その17 彼は行きます。
前半10分、後半15分という変則ルールです。
「田島ぁ、謀りやがったな」
「あのなぁ。全員参加が原則だって言っただろ。お前だけなんだよ、試合に出ていないの。だから二人に頼んでおいたの。どうせ女子の試合を鼻の下を伸ばして眺めているだろうから、いたら連れてきてくれってな。でもまさかホントに行っているとはな」
おいこら、そこでニヤつくな! 行動パターンを読まれるオレもオレだが。
田島は体育委員で、球技大会の実行委員的な役割を担っているのだが、真面目過ぎると言うか融通が利かないというか……。いくらでも誤魔化せるんだから、オレのことなんか放っておけばいいのにと、真逆な性格の持ち主としては思うわけで。
「後半に出てもらうからな。アップしとけよ」
「裏切り者!」
「ダメよ、芳樹君。田島君に八つ当たりしちゃ」
「そうそう。芳樹君が出れば万事解決。がんばってねー」
オレをそう嗜める映子と泉美。
二人とも? それはいいんですがこのままだとアップも出来ないです。
なにしろ今、その二人にしがみつかれて身動きもままならない状態だからだ。映子が右腕、泉美が左腕にその豊かな胸を押し付けている。両手に、いやこの場合は両腕に花。
プヨンというかプニュッというか筆舌に尽くしがたい感触がすっごく幸せ。だけどその分、学年問わずヤローどもを敵に回してデンジャラス。あー視線が痛い。
くそぉ、欲望のおもむくままに女子の試合を見に行ったのが失敗だった。
「あ、芳樹くーん、バスケ、勝ち残ったんだってってね」
「よっしきくーん、負けちゃったー。慰めてー」
球技大会。校庭で行われていたドッヂボールの試合を見に来たが、うちのクラスは準決勝で敗退。残念ではあるが、コートの中で女子がキャーキャー言いながらボールから逃げ回っているのを見るのは実にいい。これは敵味方関係なく。ドッヂボールって思っていたよりいいね。うん、眼福眼福。
「お疲れ様」
さほど悔しがっているとは思えない口調で二人がオレに近づいてくる。ほどよく運動したせいか頬がほんのり赤い。制服では目立たない凹凸もなまめかしい。これよ、これ! 生きててよかった。
「バスケはこれから?」
サッカーは初戦敗退。だが、バスケではなぜかウチのクラスは決勝まで駒を進めていた。一回戦ニ回戦と同じ一年に当たったクジ運の良さはいいとして、準決勝は三年生相手にも10点差つけて勝ちやがった。まったくウチの男子は無駄にスペックが高い。
「もう始まっているんじゃないかな」
「じゃあ芳樹君も行かなきゃヤバイじゃん。出るんでしょ?」
「芳樹君のバスケ見たーい」
「いやぁ、みんな随分と張り切っているから、オレの出番はないと思うよ」
何であんなに気合が入っているのやら。バスケ部入ったほうが良かったんじゃないかってヤツまでいるし。
「でも、いつでも出られるようにしとかないとね」
「よし! じゃ一緒に行こー!」
えっ?
二人はそう言うとガシッとオレの腕を取り、体操服と下着にしか守られていない胸を押し付けてきた。そしてオレはそのまま二人に拉致られ、体育館で筆記板を片手に忙しそうにしている田島の前に出頭させられたというわけだ。
決勝の相手は三年6組。ざっと見回したが先輩の姿はない。ドッヂボールの試合にでも出ているのかな。
それはそれで安心だ。会ったら何を言われるかわかったものじゃないからな。
おっと前半終わった。39対18。うーん、後半で巻き返すにはちょっときついな。
「三年生はやっぱり強いわ。後はよろしく」
入れ替わりになった松木にゼッケンを渡され、ようやくオレは二人から解放された。腕がちょっと寂しい。
「じゃ、頑張ってね」
「応援するからねー」
クラスの女子達と合流する二人を見送りつつ、ゼッケンの確認をしに来た田島になんとなく聞いてみる。
「しかしすごいよな、ウチのクラス。一年で決勝とかあり得なくね?」
例年だと最後の学校行事に燃えまくる三年生が上位を占めるらしい。
「何言ってんだよ。お前のせいじゃねえか」
「なんでオレ?」
「お前が大原と新開を独り占めしたから、他の女子狙いにはしったんだよ。オレオレアピールできるからな。いいとこ見せてあわよくば誰かと付き合いたいってのがあるんだろ。お前たちのイチャつきぶりが羨ましくてしょうがないんだよ」
「うわぁ、煩悩パワー?」
イチャついた覚えはないんだが、それを言うとおそらく理路整然と返されるであろうことが予測できたので黙っておく。
「それを掻き立てたのはお前だからな」
「この決勝戦進出という快挙はオレの功績でもあるわけだ」
「言ってろ、バカ。お、始まるぞ」
コートに入った瞬間、他の四人がいきなり「おっしゃっ!」などと掛け声出したのにビビッてしまった。
気合入ってんなぁ。
別所と山崎はバレー部だったか。辻はサッカー部、四谷はバドミントン部。さすが現役だけあってみんな動きはいい。運動能力に問題はなし。
「寺山って経験者だろ。でもここは俺達に譲ってくれな」
別所の一言に他の三人がウンウンと頷いている。
「女子も全員応援に来ているみたいだし、見せちゃうよ俺」
「ウチの女子ってさ、何気に粒ぞろいだと思わね?」
「ここで逆転して優勝したらさ、俺達ヒーローじゃん」
あー、こいつら全員アホだ。田島の言った通り本当に女の子狙いだ。
でもまぁ、ヤローなんて単純極まりない生き物だ。張り切る理由なんて結局はそこに集約されるよな。しかもそれで決勝まで進むとかもう凄過ぎ。尊敬しちゃうよオレは。
うーん、この愛しきアホ共に見せ場を作ってあげるとするか。
「オレはディフェンスやるよ。ボール来たら誰かにパスするから。それでいいか?」
「「「「頼むぜ!」」」」」
うん、やっぱりこいつらアホだ。
後半が始まり、戦力分析をしつつパス回しに専念。5分くらいが経過して点差は変わらず。
相手の三年生チームにはバスケ経験者と思しき人はいないが、全体的に運動能力が高い。全員ドリブルも上手いし、動きも速い。インサイドプレーでは分が悪いが、アウトサイドからのシュートに決定力がないからこの程度の点差で済んでいるって感じ。
要注意なのは180cmくらいあるキャプテン的な人。リバウンドはことごとく取られている。
うーん、このままじゃちょっと勝てないな。
と、ある程度チーム力の比較を終えた時だ。コート脇で誰かがオレに怒鳴ってきた。条件反射的に体が硬直してしまうオレ。
「こらぁ、芳樹っ! そんなところでサボってないでガンガン行きなさい! 100点くらいあっと言う間に取れるでしょ!」
げっ!
声のした方に顔を向けるとそこで先輩がまたもや腰に手を当てての仁王立ち。うん、期待を裏切らない体操服姿。スラリとしてて本当にスラリとしてて。ほっそいなぁ。何キロあるんだろ。さっき両腕に感じていた肉感とは無縁な感じ。そういえば先輩、凹凸って漢字だって知ってました? オレ、記号だとばっかり思ってましたよ。
あ、そうじゃなくてですね。残り10分で100点は無理です。
「おいおい、高橋さんや。普通自分のクラス応援しないかい?」
オレが要注意とした人が、先輩に向かって呆れ顔をしている。
ですよね、普通。……あっ、先輩は普通じゃなかった。
「何よ、大門。あんたらなんて応援しなくたって強いでしょ。私はか弱いほうの味方なの。よし! 芳樹っ、逆転したらハグしたげる。100点取ったらもっといいことしてあげるわよ。だからさっさと本気出しなさい!」
だからぁ100点は無理ですってば。でもハグ? いいこと?
一瞬で、ハグからつながる妄想が炸裂する脳内。しかし先輩相手だと想像できそうで出来ず、映子と泉美が登場。うん、この二人ならさっきの感触も合わせて十分イケル。じゃなーい! あっぶねぇ、こんなところで一部膨張するところだった。煩悩滅却、南無阿弥陀仏。南無妙法蓮華経。ふぅ……。ヤバイヤバイ。
と、収まりかけたところでまたもやオレに声が掛かる。
「芳樹くーん。逆転したらキスしてあげるぅ!」
「私は直でおっぱい揉み放題だよー!」
おい、二人とも! これ以上オレを崖っぷちに追い込まないで。
クラスの女子達はその応援に色めき立ってキャーキャー騒いでいるし、ヤローどもは冷たい視線を送ってくるし。
「へぇ、もてるなぁ、羨ましい。じゃあ、さっさと逆転してもらおうか」
大門と呼ばれていた先程の人がオレのマークに付いて両手を広げている。なんだか怒ってる?
「あ、サーセン。あの子達冗談きつくって参ってるっす。気にしないで下さいっす」
「冗談でも女の子にあんな応援してもらえるのがむかつく。なぁ」
チームメイトに同意を求める大門先輩。すると他の四人も口々に「しめる」「一回コロス」「トドメは俺な」「しね」などと物騒なことを言いながら頷いている。
そんなぁ!
「先輩方。そいつは俺達にとっても敵っすよ。遠慮無用でぶっ潰してもらってかまわないっす」
おい別所! お前まで何言ってんの? 他のみんなもそこで頷くなぁ!
何コレ、四面楚歌を軽く通り越して九面楚歌って?
「安心しろ。こうなりゃお前にボール集めるから、さっさと100点取ってくれ」
「そうそう。このままじゃ勝てそうにないからな。寺山の本気に期待する」
「後は任せた」
「頼むぞ。勝たせてくれ。俺らに明るい未来を!」
お前らぁー!
「ほい。とりあえずシュートでも決めてもらおうか」
三年生チームのポイントガード的な先輩がいきなりボールを寄越してきた。
えーっ! そんなんあり?
「いっけぇー、芳樹っ!」
先輩お願い、それ以上はやめて。それよりなんでいきなり呼び捨て? まぁいいですけど。というか、むしろそっちのほうがしっくりくるって、オレもなんだかなぁ。
「お手並み拝見といくか」
あー大門先輩? そんなマジにならないで。
しかしそう思いつつも、コート上の感覚、ボールの手触り、ドリブルの感触などに自分自身の気持ちが高ぶってくるのを正直押さえ切れなくなっていた。
やっぱりバスケっていいなぁ。しかも相手がいるのは久しぶり。早く動き回りたくて体がうずうずしている。単純さではオレも負けていないな。
先輩のハグ、映子のキス、泉美の揉み放題。どれも魅力的だけど頭の中で徐々に薄れていく。代わりに浮かんでくるのはいくつかのシュートとそこに至るまでのドリブルのイメージ。パスも絡めていけば……。
自分の中でスイッチが入ったのがわかる。体は十分に温まった。膝も大丈夫そうだ。なら……。
大きく息を吐き出し、オレは大門先輩の肩越しにあるゴールリングに目を向けた。
「行きます」




