その29 彼はカットラスで突かれます。
確かに海賊だな。今の言葉はまさにカットラス。情け容赦なく突き立ててきやがった。まったく、メアリ・リードかってーの。
でもね先輩、それは分かっていますって。だからバスケ部に入らなかったんですから。
「あ、先輩もそう思います? オレも無理だろうなぁって諦めたんすよ。だから文化系の部活にでも入ろうかと思ったんすけど、自分に合いそうなところがなくて……」
自分ではケリをつけたつもりだったが、いざ他人からそれを突き付けられてみると意外にショックがでかい。引導を渡されるって言うのかな、こういうのは。
はき直したズボンの上から右膝を撫でる。そう、これじゃもう……。
あれ?
自分の言葉に反応して、もやもやと何かがわき上がってきた。
……違う。もしかしたらと思っていたんだ。昨日あれだけ動けたものだから、もう大丈夫かもって思っていたんだ。だけど実際はどうだ? まともに動き回ったのはたった10分程度。そう、たった10分で今日はこのていたらく。みっともないったらありゃしない。
鬱屈した感情の正体、これは一体何だろう。後悔? 未練? いや、多分それだけじゃない。色で例えるなら黒一色じゃない。ないまぜとなった感情は、さまざまな色が光を失い溶け合っているのに似ている。
そして、何かが切れた。
オレはいつのまにか嗚咽を漏らしながら拳を膝に叩きつけていた、二度三度と。逃げ場のない衝撃が膝小僧と踵に響く。
「くそっ、くそっ!」
分かっている。分かってはいる、もうバスケはできないだろうことは。でもこんな思いになるなんて。今痛みを感じているのは膝じゃない。
映子と泉美が何か言っていたが、理解することは出来なかった。それを無視してオレは拳を振り上げた。
しかし四度目に叩いたのは、寸前に割り込んできた先輩の掌だった。
「自虐に走るのはそのくらいにしてくれる? 何のためのテーピングかわからなくなるじゃない」
顔を上げると先輩はニッコリと微笑んでいる。
いるのだが……。こえぇ、すっげぇこえぇ。表情とは裏腹のオーラにオレは一瞬にして我に返った。
そうだった。せっかく手当てしてくれたのに、それを無にするようなことをしていけない。メンタル弱すぎだろ、オレ。
「それより何より、嘘つき小僧にはお仕置きが必要よね」
ゾワッと何かが背中に走った瞬間、オレの拳はがっしりと掴まれ、その圧力に拳を維持できなくなってしまった。しかも、先輩の親指が爪ごと突き刺さり激痛に見舞われる。
「いっ!」
痛みというものは、強くなればなるほど「痛い」という言葉では表現できなくなる。呻くか歯を食いしばるかだ。
振りほどこうにも力が入らず身をのけぞらせるしかできない。
「あら、合谷でそこまで痛がるなんて体調悪いの? 肩こり? それとも疲れ目かな?」
「ごうこく」て何だ。ツボか? 経絡秘孔なのか? もしかして、オレはもう死んでいるのか?
「何言ってんすか。先輩に嘘なんかついた覚えはないっすよ」
もうほとんど悲鳴。疲れ目どころか涙目のオレ。しかし先輩は力を緩めてはくれない。
「あら、私に嘘つくのは構わないのよ。上手に優しくついてくれれば騙されてあげるわ」
そんな高等テクニック、オレには無理!
「でも君は自分に嘘をついた。それはダメ」
「えっ?」
そこでようやくオレの拳は解放された。
「バスケをやめたのは膝を壊したからじゃないでしょ」
何のことだ? オレがバスケをやめたのは膝をケガしたせいだ。それは前にも話したはずなのに。
そこでオレの顔色の変化を読み取った先輩は、呆れ果てたように大きく溜息をついた。
「本当は分かっているんでしょ。もう、自分を誤魔化すのはやめなさい」
誤魔化す? 立て続けに先輩から浴びせられた言葉がオレの中でカチッとはまる。
そんなことはないと反論しようにも、それこそが一番しっくりくることをオレは認めざるを得なかった。
そうだ、そうだった。オレは……、バカだ。
「自分のせいで負けることが怖くなった。だからケガを言い訳にしてバスケから遠ざかろうとした。というよりチームスポーツからかな。なかなかのヘタレっぷりよね。ううん、逆を言えば、自分がいれば勝てるって思い上がっていたってこと。ホントとんでもない勘違いヤローよね。でもケガで膝と一緒にその思い上がりも砕け散っちゃったと、まぁそういうところかしら」
この言われよう。膝が砕け散ったら困るが図星だ。バスケを続ける気持ちが切れたのはそれがあったんだろう。自分ではっきりと意識したことがなかったがストンと胸落ちした。
「もう少しオブラートに包んでくれると嬉しいんすが?」
「根性なしのおバカさんにはこのくらいがちょうどいいでしょ」
うわぁ、そこまで言うか。
嘘つき小僧、ヘタレ、勘違いヤロー、根性なしのバカ。先輩のカットラスが次々とオレの欠点に突き刺さる、しかも的確に。
自覚しているとはいえ結構きつい。きついんだけど、でも何だろう、その分だけ心が軽くなっていくような……。
「先輩、何ですかそれ。酷いですよ、どうしてそんなことばかり言うんですか!」
うぉ、映子が戦線参加してきた。噛み付かんばかりだ。あー眉間に皺。
しかし、オレからして見ればかなりの強者であろう映子だが、いかんせん相手が悪い。冷血非道な海賊魔女には勝てるはずもない。
それに……。
「バスケ出来なくなってつらい思いをしているのにかわいそうじゃないですか!」
かわいそう、か。やっぱりそう来るか。
「だそうよ。さて、どうする?」
先輩は一瞥しただけで映子に向き直ることはしなかった。
少し細めた目が、厳しく冷たくそして優しくオレに聞いている。それでいいの、と。
「先輩! スルーしないでください。何でそんな酷いことばかり言うのかって聞いているんです!」
無視された映子が声を荒らげる。オレのことで怒ってくれているんだろう。ありがとうな、でも正直それは……。
「やめてくれ。先輩の言っていることは間違っていない。だからそんな風にいきり立たないでくれ」
少し語気が強くなってしまったが、それが功を奏して映子の勢いが止まった。
俯いた映子が手を震わせながら搾り出すような声でオレに迫る。
「何でそんな風に言うの。なんで先輩を庇うの。あんなに酷いこと言われて、何で怒らないの?」
あー、まずった。ごめん。でも、これ以上庇われたらそれこそオレ、立ち直れないんだよ。
「新開さん。あなたのその直情的なところ嫌いじゃないし、魅力の一つだと思うわ。でも長所ではない。そのことを自覚しなさい」
殴りかからんばかりだった映子を冷静に諭す先輩。優しい言い方なんだけどかなり辛辣だ。勝負あり、と思ったが……。
「先輩にそんなこと言われたくありません。何ですか、いつもいつも上から目線で何様ですか!」
キレた。唇を噛みしめて顔は真っ赤だ。先輩を睨む目には涙があふれそうだ。
「映子ちゃん。ちょっと落ち着いて。ここは先輩に任せよう」
泉美が手を取ろうとしたが、それを振り払う映子。先輩に向かって一歩踏み出した。
あーもう!
「やめろって言ってるだろっ! 今先輩と話しているのはオレだ。口出しするな!」
いつもだったら絶対こんな口調にはならないだろう。だが今はなぁなぁで済ませてはいけない。オレはオレ自身ですら気付かなかった本心にようやく向き合えたのだ。邪魔して欲しくない。
「ちょっ、何よそれ。あんな散々言われて悔しくないの? それとも何、先輩の言うことは絶対で、ワタシのことはどうでもいいってこと?」
うーん、微妙に話があさって方向。女の子特有のパターンだ。オレのフォローに回っているつもりなんだろうけどなぁ。嬉しいよ、たださ、こんなオレにだって譲れないものがあるんだ。
「じゃあ聞くけど、オレをかわいそうとか、映子おまえこそ何様のつもりだ? そんな上から目線で見られる覚えはないぞ」
「えっ?」
「オレは憐れんで欲しいわけじゃない。それがわからないって言うんなら……」
続きが出てこない。傷付けるであろうことが容易に想像出来たが故に、次の言葉が頭から吹っ飛んだ。あーやっぱりオレってヘタレ。
映子は少したじろいだ様子だったが、オレが黙り込むとまた俯いて体を震わせ始めた。
「何よ、いつもいつも先輩先輩って。そんなに先輩がいいなら、ングッ」
ング?
「ダメ、映子ちゃん。それ以上はダメ。気持ちは分かるけどおしまいにしよ、ねっ!」
背後から映子の口をふさぐ泉美。ナイスタイミング。ここはオレも少し頭を冷やすべきだろう。
「悪かった、言葉が過ぎた。オレのほうがいきり立ってたみたいだ。ごめん」
その場で立ち上がり、映子に向かって深々と頭を下げた。映子の細い足首が目に映る。
そのまま殴られるかとも思ったが、踵を何度か浮かせては下ろしている。深呼吸で息を整えているようだ。
「ん、こっちこそごめんなさい。泉美、もう大丈夫だから。ありがとう」
顔を上げると、映子が赤くなった目を不器用そうな手つきでぬぐっている。良かった。どうやら少し落ち着いたようだ。さすが泉美、グッジョブ!
「ふーん、大原さんはそっちを選ぶんだ。もっと女だと思っていたのに、ちょっと意外かな」
そっち? 女? あいかわらず先輩の言葉には疑問符が付き纏う。
「やだぁ、先輩ったら。私はまだ女の子ですよぉ。だから欲張りなんです」
女の子? 欲張り? 泉美の返答もこれまた疑問符。
しかし先輩と泉美は互いの顔を見合わせ微笑み合っている。映子は一人納得したような顔をしているし、もしかしてオレの国語能力、会話能力が低いのか? いや、高いとは思っていないが。
まぁ、通じ合っているならオレがアレコレ言うのは無粋なんだろうけど、電流が走っていそうな緊張を感じるのは気のせいか?
「さて、新開さん」
映子に向き直った先輩が突然に頭を下げた。
「さっきはごめんなさい、酷いこと言って。ちょっと調子に乗りすぎたわ。許してくれると嬉しいんだけど」
何、一体全体どうしたって言うんだ? こんな先輩は初めてだ。当の映子も予想外の出来事にキョドっている。忙しく首を回してオレを見たり泉美に目をやったり、音がしそうなほど両手を激しく振り始めた。
「えっ、えっ? どうしたんです、先輩。頭を上げて下さいってば。ワタシは酷いこと言われたなんて思っていないですから」
さっきまでの勢いはどこへやら、完全に毒気を抜かれた顔をしている。
そこで顔を上げた先輩のニコッというよりニヤァッとした魔女顔を見た時、オレは嫌な予感に身を震わせた。
「そっ、ありがとう。じゃあ悪いのは全部芳樹! ということでいいかしら?」
な、何ぃ!
「あ、それなら問題ないです。ワタシ怒鳴られましたし」
「映子ちゃん、それで泣いていましたしね。至極当然な結論だと思います」
「そうよねぇ、女の子泣かせるなんて男としてはサイテーよね」
三人が顔を見合わせ頷きあっている。
何でそういうことになる? おかしいだろ。
「ちょっと待ってくださいっす。オレなんかもっと酷いこと言われてたような気がするんすが?」
「あれ? 間違っていないって自分で認めてたわよね。だったら酷いこととは言わないでしょ」
えー?
この時の先輩の顔ったらもう……。
しかも映子と泉美の目までが意地悪そうに、そして楽しそうに輝き始める。後ろ手でカットラス隠し持っている感じ。
おいおい、あなた達まで海賊魔女にならないでくれぇ!




