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図書室と先輩~ネオ!~  作者: にま
彼の欠点、彼女の短所
74/102

その30 彼女はカッとなって疲れます。

 どうしてかな、先輩が言うと「やっぱりそうなんだ」と思ってしまう。まるで専門医の告知のよう。

 先程の出来事も大きな要因だとは思うけれど、否定も異議を唱えることも出来ない。

 ただ傷口に塩を塗り込むというか、さらに抉るようなことを言わなくても、と少々の反発とともに芳樹君の反応を窺う。

  

「あ、先輩もそう思います? オレも無理だろうなぁって諦めたんすよ。だから文化系の部活にでも入ろうかと思ったんすけど、自分に合いそうなところがなくて……」


 明るい返事。もう乗り越えたことなのか、残酷とも言える告知にショックを受けたようには見えない。良かった、考え過ぎだったみたい。

 膝を撫でる芳樹君を見て、これは真剣にマッサージを覚えなきゃね、などと暢気になことを思う。

 って、あれ、どうしたんだろ、少し……震えている? えっ!

 次の瞬間、握り締められた芳樹君の右拳は、振り上げられたかと思うとハンマーと化した。

 ドゥンという鈍い音。空気がビリッと震えワタシの体は硬直してしまう。


「くそっ、くそっ!」


 止めようにも嗚咽をもらす姿にどうすればいいのかわからない。泉美も同じと見えて立ち竦んでいる。


「お願い、やめて!」


 泉美と一緒に声をあげるけれど、それは届いていないようだった。二度三度と拳が膝を叩くのをただ見ているしか出来なかった。

 こんな時こそ力になってあげなければいけないのに、近寄り難い雰囲気に呑まれ身動きが取れなかった。

 しかしこんなワタシとの差を見せ付けるかのように、この状況でも冷静に最善の方法を実行できる人がいた。

 四度目に響いたのは鈍くも重くもなく、パシッという少し乾いた音。それは芳樹君が叩いたのが膝ではなく先輩の掌だったから。いいえ、先輩が芳樹君の拳を受け止めたというのが正解なのだろう。


「自虐に走るのはそのくらいにしてくれる? 何のためのテーピングかわからなくなるじゃない」


 嗜める先輩の表情はにこやかだ。ただその微笑をそのまま受け取るほど芳樹君も鈍くはないだろう。傍から見ていたワタシが息を呑んだほどだったから、真正面からその笑顔を見た芳樹君の心境はいかほどであったろう。心臓が一回り縮んだのではないかしら。


「それより何より、嘘つき小僧にはお仕置きが必要よね」


 嘘つき? 一体何のこと?

 その言葉が理解できず戸惑った瞬間、その次の単語は実行された。


「いっ!」


 突然芳樹君がのけぞり始める。ふと見ると拳を先輩が握り……えーっ、潰してる? しかも親指が刺さっている刺さってる。痛い痛い痛い。先輩、やめたげてー!


「あら、合谷でそこまで痛がるなんて体調悪いの? 肩こり? それとも疲れ目かな?」


 あ、合谷って知ってる。たしか美肌効果があるって……、美肌? 芳樹君が? あ、いけない。ちょっとツボった。少しこみ上げてきた笑いを抑える。そっか、肩こりとかにも効くんだ、へぇ。

 さっきまでの緊張が解け心配モードはどこへやら。ワタシってばコロコロし過ぎ。酷い女でごめん。


「何言ってんすか。先輩に嘘なんかついた覚えはないっすよ」


 痛そう。止めたほうがいいのかも知れないけれど、先輩の思惑が気になってさっきとは別の意味で体が動かない。


「あら、私に嘘つくのは構わないのよ。上手に優しくついてくれれば騙されてあげるわ」


 ワタシは嘘と分かったら絶対に許せないタイプ。たとえ優しくても上手でも無理! 


「でも君は自分に嘘をついた。それはダメ」


「えっ?」

 

 そこでようやく先輩が手を離した。自分に嘘? 


「バスケをやめたのは膝を壊したからじゃないでしょ」


 どういうこと? バスケをやめたのは膝をケガしたからよね。前にもそう言っていたし。

 ポカンと口を開けた芳樹君を見て先輩は大仰に肩をすくめ、これまたやれやれといった素振りで溜息をついた。


「本当は分かっているんでしょ。もう、自分を誤魔化すのはやめなさい」


 誤魔化す? わからない、一体何を言っているの?

 その言葉を聞き、何度も瞬きを繰り返した後、目を伏せた芳樹君はそのままうなだれた。何も反論をすることなく黙り込んだのはそれが正鵠を射ているから?

 わからない、一体何を考えているの?

 ただわかるのは、目の前の二人が通じ合っているということ。そしてそのことに自分の心がささくれ始めたということ。

 まただ。どうしてワタシってこうなんだろう。すぐにこれ。勝手に疎外感を覚え、勝手に嫉妬をしだす。本当にみっともない。自分がそこに入り込めないのは自分のせいなのに、逆恨みのような感情に支配される。

 と、一呼吸置いてまたしても先輩が言葉を発した。  

 

「自分のせいで負けることが怖くなった。だからケガを言い訳にしてバスケから遠ざかろうとした。というよりチームスポーツからかな。なかなかのヘタレっぷりよね。ううん、逆を言えば、自分がいれば勝てるって思い上がっていたってこと。ホントとんでもない勘違いヤローよね。でもケガで膝と一緒にその思い上がりも砕け散っちゃったと、まぁそういうところかしら」


 なっ! 

 落ち着いて聞いていれば、バスケをやめた理由がケガのことだけではなく、それをきっかけとした内面の問題であったと、そう指摘していたのはわかったはず。

 けれどこの時のワタシの耳は、間に挟まれた揶揄の言葉だけを拾ってしまった。 


「もう少しオブラートに包んでくれると嬉しいんすが?」


「根性なしのおバカさんにはこのくらいがちょうどいいでしょ」


 そしてこの言葉で沸点到達。


「先輩、芳樹君はそんなんじゃありません。酷いですよ、なんでそんなことばかり言うんですか!」


 唾も飛び散らんばかりに先輩に向かって言い放つ。

 そう、慰めることもせず侮辱を繰り返すなんて酷すぎる。いくら先輩と言えど、芳樹君をこれ以上バカにされたくない。


「バスケ出来なくなってつらい思いをしているのにかわいそうじゃないですか!」


 中学の時、バスケが好きって言っていたあの朗らかな顔。ワタシは忘れていない。

 そうだ、ケガさえなければ今頃バスケ部で活躍していたはず。それなのに……。


「だそうよ。さて、どうする?」

 

 無視? 先輩はワタシを横目で一瞥しただけで取り合ってはくれなかった。それどころか、さらに芳樹君に向かって話しかけている。

  

「先輩! スルーしないでください。何でそんな酷いことばかり言うのかって聞いているんです!」


 何なの、この人、もう頭きた! 言葉を選ぶ余裕なんてもうなくなっていた。口から出るのならもう何でもいい。


「やめてくれ。先輩の言っていることは間違っていない。だからそんな風にいきり立たないでくれ」


 ところが、突然強い調子でワタシを諌めたのは当の芳樹君だった。

 えっ、どうして? 


「何でそんな風に言うの。なんで先輩を庇うの。あんなに酷いこと言われて、何で怒らないの?」


 釈然としない状況に口を尖らせていると、手痛い言葉が言われたくない相手から飛んできた。


「新開さん。あなたのその直情的なところ嫌いじゃないし、魅力の一つだと思うわ。でも長所ではない。そのことを自覚しなさい」


 直情的? つまりはすぐに感情的になるってことでしょ。そんなの自分でも分かっている。浮き沈みが激しい性格だってことも。しかも長所じゃない? はっきり短所だって言えばいいじゃない。何よ、いかにも気を使ってあげてるわっていうその態度。


「先輩にそんなこと言われたくありません。何ですか、いつもいつも上から目線で何様ですか!」


 バカにされている。そう思った瞬間に頭が真っ白になった。


「映子ちゃん。ちょっと落ち着いて。ここは先輩に任せよう」


 泉美が止めようとしてきたけれど、ワタシはその手を乱暴に振り払った。ここまで我を忘れるとは思っていなかった。でも、もう自分でも止められない。何をするか何を言うかなんて考えたわけじゃない。ただ、このままでは引き下がれないという意地のようなものだけが先走っていた。

 しかしこの時またワタシの足を止めたのは、芳樹君の激昂した声だった。


「やめろって言っているだろっ! 今先輩と話しているのはオレだ。口出しするな!」 


 乱暴な命令形。しかも怒りの矛先が自分に向けられている。

 あ、これ……。

 そうだ、覚えがある。ここで先輩の噂について話をした時だ。あの時もワタシが教えなかったことで怒りをぶつけられた。

 いつものほほんとしているくせに、こと先輩の話となると人が変わったようになる。どうしてよ! 


「ちょっ、何よそれ。あんな散々言われて悔しくないの? それとも何、先輩の言うことは絶対で、ワタシのことはどうでもいいってこと?」


 何でワタシじゃないのよ。先輩ばっかり見て何でワタシを見てくれないのよ。

 睨むように見据えると、今までに向けられたことのない視線と予想もしていなかった言葉が返ってきた。


「じゃあ聞くけど、オレをかわいそうとか、映子おまえこそ何様のつもりだ? そんな上から目線で見られる覚えはないぞ」


「えっ?」


 そんな……、そんなつもりはないのに、何でそうなるの? ワタシはただ……。

 まとまりのない考えが渦巻く。上から目線? そんなことない。ワタシはいつだって隣で……。

 

「オレは憐れんで欲しいわけじゃない。それがわからないって言うんなら……」


 やめて! わかってほしいのはワタシのほう。何でわかってくれないの?

 そしておそらくは決定的となるであろう最後の言葉を芳樹君が言いよどむ。そのことはワタシにとって救いであったはずだった。けれどワタシはその躊躇をこともあろうか、いつも心の中に燻っていた不満を吐き出すきっかけにしてしまった。


「何よ、いつもいつも先輩先輩って。そんなに先輩がいいなら、ングッ」


 言ってはいけない言葉。言うつもりのなかった言葉。けれど先程の芳樹君と同じように最後まで言い切ることが出来なかった。違うのは芳樹君は躊躇して言いよどみ、ワタシの場合は背後から回された手によって口をふさがれたという点。

 

「ダメ、映子ちゃん。それ以上はダメ。気持ちは分かるけどおしまいにしよ、ねっ!」


 そして泉美は耳元でワタシだけに聞こえるように「私は友達をなくしたくないの」と、いつもの1オクターブは低い声でささやいてきた。

 その瞬間、このまま続ければ芳樹君だけでなく泉美とも友達ではいられなくなるであろうことに気がついた。そしてこの部屋に来ることもなくなるだろう。

 ゾクッと背筋に冷たいものが走る。

 直情的なところが短所。確かに先輩の言う通りだ。一時の感情に振り回され、大切なものを失うところだった。スーッと何かが引いていく感じがした。


「悪かった、言葉が過ぎた。オレのほうがいきり立ってたみたいだ。ごめん」


 謝らなければと思ったところで、芳樹君が急に立ち上がりワタシに向かって頭をすごい勢いで下げた。おかげでまた一段階ワタシの心は平静に戻る。

 どうしよう? こんなふうになるとは思っていなかった。芳樹君が謝る必要なんてない。謝るのはワタシの方。ただ、さっきの勢いだけが残っていて呼吸が整わない。少し伸びをするようにして、ワタシは大きく息を吸い込む。そして吐き出す。三度ばかり繰り返すと、目の奥、耳の奥に感じていた痛みも薄らぎ、少し落ち着くことが出来た。


「ん、こっちこそごめんなさい。泉美、もう大丈夫だから。ありがとう」


 あーあー、涙まで出てる。やだ、みっともない。

 ここでハンカチを出せばいいのに、気が急いて掌で目元をぬぐう。この生来のがさつさも絶対短所よね。

 そして顔を上げる間の悪い芳樹君。

 やだ、見ないでってば! やめてぇ、今の顔最悪なんだから。

 今度は恥ずかしさのあまり顔を赤くしていると、芳樹君の気を逸らすかのように先輩が泉美に話し掛けた。


「ふーん、大原さんはそっちを選ぶんだ。もっと女だと思っていたのに、ちょっと意外かな」


 脈絡のないような先輩の言葉。でもそれは核心をついていた。


「やだぁ、先輩ったら。私はまだ女の子ですよぉ。だから欲張りなんです」


 泉美も冗談めかしてそれに答える。

 そう、もし泉美が恋敵であるワタシを蹴落とすつもりだったのなら決して止めなかっただろう。この機に乗じてワタシを排除することも出来たのだ。

 先輩に言わせれば、それが「女」なのだろう。

 あのままだったら、決定的な亀裂が入り芳樹君との仲は修復不能になっただろうし、この図書室に来ることもなくなる。ここにいる四人の中で、ワタシ一人だけがフェイドアウトすることになっただろう。 

 そこで泉美も言外に答えたのだ、私はそういうことはしたくないと。それが「女の子で欲張り」なのだ。

 以前締結した芳樹君争奪戦協定は「欲深く、でも仲良く奪い合う」だった。ここでワタシが自爆して、結果芳樹君と付き合えたとしてもそれは望む形ではないと泉美は言っている。

 ありがとう、泉美。

 泉美に目を向けると、先輩と微笑み合っていた。

『だからあまりひっかき回さないでください』

『あら、あなたなら上手く立ち回れるでしょ』

 そんな会話が聞こえてきそうな笑顔の応酬。

 二人とも大人だ。なんだかワタシだけが子供みたい。あ、もう一人子供がいた。先輩と泉美の会話に首をひねっている男子。うん、かわいいね。


「さて、新開さん」


 突然名前を呼ばれ向き直ると、驚くことに先輩がいきなり頭を下げてきた。


「さっきはごめんなさい、酷いこと言って。ちょっと調子に乗りすぎたわ。許してくれると嬉しいんだけど」


 えっ! 何これ? 確かに短所が云々言われたけど、謝られるようなことじゃない。ワタシのほうこそケンカ売ったみたいになって、怒っているんじゃないかって内心ビクビクしていたのに。

 身の置き所がないってこういうこと? 芳樹君を見ても同じ心境なのか驚いた顔をしているばかりだし、泉美は泉美でニヤニヤしてて助けてはくれそうにないし、どうしたらいいの?


「えっ、えっ? どうしたんです、先輩。頭を上げて下さいってば。ワタシは酷いこと言われたなんて思っていないですから」


 あの時はカッとなったけれど、よくよく考えればワタシが空回りしていただけのこと。先輩は……、性格はちょっとどころかとーっても悪いけど、とにかくさっきの件は先輩のせいじゃない。

 逆にワタシの方こそ謝らなきゃいけない立場よね。

 そして、謝罪のために少しばかり居ずまいを正すものの、先輩がさっと顔を上げ……、結局タイミングを逸してしまう。何しろ先輩がこれ以上はないというくらいの魔女顔をしていたから。そう、あの意地悪そうで何とも楽しそうな顔、それを見て何するつもりなんだろうと、思わずそっちに興味をひかれてしまったのだ。 


「そっ、ありがとう。じゃあ悪いのは全部芳樹! ということでいいかしら?」


 あ、なるほど、さすが先輩、うまい! コレ落としどころとしては最高。


「あ、それなら問題ないです。ワタシ怒鳴られましたし」

「映子ちゃん、それで泣いていましたしね。至極当然な結論だと思います」


「そうよねぇ、女の子泣かせるなんて男としてはサイテーよね」


 ワタシ達は顔を見合わせ頷き合う。

 そう、元を正せば芳樹君が一人でいじけ始めたのがことの発端。それから始まったワタシの超乱高下。自分で言うのもなんだけどかなりグッタリなんだから責任とってよね。

 

「ちょっと待ってくださいっす。オレなんかもっと酷いこと言われてたような気がするんすが?」


 あわてて抗弁するけど、そんなものが先輩に通用するはずないじゃない。


「あれ? 間違っていないって自分で認めてたわよね。だったら酷いこととは言わないでしょ」


 ほら。

 唖然呆然の芳樹君。この時の顔ったらもう……。 

 さてさて、先輩は次にどんなことを企んでいるのかしら?

 


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