その20 彼女は夢想します。
えっ、今何が起こったの?
たしか、あの大きな人の脇を抜けてって……。えっ、それからどうなった? 気が付いたらシュートしてて……。
えっ?
「ねぇ泉美ぃ? 今芳樹君何したの?」
「何って、ドリブルで抜けてってシュートを決めただけ。見てたでしょ」
「見てたけど……。あっと言う間でよくわからなかった」
信じられない。いつの間にかゴールまで行っていつの間にかシュートしてたって感じ。
「「「「ワァー!!!」」」」
キャッ! 周りのみんなも同じだったのか、歓声を上げるのに一呼吸を要したみたい。
凄い凄い。上手いのは知っていたけど正直ここまでとは思っていなかった。手品を見せられた気分。三年生も唖然としている。
「寺山ぁ、すっげぇ!」
「何今の? 三秒もかかってなかったんじゃないか!」
「おいおい、お前は何者だよ」
「お前ってやれば出来る子だったんだな!」
コート上ではみんなが驚きを隠せない様子で芳樹君を褒め称えている。
「ねぇ新開さん。寺山君凄いじゃない。信じられない」
「ねぇねぇ、なんで寺山君バスケ部入らなかったの?」
「大原もさ、知ってたの? 寺山君があんなにバスケ上手いの」
「ちょっとちょっと、意外過ぎるわ」
コートの外ではクラスメイトの女子達が興奮した様子でワタシと泉美に話しかけてくる。
あ、なんか嬉しい。鼻高々。ふふん、どう? ワタシの芳樹君は。凄いでしょ、カッコいいでしょ。でもダメだかんね、あげないからね。
「まだまだよ。芳樹君はもっと凄いんだから。ホントに逆転してくれるから見てて」
あれ、興奮冷めやらぬワタシと違って何か冷静というか……。全然驚いてないし、むしろ当然って顔してる。
そういえばケガのことも知っていたわよね。どうして? 席だって遠いし二人で話をしているところなんて見たことがない。ワタシの知らないところで? ううん、そんなことはないはず。じゃあなんで?
疑問が漠然とした不安につながる。そうだ、そもそも何故泉美は……。
「おい、一年! お前バスケ部じゃないだろうな」
少し怒気をはらんだ声にふっと我に返った。
何あの大きい人。怒鳴らないでよ。もやもやした気持ちが、あの三年生を仮想敵としてとげとげしさに変わる。八つ当たりに近いけど芳樹君をいじめる人は許さないんだから。
「いえ、中学ん時ちょっとやってたってだけっす」
「よっしゃっ、芳樹っ! その調子でバンバン行きなさい! 大門なんてけちょんけちょんにしてやれぇ!」
先輩ってば大きな声。違和感なくて気付かなかったけど、それこそいつの間にか呼び捨てにしているし。なんだかお姉さん的な? どういうつもりだろ? 考えていることが読めないからなぁあの人。しかもけちょんけちょんって何? 今時使わないよね
「おいおい、高橋ぃ、俺お前に恨まれる覚えはないんだけどな」
芳樹君を睨みながら先輩に文句言って、そ知らぬ顔でパスを出すとか性格悪そう。ほら! そんなの通じるわけないじゃない。別所君がパス受け取ってシュート。
へへーん、どう? 甘く見ないでよね。四谷君じゃないけど、やれば出来る凄い子なんだから。
あれ、また芳樹君に向かってる。懲りない人だな。勝てっこないんだから引っ込んでいて!
「おいこら。ここは三年に花持たせて、気持ちよく卒業させてあげようとか思わないか?」
そんなの関係ないじゃない。それならこっちも言わせて貰うけど、立つ鳥跡を濁さずで静かに消えてってください。
「いやいや、ここまできたら逆転させてもらいたいっす。若い芽を摘まないで欲しいっす」
「こらぁ、大門! 老兵はただ消え去るのみよぉ。大人げないマネはよしなさーい」
先輩ったら酷いんだ。仮にもクラスメイトを老人扱いとか、それじゃ嫌われちゃいますよ。
「うるせえ! 同じ高校生で大人も何もねえだろ。年寄扱いすんな。それに俺は早生まれだからまだ17だ」
「「「「「えっ!」」」」
嘘! 見た目が……悪いけど社会人でも通じるんですけど? ほら、クラスメイトの人達だって驚いているじゃない。大人っぽいと言えば聞こえはいいけど、老けてません?
あ、いけないいけない! ワタシってばこれだから。人の容姿をアレコレ言うのは失礼よね。うん、反省。
「お前らー!」
意外と本人も気にしてる? えーと、頼りがいがありそうで素敵ですよ、……多分。
えっ、そこでいきなりシュート? 芳樹君さすが! さっと手を出して防いだ。別所君も凄い。素早く拾ってシュートまでもってった。えーとこれで15点差。本当に逆転できるんじゃ?
「おい、高橋ぃ。なんなんだよこの一年。ずるいだろ」
それ先輩に言います? まぁいろいろとずるい人ですけど。
「ふっふっふ。聞いて驚きなさい。彼こそこれからの図書委員会を背負って立つ期待の超新星、寺山芳樹君その人よ。ついでに言うとおっぱい星人で、すでに二人のおっぱいを手中に収めているわ」
先輩ってば、こんなところでおっぱいはやめません? らしいと言えばらしいんですけど、こっちが恥ずかしいです。それにまだ布越しタッチの段階です。早く直に収めて欲しいんですけどね。
「なんだそりゃ? まぁいいや、どっちみち許せないヤローなわけだ。よし、高橋ぃ! このガキとっちめて俺らが勝ったら、さっき言っていた「いいこと」ってやつしてもらうからな。いいな!」
あ、なんだかすごいガキ論理。それに「とっちめる」って小学生でも使わないよね。先輩達って本当に三年生ですか?
「何想像しているか知らないけど……、いいわよぉ、何なら全員一緒に相手したげるわ。せいぜい頑張ることね」
それかなり卑猥な想像しちゃうんですけど? 「いいこと」って一体何するつもりなんです? 18禁?
「言ったな。忘れるなよ、ひんむいてやるからな!」
うわっ、やっぱりそうなるよね。でもダメでしょ。
「芳樹っ、今の聞いた? ケダモノ達に襲われそう。助けてー!」
あ、これ絶対に楽しんでいる。先輩ってば男子で遊ぶのが本当に好きなのね。あー、そういえば桜田先輩もそれで酷い目に遭っていたわね。
ピピィー! ピーピピピピィー!
審判の先生が笛を吹いた。なんで二度も?
「大門! テクニカルファール! 得点係、三年生の点を5点マイナスして!」
テクニカルファールって何? 反則? 5点も減らされるんだ、へぇ。
「えー、先生、テクニカルファールで減点なんてルールないっしょ!」
え、やっぱり違うの? 三年生が先生に抗議しているけど先生の言いつけ通り得点が5点減らされた。球技大会ってことで適当ルールなのね。あ、一気に10点差。もしかしたら本当に逆転できる?
逆転……。キスできる? キスしたい。泉美の揉み放題は問題ありすぎるから却下よね。いくらおっぱい星人でもこれはパスするよね。でもキスだったら普通よね、いいよね。教室に残ってもらってでもいいし、体育館の裏に連れて行ってもいいし、もうなんなら試合終わったら抱きついて無理矢理にでも……。これ、ありかなしかで言ったらありよね。
「お前なぁ、球技大会ってことわかっているか? 目に余る言動ばかりしおって。悪ふざけももいい加減にしろ。没収試合にするぞ」
「えー、あっちの一年だって、キスとかおっぱいとか言ってたじゃん。そっちはどうなんよ?」
「あれはギリギリ応援の範疇。お前のは性犯罪、見過ごせるわけなかろう。いわば教育的指導だ。文句は受け付けん。いいな!」
そうですよね、キスは応援ですよね。先生わかってるぅ。
「えーっ!」
「えー、じゃない。なんだったら直接指導してやるぞ。フリースローはなしにするからさっさと戻れ」
「ウィーッス!」
あ、先生がこっち向いた。
「それとそこの女子二人。さっきみたいな応援したら、次はそっちを減点するから注意するように」
あうっ、やっぱりダメでしたか? とりあえず返事だけはしておこう。
「「はーい」」
二人して上辺だけの返事。怒られないように応援か。キスがダメとなると? あ、デートがあるじゃない。高校生らしくまずはデートから。うん、そっちに切り替えようか。で、デートをしてまずは手をつなぐ。それから公園でもどこでもいいからキス。何はなくてもキス。うん、それだ!
「映子ちゃん、どうやってキスにもっていこうか妄想にふけってなかった?」
ギクッ! ……くっ、じゃあ言わせて貰うわ。
「泉美だって今のうちにブラ外そうとか思ってたでしょ」
泉美の顔がピクッと動く。誤魔化しても無駄よ、図星だったでしょ。この頃はパターンが読めてきたのよ。まったく泉美ったら。けれどそれはワタシも同じか。簡単に見抜かれてしまうとか……。でもしょうがないじゃない、キスしたいのは本当のことなんだから! それに妄想とか言わないで。ワタシのは夢想って言うの!
「高橋もあまりこいつらをからかうな。ウチの学校から性犯罪者を出されては困るんだよ」
「テヘペロ?」
またペコちゃん。もしかしたらこうなるように仕組んだ? けしかけるようなこと言ったのもわざと? これが狙いだったとか? 有り得るなぁ、なんたって先輩だし。人を手玉に取ってころころ転がすのが得意だからなぁ。あーあー、そう考えるとあの大きな人が可哀想になってくる。
「さぁ、10点差、守るぞぉ!」
「「「「おぉー!」」」」
めげないところはさすが、なのかな? でも、そんなに気合入れなくていいですよ。後進に道を譲ってくださーい。
「「「「寺山ぁ、任す!」」」」
あれ、こっちもある意味一致団結? でもそれって丸投げって言うんじゃないの?
「別所と山崎はゴールの方に行ってくれない? うろついてくれればいいからさ。リバウンドはよろしく。ボール持ったらなんでもいいからシュートしちゃって。辻と四谷はそこでカウンターに備えてくれ」
さすがの芳樹君も一人じゃきついわよね。みんな、協力して!
「おいおい、ここはお前の無双ターンだろ」
「あっちがゾーンならこっちもさ、お前がゾーンに入るとか。ほら、バチバチって目から電気流してさ」
「芳樹だから四色で頼む。でエアウォークでダンク決めてくれ」
「高弾道シュートも見たいな」
何言ってるの? 芳樹君の呆れ顔を見たらだいたい察しはつくけどね。どうせしょうもないことなんだろうな。
「あのなぁ、マンガやアニメの見過ぎ。出来るわけないだろ。オレは普通の世代なの」
あ、やっぱりマンガのことか。魔法のシュートを決めろとかそんなところかな?
「でもまぁ、取れるだけ取るつもりだから、フォローよろしくな」
意外。あんなこと言うなんて、やっぱりバスケに関しては自信あるんだね。でもそれが本当の姿? やだ、本当にカッコいいじゃない。ちょっとずるいわ。
「ねぇ映子ちゃん。私ね、バスケしている芳樹君に一目惚れしたの」
「えっ!」
芳樹君がドリブルで相手ゴールに向かったところで、ふいに泉美が耳打ちしてきた。突然のことに驚いて顔を向けようとすると、それを遮るかのように頬を押し留めてくる。そして「見てて」と試合を注視するよう言ってきた。
今芳樹君は速いのにゆったり見える動きで、ゴールに近づこうと行ったり来たりしている。相手がみんなゴール近くにいるからシュートができない。と思ったら……。
えっ?
「左手はそえるだけっ!」
これは知っている。3ポイントシュートって言うんだよね。遠くから打つやつ。でもいつシュートの体勢に入ったのかがわからなかった。最初の時と同じだ。
そしてワタシが見たのは……。滑らかな動きでかかげられたボールが、綺麗な弧を描いてリングに吸い込まれる、まるでスローモーションのような光景。
リングにかすることもなくネットでおさまったボールは、みんなが唖然とする中コートに落ちる。
「っしゃ!」
がらにもないガッツポーズ。ううん、きっとこれが本来の姿、本気の顔。
「綺麗でしょ、芳樹君のフォーム。あれ見た時にね、まいっちゃったの」
「どういう、こと?」
「詳しいことは後で話すわ。今は応援しましょ」
思いも寄らない告白に試合どころではなくなったが、たしかにここは泉美の言う通り。あの活躍ぶりを見逃したくはない。
「絶対よ、約束だからね」
気を取り直してワタシは試合に神経を注ぐ。
「時計の秒針って普通はチッチッチッって一秒ごとに止まっては刻み止っては刻みじゃない? でもそうじゃなくて止まることなく回り続ける時計もあるでしょ。芳樹君はそんな感じかな?」
妙な例えだったが、ワタシにはそれ以上の比喩が思い浮かばない。たしかに普通の時計は一秒ごとに秒針が止まる。他のみんなの動きがそう。何かしようとすれば、例えばドリブルをするにしてもそこまでの動きからの変化が見て取れる。けれど芳樹君の場合は動きの区切りが分かりづらい。動作の流れがあまりに自然すぎて、いつのまにかシュートを打っていたという感じ。
「おりゃあ!」
あ、山崎君凄い。あんな高いボールを打ち返した。さすがバレー部。辻君もライン際でボールを取った。速ーい。別所君はシュートよく入れるし、四谷君は機敏な動きで相手を進ませない。みんな凄い凄い。
あ、また芳樹君。よし、今度はちゃんと見て動きについていこう。そうよ、別に魔法とか超能力使ってるわけじゃないんだから、目が追い付かないなんてことはないはず。
……。
うん。芳樹君、絶対魔法使ってる。ぶつかりもしなかったのに相手が尻餅ついちゃうとかあり得ないでしょ。今ボールをどうしたの? いつのまにか後ろ手に持ったかと思うといきなりシュートしてるし。何なのあれ、手品通り越してるよ。絶対魔法だよ、超能力だよ。
でも今度はリングに当たって……、入れぇー! はぁ良かった、入った!
あ、ロングパス!
あービックリした。別所君がジャンプしてカットした。うん、そのドヤ顔は許すよー。さっそくシュート入れちゃっ……、ってパスしちゃうんだ。別所君だって上手いのに、やっぱりここは芳樹君ってこと。わかってるわね。あとは任せて!
「このヤロー! もう好きにはさせねえ」
「ファールはやめれな」
あーまたあの人。両手いっぱい広げて邪魔してる。それにずるい! 二人でくるなんて。もうどいてよ。
ぶつかったら反則になるんだよね。あれじゃ前に行くなんて無理でしょ。
……。
えっ、今何やったの? えっ、えっ? 右に行こうとしたよね。そしたらいつの間にか左に行ってて。ボール後ろでついてなかった? それで二人の間をすり抜けた? えっ全然わからない。
もうゴールまで行って……、あっ、ぶつかる! えー! 信じられない。クルッてなった。
当然のようにシュート決めて、小さくガッツポーズしているけど、ねぇ、それって絶対人の動きじゃないわよね。どうしたらそんなことが出来るの?
あーん、残り時間少ないよぉ。
全員で攻めてくるとかやめて。ダメー、入らないで! 良かったーと思ったらまたあの人。取られちゃった。大きいってやっぱり有利よね。あ、遠くにいる人にパスした。え、またシュート? あ、外れた。やりぃ、別所君が取って四谷君にパスが渡った。行っちゃえー! もう! ブロックしないでくださいよ。今度は山崎君。ゴールのところにはスルスルって辻君が行った。あ、フェイント。やった、芳樹君にパスが出た。
「寺山ぁ、スリー決めろ!」
あれっ? 今動きが……。止まらないはずの秒針が止まった? でもそれはほんの一瞬。素早い動きでゴールに向いた。けれどその先ではあの大きな人が体に負けないくらいの声を出しながら跳んでいる。
お願い、決まってー!




