葉をつないだぞ。
……じゃなくて、先輩は何が言いたいんだ?
「そ、私達だけ。この意味は分かるわね」
「だけ」をやたらと強調したな。分かりたくないぞぉー! 副音声でイーヒヒッヒという笑い声が聞こえてきそうだ。
「そうか、私達だけの秘密……」
「あー、何か特別な存在って感じするー」
知られちゃったのは自業自得だから仕方ない。でもね、オレにとってあなた達二人は既に特別なのよ。これ以上のパワーアップは必要ないよ。
ただでさえ手に負えないのに、これ以上先輩に感化されないでちょうだい。
「私はともかく、あなたたちにとっては大事なことでしょ。そういうのは大切にしまっておくものよ」
「そうですね」
「異議なーし」
ちょっと待て待て、お待ちなさいな、お三方。オレの弱み握ってどうするつもり?
しかも何だか振り出しに戻った感じがしたのは気のせいか?
「何、そんな顔して。大丈夫よ、この件であなたを脅したりからかったりはしないから。お姉さん的には凄く感動しているのよ。一人で練習を続けていたなんて、ホント泣けちゃったわ」
「早速からかってるじゃないすか。ホント勘弁してください」
チマチマとかさぶたを剥がされている気分。
「そんなことないよー。私も涙出ちゃったもーん」
えっ?
座ったまま声の方に顔を向けようとすると、突然左頬にボニュッとした圧力が加わってきた。頭にも柔らかな何かが乗ってくる。
声、そしてこの柔らかさ、この香り。泉美?
「芳樹君、かわいい!」
はっ、何ですと?
で、もしかして抱きしめられている? 位置関係から察するに頭に載っているのは泉美の頬か? 頬に感じる至福の感覚は……胸かぁー? おっぱいかぁー?
「んもう、ちょっと泉美ってば」
「ごめーん。だって抑えられなくなっちゃってー」
うっ、嫌な予感。また同じパターンか? 映子が張り合ってオレにサブミッション?
「そうね。じゃあワタシも」
はぁ? おい映子、それはどういう……?
「ワタシもどうしようもないくらいキちゃってるの。だからちょっとお願い」
すっと目の前を横切った映子は、そう言うや否や顔を右肩に埋めるようにして抱きついてきた。
!
何だこれ、どういう状況? 意味も分からず美少女二人に抱きつかれるオレ。
だいたい今日は、すっ転んで頭打つだろ、膝のこと言われてキレちゃったろ、映子には八つ当たりしちゃったろ、夜中にべそかいてたことまでバレただろ。
あーなんだこれ、サイテーじゃね? みっともないところばっかりじゃん。ダメダメアピールしかしていないよな。ドン引きされても当然だと思うのに、それがどうしてこういうことになる?
女の子の考えることって、本当に分からない。
はぁ、それにしても、どうして女の子ってこういい匂いするのかな。どうしてこうやっこいのかな。
と、状況分析などさっさと忘れ、分不相応な幸せに浸り始めると、何やらウズウズしている先輩が仲間に入れてとばかりに声を掛けてきた。
「あら、じゃあ私も」
しかし、二人の美少女は共同戦線を張っているらしく、これまた厳しい声をそろえる。
「「先輩はダメです!」」
「えーそんなー。二人の意地悪ー」
そう言いつつも、何故か楽しそうな先輩。ニヤニヤしながらオレを見ている。でオレはというと、もう天国のようなムニムニ感にどうしていいかわからない。
「あの二人とも? もうそろそろ離してほしいんですが?」
このままだと制御不能な一部器官にスイッチが入っちゃうんですが。これって見た目でも分かっちゃうんですよ。正面にいる魔女にだけは見られたくないです。お願い、オレを生贄にしないで。
「はいはい、二人とも、もう十分でしょ。続きは……、そうね、もう先生も帰ってくるだろし、書庫室は無理だから、芳樹の家でしてくれる? おっぱい揉ませようが吸わせようが好きにしていいわよ」
こらこら、いきなり何ぬかすんですか。先輩もですね、女の子なんですからもうちょっとこう……。
この状況はもう狂喜乱舞しちゃうくらいのオイシサで既にオカズゲット。なのにさらにそんなことを言われたら……。
言語野からの刺激が充血を促す。うーマズイ、ガチャピンムックムク。健全な肉体反応とはいえ、これは恥ずかし過ぎる。こんなんバレたら、今度こそ本当にドン引きされるじゃん。オレだってもう二人と顔合わせられないよ。先輩の言う通り引きこもりになっちゃいそう。
いや待て、座っている分ズボンには余裕があるか? バレないように腰をちょっと引いてと。両手で椅子前縁を持つようにすれば……、よしこれなら大丈夫。何とかやり過ごそう。
「「はーい、そうしまーす」」
満足気に素直に従ってくれた二人。はぁ、良かった、これ以上刺激を受けたらさすがにどうなるかわからなかったからな。
ん、今「そうします」って言ったか?
おいおい、悪ノリしないで。オレ、もうギリギリなんだから。さっきのご褒美だけもう十分。これ以上はさすがにヤバイって。なけなしの自制心まで吹き飛ばさないで。
だが、先輩はそんなオレの葛藤を嘲笑うかのように、最後の仕上げとばかりしゃもじでオレをすり潰しやがった。
「芳樹ぃ、期待に胸を膨らませるのはいいんだけど、別のモノまで大きくしないでくれる?」
その言葉につられあわてて膝を閉じるオレ。
あっ……。
ここでオレはまたしても魔女の悪辣な罠に嵌ったことを知る。
うわぁ、何その顔。口角が「してやったり」とつり上がっているんですけどー。
やられた……。大釜の中で跡形もなく溶けた気分。
うー、二人の反応が怖い。「このスケベ!」とか言われてビンタされそう、特に映子から。
「うーん、元気元気。年頃の男の子だもんねー! 二人をお持ち帰りすれば存分にリビドーを解放出来るわよ。芳樹の家なら邪魔も入らず出来るでしょ」
こらー、どこを見ながら言ってるんだー! しかも何その際どい発言?
ええ、確かにオレはおっぱい星人ですよ。見たいですよ、触りたいですよ、あわよくば吸い付きたいですよ。ヤりたくてヤりたくて仕方ないですよ。正直、相手がこの二人のどっちかだったら、そりゃもう夢のようです。でもですね、こういうのはノリや冗談でするようなことじゃないでしょ。あまり二人を焚き付けないでください。
「「芳樹君?」」
ギクッ! うぅ、まともに顔を上げられない。恐る恐るチラッ。
だがしかし、当の二人は少し驚いたような顔はしているものの心なしか目がランラン。
「やだぁ、その気になっているんなら早く言ってよ」
「じゃあ早速お持ち帰りしてー!」
はっ?
あの、お二人さん? そこは少なくともぎこちない表情を浮かべるとか、顔を赤らめるとかする場面じゃないですか? もしくは「スケベ! 変態!」と罵って平手打ちとか。
それなのに何ですそれ? キャラがおかしいっしょ。純真可憐な乙女でいろとは言わないけど、さすがにお持ち帰り希望はやめて。
まぁ、からかわれているってことは分かっているんだけど、この頃えげつなさ過ぎ。
泉美は最初から勝負下着を買うのにオレを付き合わせようとした強者だったけど、問題は映子だよ。こういうのに拒否反応示すタイプだったと思うのに、どうしてこんなふうになっちゃたのかなぁ。朱に交わればってやつなのか? 困ったものだ。
(言っておくぞ、オレだってそのうち我慢出来なくなって、本当に襲っちゃうからな!)
もちろん口に出しては言えないところがオレのオレたるところなわけで。……ちょっと悲しい。
はぁ……。二人の魔女化はとどまることを知らず、先行きの不安がおそらく現実のものになるであろう予感に囚われる。
先輩が卒業しても、もしかしたらこの二人のどちらかが「図書室の魔女」の異名を継ぐかも知れない。そして、オレは使い魔としてイジられ続けるというわけだ。
うん、ありがたくも何ともない未来像だ。
はーあー、これじゃリビドーを解放する前に、デストルドーに支配されちゃうよ。




