その27 彼は無防備です。
それからは驚くばかり。先輩の謎がまた一つ増えてしまった。
股間あたりをシャツで隠しつつ右足をさらけ出すと、先輩は無言で太ももやふくらはぎをまるで触診するかのように揉んだり押したりし始めた。
「あーやっぱり若い子のお肉って美味しそう。ねぇ齧っていーい?」
「そういうベタなボケはいいですから」
「あら、本気なのに」
口元に手の甲を寄せてコロコロ笑う先輩。うん、やっぱりズルかわいい。
「なんでサポーターしてこなかったの? 今日だって痛いんでしょ」
何で分かるんですか? ちょっと怖いですよ。
「もう平気かなって思って、ここのところしてないんすよ」
一学期は大事をとって体育のある日以外はサポーターをつけていたが、痛みもないしぐらつくこともないので二学期になってからはつけなくなっていた。
「ダメよ。昨日あれだけ動き回ったでしょ。思っている以上に負担がかかっているんだから」
「はぁ」
「肌は弱い方じゃないわよね」
そう言いながら鞄の中から巾着袋? みたいなものを取り出す先輩。
「先輩、それ何ですか?」
「ん、救急袋。女の子袋も兼ねているけどね」
女の子袋? あー、女子の必須アイテムのね。でもそれを堂々と言う? 聞いたこっちが恥ずかしくなりましたよ。
しかも先輩が取り出したそれはイメージからあまりにかけ離れていた。普通救急袋と言えば白地に赤の十字のデザインが思い浮かぶが、布は黒地で灰色のこうもり柄。真ん中には十字の代わりにとんがり帽子をかぶったドクロ。交差する骨は箒になっている。しかもその下に砂時計。
海賊旗じゃねえか!
おいおい、中に一体何が入っているんだ。ナイフとかロープとかが入っていそうだぞ。
「あ、これ? ほら海賊の漫画とかアニメあるでしょ。私好きなのよね。だから自分で作っちゃった。どう、魔女ドクロ、かわいいでしょ」
ダメだ、この人、やっぱり変! 映子も泉美もそれを見て言葉をなくしている。
「先輩、ジョリー・ロジャーは女の子が持つにしてはちょっとユニーク過ぎませんかね」
「これからは私のことは海賊魔女アデルと呼んで頂戴」
そんな会話を交わしながら先輩が袋から取り出したのはガムテープ。えっ、口塞がれて手足もグルグル巻きの刑? それで書庫室に放り込まれたり? 一瞬そんな想像をしてしまったが、よく見るとそれはガムテープなどではなく、肌色の幅広テーピングテープだった。
もしかしてオレのために用意してくれたのか? 結構高いんだけど。いや、ここはそれを追求する場面ではないな。聞いたところでとぼけられるだろうし、心の中で感謝するに留めよう。お礼はいずれ改めて。
それにしても、まさか先輩に膝の手当をしてもらう日が来るとは……。ありがたいは恐れ多いはでちょっと緊張するぞ。ただ何か悪戯をされそうな気もする。脛にあてられてベリベリッとかされそう。うっ、ゾワゾワしちゃったよ。
「新開さん、大原さん、ちょっと見てて。覚えておくといいわ、これからはあなた達がやってあげる、かも知れないんだから」
だから先輩、そういう煽りやめて。
それから先輩は除菌シートで腿、膝の辺りを丹念に拭いた後慣れた手つきでテープを巻いていった。何とも至れり尽くせりの手当てに恐縮してしまう。
しかも肝心のテーピングたるや、オレが教わった巻き方とは違うが膝を固定するには十分過ぎる本格的なものだった。一体どこで覚えたんだろう。
「そういえば先輩、芳樹君が膝ケガしてるのどうして知っているんですか?」
最後の一巻きが終わった時、映子が訊ねた。
これは下手をすると危ない展開が待ち受けていそうな気がする。先輩の答えようによってはまたキレるかも。知らなかったって落ち込んでいたしなぁ。
「だって直接聞いたもの」
オレの気持ちを知ってか知らずか先輩が即答する。映子は驚いた顔を見せたが、それ以上は何も言わなかった。
そう、あれは二度目の当番だったろうか。返却本を書架に戻していた時聞かれたんだった。
「ねぇ君、寺山君だっけ。気を悪くしたらごめんなさい。もしかして右足ケガしてる?」
あの時は本当に驚いた。足を引き摺ったりしていたのならともかく、ほとんど違和感もなくなって普通に歩けるようになっていたというのに、いきなり看破されたのだから。
聞けば少し右足をかばうような歩き方になっていたらしい。自分では気付かなかったし、今まで誰かにそれを指摘されたこともなかった。
そしてその頃はまだサポーターをしていたがそれも見抜かれていた。
そうなると誤魔化しようもないので、中学の時バスケットの試合でケガをしたことから、その後のおおまかなことまで適当にぼかせばいいことまで話してしまっていた。
今思えば不思議なのだが、その時すでに毒気に当てられていたんだろうなぁ。
そのことがキッカケでよく話をするようになったのだが、毒を浴び続けることになるとは思っていなかった。
オレの不運ここに極まれり。それが今も続いているのは……、うん、気のせいということにしておこう。
「一学期の初めの頃かな、歩き方でバレちゃってさ。白状するしかなくてね」
黙っていたという負い目みたいなものがあって、内心ヒヤヒヤしながら映子の反応を窺う。
「そう……」
意外と言うか、映子はそれ以上の追及をしてこなかった。それはそれで気に掛かるが、今はそっとしておこう。藪蛇になりかねないからな。
そしてオレはテーピングされた右足を上げ下げし具合を確かめる。
凄い、痛みも軽くなっている。これってかなり専門的だと思うんだけどな。聞いてもはぐらかされるだけだろうし。うーん、やっぱり謎が多すぎる。
「ありがとうございます。大分楽になったっす」
掛け値なしにお礼を言ったのだが、先輩はそれに応えてはくれなかった。少し表情を曇らせている。
「大き過ぎるお世話なんだけどいいかしら?」
「はぁ、なんすか?」
なんだろう、目が真剣だ。そして躊躇う素振りも見せずに先輩が放ったセリフは、無防備だったオレの胸を正面から貫いた。グサッという擬音が聞こえるかのように。
「その膝じゃもうバスケは無理だと思うわ」




