その25 彼は脱ぎます。
ズボン? えっ? お願い、聞き間違いでありますように。
そろーっと顔を窺うと、先輩は首を傾げてニッコリ。あ、かわいい。……じゃなくて! ダメだ、これは多分マジだ。
もしかしてズボン脱いで校舎一周してこいとか? いじめか? いじめなのか? いや、先輩はそんなことをする人ではない……はず。でもこの人相手に希望的観測は厳禁だしなぁ。
「あ、ごめん、間違えたわ。司書室行きなさいって言おうと思ったんだった」
どこをどう間違ったらズボン脱げになるんですかね? でも良かった、絶望的観測に支配されるところでしたよ。
「そしたらズボン脱いでくれる?」
支配されました。
「ちょっと先輩! なんで司書室でズボン脱がなくちゃならないんすか?」
「えっ、ここで脱ぎたいの? でも、誰か来るかもしれないわよ、いいの?」
「よくないっす! ……じゃなくてですね、何で脱がなくちゃいけないんすか?」
「そりゃもちろん、むふふぅ」
うぅ、何考えているかさっぱり分からない。
「はい、二人とも、被疑者を連行!」
「「は、はい!」」
完全に先輩のペース。二人がなす術なく巻き込まれている。いや、これは二人が弱いとか未熟とかいうわけじゃない。要は先輩が魔女過ぎるという一言に尽きるのだろう。
「何すか、被疑者って。オレは悪いことしてないっす! 被害者ならともかく」
「二人にいじめられてるものねぇ。被害者でもいいんだけど、今の君にはある疑いがかかっているの。だから被疑者ね」
「加害の主犯格はどう考えても先輩なんすが? それに何を疑われているんすかねオレは」
先輩がオレを……、正確には右膝を一瞥する。
あ、そうか! 膝を痛めたんじゃないかと思っているんだ。
「どう立てる?」
うーむ、どうやら心配をかけてしまったようだ。すみませんです。ちょっと痛いけど全然平気ですから。運動した後はいつもこんなものですし、気にしないでください。
よし、ここは何ともないところを見せて嫌疑を晴らそう。
だが日常での何気ない動作に何かしらの意図を含ませることが不得手な人間はいるもので。
両膝に手をやりながら「よっこいしょ」と腰を上げた瞬間。
「うおっ!」
右膝にばかり注意を払っていたせいか、立ち上がるとき体重をかけていた左手がスルッと滑った。半身になった上体でこらえきる術はなし。まず左膝をしこたま打ち付けた。次は肘、そして肩。そして転がった先にあったのは本棚。角に頭をゴン! 目から星が飛び出たような気がする。
「いってぇ!」
まさに絵に描いたようなドジ。不運がデフォルトとはいえこれは恥ずかし過ぎる。
あわてて駆け寄ってきた二人は右膝のせいで転んだと思っているようだった。
「大丈夫? 無理しないで」
「頭打った? 平気? 血ぃ出てない?」
単なるドジだったとは言えない雰囲気。うぅ……。
だが気付く人は、というより気付かれたくない人というのは実に目ざといのだった。
そして今、オレは涙目になりながら頭を擦っている。司書室に入ってもなお止まぬ「イーヒッヒッ!」という魔女笑いを聞きながら。
「先輩、そろそろ勘弁してください」
「そうですよ、先輩。笑うなんて酷いです」
「笑わないでください、せんぱーい」
オレの両脇で二人が援護をしてくれるのだが正直心苦しい。
「はー、ごめんごめん。いやまさか、あんなこと仕掛けてくるとは思わなくて。ホント楽しませてくれるわ」
その言葉に目付きが変わる二人。まずい。
「先輩を楽しませようとしたわけじゃないんすけどね。まぁたしかに、さっきのは自分でもドジったとは思いましたよ」
「えっ、じゃあさっきのは膝のせいじゃないの?」
「膝に力入らなくて転んだと思ったけど?」
本当に単なるドジでごめん。惜しい気もしたが、ここは二人の好意的誤解を解いておくことにした。この調子だと雪だるま式にふくらんでしまって、救急車を呼ぶ呼ばないにまで発展しそうだ。
怒られるか笑われるかすると思ったが、事の真相を話すと二人は安堵した顔でそれに応えてくれた。これよこれ。やっぱりヤローとしては女の子にはこういうのを求めたいわけで。先輩にはこの二人を見習って欲しいぞ。
「先輩、そんなことより何でズボン脱がなくちゃいけないんすか?」
二人の臨戦態勢が解けたので話を戻す。なんとなく分かってはいるが一応確認をする。勝手に解釈するのは危険極まりないからな。
「いいことしてあげるためよ。ホントならベッドのある保健室に行きたいんだけどね」
保健室で女の子とごにょごにょ。妄想シチュエーションでは十分アリ! なんだけど、先輩相手にエロゲー展開はナシ! その手は桑名の焼きハマグリだぞっと、内心で十分時代錯誤的な反発をするのだが……。
「「先輩っ!」」
真に受けちゃう人が約二人。また臨戦態勢? もう勘弁して。
「はい、二人とも落ち着いてくれる? 何も童貞を奪おうなんて考えてないから安心して」
先輩? そういう単語を口に出すことに恥じらいとか躊躇いとかはないんですか? ないんでしょうね。でもですね、あまり二人を焚き付けないでくださいよ。
「もういいかげんにしてください。ズボン脱がして何するつもりですか!」
「そうですよ。手当てするのならともかく……、ってもしかして?」
泉美がはっとしたように口をつぐむ。映子も一瞬遅れてそれに気付く。
「だからさっさと脱いでくれる。右足だけでいいから」
さっきまでの会話を説明として、オレにズボンを脱ぐよう命令? 強要? してくる先輩。
うーん、それなら最初からそう言ってくれればいいのに。二人をからかうのがメインなのは分かりますけどね。
あ、でも先輩? オレのケガって外傷じゃないから見たところでわからないですよ。
「えーとズボンまくるだけじゃダメっすか?」
「ダーメ。それじゃ大腿筋とか見られないじゃないの。内側広筋とかも堪能したいし」
筋肉フェチですか、あなたは?
さすがに女子三人のいるところで片足だけとは言えズボンを脱ぐのは恥ずかしいし抵抗があるんだが、言ったところで勘弁してはくれないよなぁ。でもここでうだうだしていても状況は変わらない。いやもっと泥沼化するだろう。しかたない。
「あの、優しくしてくださいね」
「そういうベタな返しはいいからさっさと脱ぐ!」
仁王立ちになった魔女に逆らって生き延びられる可能性は低し。はぁ……。
ってそこの二人! 何その興味津々そうな顔? 目ぇキラキラさせるとかやめて。お年頃なんだから恥らって後ろ向くとかしてくれぇっ!




