その15 彼はどっちもいいです。
「芳樹君はどっちにするの?」
オレが一つ目のコンビニおにぎりを食べ終わったところで映子が訊ねて来た。今日ホームルームでスケジュールが発表された球技大会の種目のことだ。
男子はサッカーとバスケットボール。全学年通してのトーナメント方式。二つの種目で必要な人数は十六人。交代要員でそれぞれ二人。
スポーツに関しては引退したも同然のオレは、応援に回ると言う名目でどっちかの交代要員狙い。できればのんびりしたい。スポーツは見るものだ、うん。
「二人は?」
女子はドッヂボールとバレーボール。できれば上下運動の激しいバレーボールでお願いしまっす!
「ワタシはドッヂボールかな。バレーって痛いんだもん」
「私もー映子ちゃんと一緒にドッヂー」
ダメでしたー。揺れる健康美を見たかったのに。
中学の時、授業でトスに失敗して突き指したのがトラウマらしい。器用そうなのになぁ。
「で、芳樹君は?」
「うーん、出ないで済むならどっちでもいいよ」
「ちょっとぉ、何よそれ。中学ん時はバスケ部だったんだから出ればいいのに」
「いやぁ、もう体が付いていかなくて」
これは嘘じゃない。まぁ、球技大会程度だったら大丈夫だとは思うが。
「やめてよ、おじいさんじゃあるまいし。ここはいいとこ見せようって張り切るところだと思うんだけど」
「いいとこあればそうするけどね」
「芳樹君はいいとこばっかだよー。だから出なくても大丈夫ー」
ありがとね、泉美。
でも、あれ? いつもの調子だと「応援するー、頑張ってー」ってなるかと思ったけど……。まさか知っているってことはないよな。
「ねぇ、そう言えば、何で部活入らなかったの? バスケ部でレギュラーだったんでしょ?」
うわっ、ピンポイント攻撃やめて。
「市の大会でも結構勝ち進んだって聞いてたけど?」
いや、だからね、勝ち進んだはいいけど結局コケたのよ、ウチ。正確にはオレが。
「うーん、高校になったらレベルも上がるし、正直付いていけないって思ったからかな。ほら、オレって根性無しだからしごきとか耐えらんないし」
ウチの学校のバスケ部は正直それほどレベルは高くない。良くて三回戦進出できるかどうか。でも何度か見たけど、真面目に練習しているし何より楽しそうだし、できれば入りたいは入りたかった。バスケは好きだしな。だけど……。
「バスケが唯一の取り柄って前に言ってたよね。それ取ったら何が残るって言うのよ」
ごめんなさい。だもんで何も残ってないです。生きててすみません。
それにしても、何で覚えてんの? 勉強ができないヤローの言い訳なんか忘れてくださいよ。
「ちょっと映子ちゃん! こっち来て!」
えっ?
突然、泉美が立ち上がったと思ったら、怒鳴るようにして映子の手首を掴んで廊下に出て行ってしまった。
さっきの口ぶりもそうだったけど……。もしかして知っているのか、オレがバスケ部に入らなかった、入れなかった理由。でもどこで知ったんだろ? 同じ中学でも知らないヤツの方が多いのに。泉美って謎が多いよな。ま、そこんとこも気になるけど、今は二人のことだ。変にケンカとかしてないよな。
慌てて廊下に顔を出してみると、案の定泉美が映子に詰め寄っていた。
「あー泉美? もしかしてそれってオレのことが原因?」
うわぁ、二人とも泣きそうな顔してるし。
「芳樹君、ケガしてるって本当?」
映子が目を伏せながら聞いてくる。どうやら泉美は正確な情報を有しているようだ。
「膝をちょっとね。今はもう大丈夫だよ。体育の授業くらいなら問題ないから」
中学3年の最後の大会。これに勝てば準決勝という試合で、オレはやらかしてしまった。右膝靭帯損傷。自分の体に響いたブチッというあの音。二度と聞きたくない。
第二クォーターまでは勝っていた試合も結局は負け。オレがいればなんて自惚れだけど、クラッチシューター気取りでいたから正直あれはきつかった。優勝も狙えるチームだったのにオレがぶち壊した。苦過ぎる思い出というやつだ。
たいしたことないと思っていた膝もかなり重症だったことが医者に通ううちにわかった。正直目の前真っ暗。でも普通の生活は送れるという事だったので手術は受けないことにした。周りには家の階段でコケて痛めたと誤魔化し通した。
ただ、高校でも続けたいと思っていた気持ちは切れてしまって、オレは自分の唯一の取り柄を捨ててしまったのだ。で、今のところ新しい取り柄も獲得できず、欠点ばかりが際立つオレ。我ながら残念過ぎる。
「ごめんなさい。知らなかった」
いや、誰にも言わなかったし当然でしょ。知っている泉美のほうがどうかしてるんだって。あ、マズイ、これはあれだ。「どうして教えてくれなかったのよ!」とか怒鳴られるパターンか?
「ほら、わざわざ言い触らす様なことでもないし、中学ん時のことだからもう時効ってことで勘弁してほしいんだけど」
怒られると決め付けて言い訳がましく許しを乞いながら二人に歩み寄ったのだが……。そこで予想外の出来事が起こった。
ボフッ!
えっ?
俯いたままの映子が突然オレに抱き着いてきたのだ。そして胸に顔をうずめるようにして、こともあろうか小さな嗚咽まで漏らし始める。
「ごめん。ごめんなさい。うぅっ、ごめん、ごめん」
あれ、これどういう状況?
昼休み、廊下でオレの胸に顔をうずめて泣きじゃくる映子。隣では肩をすくめて首を振る泉美。そして好奇の視線を隠そうともせずに行きかう同学年の生徒達。購買組のクラスメイトは帰ってくるし、教室から顔を覗かせてくるヤツラはいるし……。
あれ、えーと……、どうしたらいいの? いや、これは兎にも角にも映子を宥めるのが先決か?
「こっちこそごめん。隠していたわけじゃないんだ。本当に気にしなくていいから」
そう言いながら映子の頭を左手で撫でようとしたしたその時、今までニヤニヤしていた泉美が急にふくれっ面になったかと思うと、オレに向かってタックルしてきた。きやがった。
「映子ちゃん、ずるーい。私もー」
左手は撫でてあげようと映子の頭。右手は突っ込んできた泉美を受け止めて……。しかも、こら映子、なんでそこで押してくる? 泉美ぃ、それ以上額をグリグリ押し付けるなぁ!
うん、かなり無理のある体勢だ。軽いとは言え女の子二人はさすがに……。と、今まで胸に顔を埋めていた映子がクスリと……笑った? そして今までに無い超至近距離での上目遣い。
おいっ! さっきのはウソ泣きかぁ!
いや、だが目が真っ赤だ。今も涙があふれている。でも何だぁ、そのいたずらっぽい視線はぁー!
そしてトドメとばかりに、目を閉じて唇を突き出してきた。
こらぁ、何やってんだぁ! あ、ダメだ。
こらえがきかず、女の子二人に押し倒される格好で尻餅をついたオレ。覆いかぶさってくる二人。支えようとしたオレの両手は、お約束で二人のそれぞれの胸の位置。うん、これは事故。不可抗力というヤツだね。でもこのプニュッとした感触、忘れまじ!
「「あー、芳樹君のエッチィ!」」
お二人さん? そう言いながらどかないのはなぜ? それどころかさらに押し付けてくるとか……。
「ねぇ、どっちのおっぱいがいい?」
慌てて両手を引っ込めるオレに泉美がニヤニヤしながら聞いてくる。
おいおい、女の子がそんなこと言うもんじゃありません。
「ワタシよね」
おーい、映子さーん。キャラ変わり過ぎ! 崩壊してますよぉ、大丈夫ですかぁ? それに、今どこにいるかわかってます? 廊下でこれはやり過ぎでしょぉ!
「あの……、お昼食べ終わっていないんですから、とりあえず教室に戻りません?」
廊下で繰り広げるにはこの寸劇は難がありすぎる。できれば三人きりの時に……って違う違う! オレも何考えてんだか。周囲のざわめきはなんのその、二人はニヤリ? ニタリ? と笑ったかと思うとさっと立ち上がる。
うわぁ、なんだろあの顔。先輩に似てきたぞ。
「そうね、続きは放課後ってことで」
「うん、みんな帰ってからねー」
いや、続きなんてしないから!
はぁ、からかってくるのはいいけど、この頃はかなりエゲツなくなってきた。役得? ではあるんだけど身も心ももたないよ。
そんなことを思いつつもオレは先程の掌の感触を反芻していた。直接ではないとはいえあの弾力。掌いっぱいの幸せ。実に甲乙つけ難し、興奮冷めやらず。うーん、どっちもいい!




